(長編物) 十人十色の学校ノート
たや
第一章:学校を作ろう
1ベージ目
「どうか、お願い申し上げます! この世界から“消えてしまった学校”を、皆様の手で作ってはいただけないでしょうか!」
――ここは、いったい、どこなんだろう?
漫画やゲームの世界でしか見たことのないような豪華に彩られた広大なエントランスホールには吹抜けがあり、その真上にはクリスタルガラスで白く綺羅びやかに飾られたシャンデリアが来訪者を煌々と照らしている。
曲線の美しいうねりが特徴的な両階段がホールの真ん中に設置され、そのすぐ脇で必死に説得しようとする老人男性を、来訪者たちは戸惑いの表情で眺めていた。
来訪者は、いずれも小学生や中学生らしき子どもたち、高校生や成人女性のような年代の者たちもいて、合わせて六名の顔が見える。
不安そうな表情を浮かべる者、せわしなく辺りをキョロキョロ見渡す者、視線を一瞬合わせただけですぐに俯いてしまう者。
お互い見知らぬ相手ばかりで、落ち着かない表情を浮かべていた。
そんな中、突如現れた見知らぬ空間と見知らぬ初老の男性の言葉で、脳内から情報が溢れ出るほど混乱している状態だった。
「我が主が残した最後の願いなのです! どうか、どうか……」
腰は折れ曲がり、体全体を杖で支えている。見るからに、かなりの高齢の老人に見える。耳の聞こえが悪いのか、いや、物忘れがひどいのだろうか。先ほどから、何度も同じ文言を繰り返していた。
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて下さい! それよりもまず、ここは何処なんですか?」
成人の女性が、願いを訴える言葉を遮り確認してくる。
「そうですよ! 気づいたらいきなりこんなところにいるなんて! 確か、家にいたはずなのに……」
「ぼ、ぼくも……」
「アタシもっ!」
「何でわたしがこんなところに……」
「クソっ! 今日中に周回プレイしないとガチャ回せねーのに!」
何度も同じ言葉を繰り返す老人男性を遮り、皆口々に戸惑いの声や不機嫌そうな声を上げる。
――そうだ。確かに、家にいたはずなのに。ここ最近は、まったく外に出た記憶がない。それなのに……。
一様に出てくる発言を聞くと、その老人男性はハッと気づいたかのように自分の主張をピタリと止めた。
「……コホンッ。説明が足りず、大変申し訳ございません。わたくしとしたことが、性急に話を進め過ぎてしまいました。そうですね。ここでは何ですから、皆様どうぞ奥の大広間へ。もしよろしければ、お飲み物と軽食はいかがですか? 準備してまいりますので、大広間でお待ちになって頂ければと思います。そこで詳しいお話もさせていただきましょう」
そう言うと、その初老の男性はさっきまで折れ曲がっていた腰をピンッと伸ばしたかと思うと、くるりと全身を反転させ、足早にエントランスホールを後にしてしまった。
あまりにも切り替えが早く、別人のように見えるその行動に、残されたメンバーは唖然として互いの顔を見合わせる。
「な、何だ? あのジイさん……」
「……さ、さあ?」
「と、とりあえずここにいてもしょうがないし、言われた通り『大広間』って所へ行きますか?」
来訪者たちは戸惑いを隠せない様子だったが、これ以上ここに留まっていても仕方ないと感じ、言われた通りエントランスホール奥に見える木目調の大きな広間へ足を運ぶのだった。
「……すっげぇ。何だこのでっけえ部屋」
「わぁ!お城のお屋敷みたい!」
「マジかよ……。外国かここ? 別の世界に来たみたいだぜ」
不安そうな表情を浮かべていた面々だったが、見たこともない美しさと荘厳さを兼ね備えた大広間の中に入ると、その空間の重厚さに圧倒され、一気に気分が高揚してくるのを感じていた。
壁一面はややくすみががった金色と緑色で彩られた縞模様が描かれ、木目の艶が見事に浮かび上がっている柱の一つ一つにも繊細な彫刻が施されている。
大広間の真ん中には、座ることすら躊躇ってしまうほどのヴィンテージ調の長テーブル。深紫色のテーブルクロスで装飾され、テーブルの真ん中には真っ白な装花とともに温かな色合いのキャンドルが灯されていた。
「……これ、座っていいんだよね?」
高校生らしき人物が、戸惑いながら長テーブルに設置されたチェア、これまた背もたれに細かい彫刻が施されたものを引きながら、恐る恐る腰を下ろしていく。
「気軽に座りづれーんだけど。でも、足がクタクタなんだよな……。ここに来るまでしばらく歩きっぱなしだったし」
「えっ!? あなたもそうなの? アタシもずっと歩いて来たんだよ」
「…………ん」
中学生だろうか。ややぶっきらぼうに話す男子生徒の言葉に、小学生の女の子らしき人物が同調し、さらにそれより低学年に見える男児小学生がコクリとうなづく。
すると、他のメンバーも次々に同じような言葉を発していった。
「僕もです! 何か、狭い土管のような一本道をずっと歩いていました。そしたら、急に光が見えて……」
「私と同じね! とても狭くてずっと頭をかがめた状態だったから、腰のあたりが痛くなってしまったわ」
成人女性が腰をさすりながらゆっくり座ろうとすると、それぞれが驚きの反応を見せた。
「えっ? じゃあ、みんな同じ道を歩いて来たってこと? でも、その割には誰にも会ってないんだけど……。同じような道が何本もあったということなのかな?」
どうやら、ここにいる全員が同じ体験をしたようだ。
――地下のような空間。
――土管の中のように狭い一本道。
――かなり長い距離を歩き続けたこと。
――でも、誰にも出会わず。
光だけを頼りにこの不思議な屋敷に導かれた六人。
各々が長テーブルに設置されたチェアに座り、ぐるぐるとした思いを頭の中で抱えていた。
コンコンコン。
「失礼します。お待たせいたしました」
整然とした声が大広間へ響き渡り、先程エントランスホールで出会った高齢の老人が軽食を乗せたシックなキッチンワゴンと共に入室してくる。
しかし、先程とはあきらかに出で立ちが変わっていた。
折れ曲がっていた丸い背中は直立不動の姿勢になり、パサつきが目立っていた薄い髪は銀色がかった白髪を織り交ぜ、清潔感のあるオールバックに整えた髪型へ変貌。
服装も大きく様変わりし、漆黒の燕尾服に真っ白のフォーマル手袋を携えている。
まるでお屋敷の使用人のようなその者は、胸ポケットから一枚の名刺を差し出した。
「自己紹介がまだでございましたね。失礼いたしました。わたくし、こういうものでございます」
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