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りょうたとさくらによって書かれた説明書を確認しながら、六人はいよいよ、この『希求筆記帳』を使ってみることにした。
険悪モードだったユタカとアオバは、あの後は特に言い争うこともなく、今は目の前にある“願いが叶うノート”に釘付けになっている。
他のメンバーはその様子にホッと安堵し、同じく『希求筆記帳』へと注目した。
ホワイトボードに書いてある手順を確認しながら、まずは、窓際の机の上に置いてある木製の大きなブックスタンドに『希求筆記帳』をセッティングしてみる。
しかし、ブックスタンドの大きさと比べると、『希求筆記帳』はかなり小さく見える。いや、ブックスタンドが“大きすぎる”のだ。
「何かアンバランスなサイズだよな、これ」
「そうねぇ。この『希求筆記帳』はよくあるA4サイズだと思うけど、このブックスタンドは見たことないくらい大きいわね」
「地元の図書館に置いてある大型絵本がのるくらいのサイズですね」
全員やや疑問に思いながらも、りょうたが書いたホワイトボードの説明手順を見ながら、表紙を開く。
しかし、表紙の後の一ページ目は、何故か真っ黒に塗りつぶされていた。
白紙のページでないと『希求筆記帳』の効力は発動されないはずなので、黒く塗りつぶされたページを飛ばし、見開きページを出してみる。
こちらは、まだ何も描かれていない真っ白なページになっていた。
まずはお試しということで、誰か一人が代表として右手をかざすことになった。すると、すぐさま立候補したのは、アオバだった。
「はいはーいっ! アタシ、やりたいでーす!」
「やっぱりな」
「言うと思ってましたよ」
先ほどの暗い表情とは打って変わり、いつもの天真爛漫な笑顔を見せるアオバに対し、ユタカとタカラは予想通りといったような呆れた顔と苦笑顔を見せる。他の三人も予想していたのか、小さくクスクス笑う声が聞こえてきた。
「よかった。いつものアオバちゃんって感じね。じゃあ、やってみてくれる?」
あさひはそう言いながら、アオバのために踏み台を持ってきてくれた。大きなブックスタンドは、小学生の身長では手が届きにくい位置にあるからだ。
アオバはその上にトンっと乗り、説明通りに白紙のページに右手を置いて、頭の中で何となくやりたいことを想像してみる。
――ポポッ、ポワッ。
一瞬、何かの場面が空間へと浮かび上がったが、それはすぐに泡のように消えてしまう。
『希求筆記帳』のページも、真っ白なままだ。
「あ、あれ? おかしいな。もう一度」
アオバはそう言うと再び白紙のページに右手を置いて願ってみたが、先ほどと同じようにすぐに消滅してしまう。
「えっ? な、何で? どうしてうまくいかないの……」
文字に書けなくても、頭の中で世界を広げることはいつもやっているから、うまくいくと思ったのに。
何で? 何で……?
自信満々だったアオバの表情が、再び悲しげな目つきへと変わる。
どんなに頭の中で素敵なアイディアを思い浮かべても、それを文字にできなければ全て『ない』ものにされてしまう。
どんなに強く頭の中で思っても、それを書けなければ意味がない。
何度、何度、思い知らされたことか。
自分より小さいりょうたくんですら、あんなにスラスラ文字を書けたのに。
やっぱり、アタシは、ダメ、なんだ……。
その様子を見たりょうたが、アオバに合図を出し、ホワイトボードに書かれた説明書の一部を指さした。
『④やりたいことを、あたまの中でつよくおもう』
そう、だった。
何となくじゃ、ダメ、なんだ。
強く、強く、頭の中で思い描く必要があるんだった。
アオバは、頭を左右に強くふり、曖昧に思い描いていた世界を消していく。
私が、いいなと思う学校。
もっと、もっと、くっきりと。
目をつぶり、頭の中で願う気持ちを色濃くしてみる。
――その瞬間っ!
シャッ! ダダッ! ドワンッ!!
「な、何っ!?」
「ええッーー!? あわわわーーっ!」
「ちょ、吸い込まれ……っ!?」
強い光が一瞬放されたかと思うと、A4サイズだったはずの『希求筆記帳』が何倍にも広がり、六人の体は、ページの中へ飲み込まれていった。
「……あれ? ここは、校門?」
急に体ごと引き寄せられ、『希求筆記帳』の空間に吸い込まれた六人。
気づくと、そこは自分たちの世界でよく目にする“学校”の外観が目に飛び込んできた。
「これって……、校門、だよね?」
「元の世界に戻ってきたってこと?」
さくらとあさひは、腰をさすりながら尻もちをついた状態から立ち上がる。
他の四人も上体を起こし、目の前に見える“学校”を眺めていた。
「あー、でも、僕の学校とは少し形が違いますね。こんなに大きい石造りの校門ではなかったですし」
「ぼ、ぼくも……」
「オレのところとも違うな。アオバが想像したんだから、お前の学校なんじゃね?」
「えー? 確かにちょっと似てるかもしれないけど、でも、違うなぁ。だいたい、アタシは『学校でやりたいこと』しか頭の中で思わなかったし」
ここの世界の“学校”は、皆、それぞれ行っていた学校とはまた違うようだった。
しかし、外側だけではアオバが思い描いたものが本当に作られているのかわからないため、とりあえず『児童玄関』と書かれてある入り口から入ってみることにした。
児童玄関には木製の下駄箱が設置され、その中には全員分の上履きまで準備されている。サイズもピッタリだ。
「用意周到ね。上履きに名前まで書いてあるわ」
「マジで、誰が用意したんだ?」
「ホント、不思議〜。あっ! あれ! あれだよ、アタシが思い描いたやつ!」
上履きを履き終わったアオバが、急に走り出す。
何事かと思って、他のメンバーもその後をついていくと、緑色の大きな掲示板のところに、デカデカと書かれた『今日の時間割表』が貼り出されていた。
朝の会
一時間目 休み時間
二時間目 休み時間
三時間目 休み時間
四時間目 休み時間
給食
五時間目 休み時間
六時間目 休み時間
終わりの会
「じゃーんっ! アタシの学校は、『ずーっと休み時間の学校』でーす!」
「――っ! わぁ!」
「お前なぁ……」
「いや、予想できたことですよ」
「ふふっ。アオバちゃんらしくていいわね」
「……ふぅ。まったく」
えっへんと満足気な表情をしているアオバに対し、羨望の眼差しを向けるりょうた以外は、呆れ顔と苦笑を浮かべている。
確かに、『休み時間だらけの学校』は、誰もが一度は思い浮かべるかもしれない。
やりたくない勉強を無理やりやらされたり、できないことを実感する苦痛な時間を過ごしたりするよりも、自由に過ごせる休み時間が多いほうが楽しいに決まっている。
「でもねぇ、泉さん。遊びばかりなんて、学校と言えるかしら?」
このメンバーの中で唯一の大人、しかも教師であるさくらは、こめかみを抑えながらアオバに苦言を呈してくる。
そんなさくらに対し、アオバは『もちろん!』という自信満々な表情を浮かべている。
「やってみないとわからない! じゃ、みんな後でね〜!」
そう言うと、アオバはあっという間に校庭へ駆け出して行った。
あまりの速さに呆気にとられる五人。
しかし、このままここにいても仕方がないため、とりあえずアオバが描き出した“学校”をそれぞれ体験することにした。
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