第三章:学校を描こう

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「何で、いつも耳をふさいでるの? 話を聞く気がないの?」


「別に、このくらいだったら平気でしょ。気にしすぎなんじゃない? 他の人は普通にしてるわよ。何で我慢できないの?」


「苦手なことに耐えてこそ、克服できるものだろ。『どうせできない』なんて、頑張りが足りないんじゃないのか? もっと頑張れよ」




 もう、何十回言われたセリフだろうか。

 わかってる。自分だって、何とかしたいと思ってる。我慢できるように、頑張ってる。

 でも、でも、どうしても、頭の中でざわめく音に、耐えることができないんだ――







「………ぅん、いま、何、時?」



 心地よい疲労感から解放され、脳が少しずつ覚醒していく。

 ぼんやりと重いまぶたを開けると、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、高く広々とした大きな天井が朝の柔らかな日差しを照らし出していた。



 そうだった。ここは家じゃない。


 夢のようで、でも、夢じゃない。自分の思いを描き出せる場所だ。





 あの日から、この屋敷に集められた六人は、毎日毎日、作業部屋となっている書斎で執事片岡から出された宿題、自分たちが決めた“答え”を作るために、思い想いの学校を描き出していた。


 教科書だらけの授業ではなく、お寺や神社、科学博物館といった社会科見学を毎時間組み込み、実際に体験を通して学ぶ学校や、遠足や運動会、修学旅行など行事ばかりの学校を。


 教室をクイズ番組のようなスタジオセットに組み立て、クイズ形式に問題を解いていく学校や、漫画や動画、ゲームを活用しながら教育を行う学校を。


 漫画家やアイドル、動画投稿者など人気な職業や、獣医師やパティシエなど、小学校入学時からなりたい職業を学べるコース制の学校や、探偵や占い師、トレジャーハンターなど珍しい職業を体験できる学校まで。


 さらには、ある程度の年齢になるまでは宿題やテストは実施せず、まずは自分が好きなことやハマれるものなど、興味関心を深める学校や自分自身をとことん知るための探究活動を行う学校も描いてみた。

 もちろん、この学校には通知表や順位ランクづけというものはない。




「あー、楽しいっ! 好きなことだけできるのって、いいね!」

「だなっ! あっ、でも、いくら好きだからって“そればっかり”だと飽きるところもあったな。焼肉で肉ばっかり食べると飽きるみたいな?」

「……はぁ。何ですか、その例え。僕は体育ばかりの学校はダメですね。水泳だったらいいんですけど、走ることを求められる種目は論外ですね」

「ぼ、ぼく、またあの、お話がいっぱい作れる学校、行って、みたい!」

「私は学校の七不思議を体験するのも、ドキドキ感が増していいと思うんですけど、やっぱりダメですか? 藤橋先生」

「だ、ダメよ! ダメダメっ! ノートの中で迷宮入りしたらどうするのよ!」



 互いにアイディアを出し合い、体験して、さらに意見を出し合っていく。

 やってみたいけどイメージしにくい内容が出てきた場合は書斎に置いてある数々な本や図鑑を調べていく。

 焦らず、じっくりと想像力を高めることも大事なことだと、繰り返し行う作業の中で六人は気づいたのだった。


「あっ、そういえば、りょうた、また片岡さんからの追加の説明をホワイトボードに書いてくれたんだろ? サンキューな! あれあると、忘れなくて助かるぜ」

「えっ、あっ、は、はい……。で、でも、ぼく、すぐに疲れちゃって……ごめんなさい」

「大丈夫だよー! ねー、タカラくん」

「そうですよ。年齢差があるので、体力面で違いが出るのは当たり前ですからね。片岡さんも、焦っても仕方がないのでゆっくりで構わないと話していましたし。確かそうでしたよね? 明戸先輩」

「そうそう。ゆっくりでいいのよ、りょうたくん。ゆっくりで。時間に追われないのはいいですね、藤橋先生」

「ええ。本来の私たちの世界では、“タイパ”というか、効率重視なところも多かったから、こんなにじっくり一つのことを深く考える時間もなかったものね」



 初日に体験し終えた次の日の朝食時に、片岡から『希求筆記帳』に関する追加の説明を受けたのは、時間の経過などノートの中でのことや、この世界に戻ってきた後のことについてだった。


 時間に関しては、『希求筆記帳』の中に入ってその世界を体験し、元の世界に戻ってくるとだいたい三時間くらい経っているとのこと。

 そのため、頑張れば午前と午後で二体験、夜まで使えば三体験はできる計算となる。

 そして、思い描く学校は、アオバが最初に思い描いた『一日の時間割体験』だけではなく、『一年間通しての学校体験』や、何なら『小学校一年生〜六年生までの体験』といった学年すべてのカリキュラムを思い描くことも可能なのだ。

『一年間通しての学校体験』であれば、『希求筆記帳』の世界では一時間目が春、二時間目が夏、といった具合に、『小学校一年生〜六年生までの体験』であれば、一時間目は小学校一年生、二時間目は小学校二年生、といった具合になる。

 年間計画に沿った学校体験の場合は、そこでの出来事がさらりと終わったり、いわゆる“神様目線”から学校の様子を眺めたりする時もあるが、いろいろな学年、いろいろな季節も合わせて体験できる仕組みとなっているそうだ。


 ただ、りょうたがまだ小学校一年生ということもあり、体力もそれほどついていない。

 いくら元の世界に戻って来た時に三時間しか経っていないとはいえ、ノートの世界に入り、そこで五時間目もしくは六時間目まで過ごすというのは、体感疲労度としては相当なものになると予想された。


 また、『希求筆記帳』を使って思い描いたページは、外部から消されたり上書きされたりしないように、体験終了後にラミネートフィルムのようなもので覆われるということも、片岡から補足説明を受けた。

 実際にアオバが最初に描いた学校のページは、この世界へ戻ってきた後にフィルムで保護されていた。

 描かれたページに右手をかざすと、眩い光が現れ、再び体験することは可能だが、一度描き出したものを修正することは不可能とのこと。

 まだ白紙のページはたくさんあるとはいえ、数は限られており、むやみやたらに思い浮かべることはできない。


 そのため六人は、やみくもに『希求筆記帳』を使って思い描くのではなく、午前中は書斎に置いてある数々な本や図鑑を調べて思い描きたい内容、想像力を高める時間とし、午後を実際に『希求筆記帳』を使って体験する時間とした。



 思い描きたいものが、より色濃く、『希求筆記帳』に現れるように――――




〈ききゅうひっきちょうのつかいかた その2〉

 ・あさ〜おひるまで→しょさいで、しらべる。

 ・おひる〜ゆうがたまで→ノートをつかって、たいけんする。

 ・かんがえる学校のじかんは、一日でも、一年かんでも、一年生から六年生、中学生からこう校生まででも、できる。


〈ちゅういすること その2〉

 ・またおなじ学校をノートの中でたいけんすることはできるが、一どページにかいたものは、かきなおせない。


〈そのた〉

 ・のこりページは、あとはんぶん。


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