第19話 NASF

 12人の調査隊を乗せた船は、波の高い北大西洋を南下し、3日後豪雨の中、南の大陸の旧カナダの地にある島を廻りこみ、波の穏やかなセントローレンス湾に入っていった。

 そこから、対岸が目視できない程川幅が広いセントローレンス川の河口に近づく。船は重油エンジンのうなりを上げて川の流れに逆らい、右岸(北側)に沿って上って行く。時折、はげ猿などの獣らしき鳴き声が聞こえる。川を上り始めて2日後、右手の岸近くに以前サイバー人達が居住していた旧都市オタワの廃墟が現れる。その昔、緑に覆われ高層ビルが聳えていた旧都市オタワは、今は赤い蔦植物に覆われた廃墟になっている。旧都市はいずれも、はげ猿をはじめとして得体のしれない生き物の巣になっており、立ち入る事が出来ない状況らしい。


 船は重油エンジンを全開にしてさらに川を遡り、翌日、五大湖のひとつオンタリオ湖に入った。流れが静まったなか、船は重油エンジンを休ませ帆を張って南へ進んでいく。湖には大きなヘビ状の水生生物がおり、船の周りに近づいてくるのが見える。危害を与える様子はない。半日かけて、オンタリオ湖の南岸に到着した調査隊は深夜、空調の効いた船内から外に出て、暑さに辟易しながら空調スーツの温度調節を最強にしてゴムボートに乗り込み、岸に広がる沼地に上陸した。


 調査隊は強力ライトで前方を照らしながら、南を目指して自転車走行を開始した。時折建物の残骸が行く手を遮る。夜が明け、辺りの様子が見えてくる。道らしきものはなく、赤い雑草が所々に生えている沼地が続いており生き物は見当たらない。目指す南方向に北アメリカ大陸東部を縦断するアパラチア山脈が見える。標高千mほどの山々に緑の木々はなく、一面灰色の岩に覆われた山肌が続いている。午前中まで走行し、午後からは死にそうな暑さを避けて岩陰にテントを張り、自走式リヤカーの太陽光パネルと蓄電装置からの電力で空調をかけて休息する。そして深夜気温がやや下がる時刻に再び出発する。徐々に登り坂となり自転車の電動モーターを作動させて走

行を続ける。こうして豪雨と熱暑の中を進む事4日後、目標とする地点で風力発電機と太陽光パネルが立ち並ぶ巨大な核シェルターと思われる建造物の前に到達した。


 調査隊が、核シェルターらしき建造物に近づくと、警告音が鳴り、

「本施設はアメリカ合衆国政府の専用施設である。部外者が立ち入る事を禁止する。警告を無視する者は射殺する」という音声が、大音量で流れた。

調査隊はスピーカーを使い、

「当方は北のサイバー都市から来た友好使節だ。サイバー都市はコンピュータの復旧が出来ず、疫病の治療法が解明できず苦境にある。できればコンピューター専門家の援助をお願いしたい。話を聞いてもらえないだろうか?同じ人類の生存者としてお願いする!」

と負けずに大音量を流した。

しばらく沈黙が続いた後、核シェルターらしき建物から

「あなた方が北のサイバー都市の使節であることは了解した。ノードとカナク間の無線は聞いているのでおおよその状況は理解している。我々としても出来る限りの協力を約束する。入場を許可するので、武器の類はその場に残して、そのまま進んで正門を通過してもらいたい。危険がない事は保証する」

と、以外にも簡単に入場の許可が出た。


 調査隊は、武器の類をその場に残し、NASF(North America Shelter Facility)と彫られた大きな金属製オブジェに飾られた正門に進んでいく。正門の幅は数十メートル、その中に外部からの攻撃を防ぐように、数十メートルの巨大な遮蔽物があり、その厚さ五メートルはある。調査隊はその遮蔽物を廻りこみ、その裏手にある十数メートルの門の正面に到着した。十数台並んだ監視カメラが、12人の調査隊を取り調べて危険がない事を確認したのだろう。左右に門が開き、透明なカプセル状の乗り物に乗った20人ほどの人々が姿を現し調査隊を出迎えた。空調スーツ姿の調査隊は片膝をついて敵意のないことを示した。「我々はノード政府を代表して、友好使節として来着した。平和的に迎えて頂いた事に感謝する」

 カプセル状の乗り物に乗った人物が答えた。

「我々がNASFの代表だ。先ほど言ったように、我々は世界中の無線を傍受しており、君たちがどういう用件でここに来たかを知っている。君たちの訪問を歓迎する。中に案内するのでついてきてもらいたい。」

と言い、移動用カプセルに乗って、調査隊を奥へと誘導していく。


 正門の中は数十メートル四方の高い天井の無人の広場で、そこに五つの門がそれぞれ異なるデザインで設けられている。調査隊は左から二つ目の門に案内された。中の通路には上下左右に青空と緑の大地の風景が映し出されている。その中に前方へと動く電動ベルトが続いている。電動ベルトの通路に乗ったNASF代表者達とノード友好使節は、数十秒後に映像で見覚えのあるホワイトハウス風の建物の中に入り、広い一室に到着した。20メートル四方はある部屋の壁には、見覚えのある数十枚のアメリカ大統領の肖像画とそれに続く、おそらくNASFの代表者らしき人物の肖像画が並んでいる。

 空調の効いた室内でNASF代表者達は移動用カプセルから降り、ノードからの調査隊は空調スーツを脱ぎ、人間の姿になった双方が互いに笑みを浮かべ握手を交わした。NASFの代表者達は男女ほぼ半数、いずれも白人と黒人とのダブルで同じような顔つきをしていた。広いテーブルに着席した双方の代表者達は早速、具体的な話し合いに入った。


 NASFの代表者達はノードの状況を理解しており、コナーズという髭の人物が早速ノードへの援助の用件を提案してきた。

「ノードの疫病はコロナウイルス感染だと推定できる。NASFにはコロナ治療薬が多数保管されている。その数百人分を即刻、ノードの人々に提供する事が出来る。

ノードの中央コンピュータシステム復旧のため、3人の専門家を必要な機材と共に派遣する用意がある。」調査隊はこの申し出に感謝し、早速その実行を依頼した。

 NASFの代表者達に勧められ、調査隊は部屋にある無線機材を利用してノードにこの件を連絡する事になった。連絡を受けたノードの指導者リアムと、NASFの代表者コナーズとのトップ会談が始まり、ノードからNASFへの感謝が伝えられ、今後の定期的な交流と友好が約束された。

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