第18話 疫病の発生

 ノードではノスロ族オルゴ族を中心に、島の東や南で暮らしていた人々が流入し、人口が増えますます発展を続けていた。ノスロ族の指導者たちは、故郷である北欧の都市ノスロを離れる原因となったサラルの脅威を忘れていなかった。ノードを含むこの島全体の人口を増加させ、人々を団結させ、武器製造・防御技術を向上させ、いつか来襲するかもしれないサラルに備えるべきだという強い意識があった。そのため、ノードの人達は多少の困難やもめ事があっても「サラルにやられるよりましだ」という一言で、全員が協力する意思を固めた。


 風力発電・水力発電で充分な電力を確保したノード政府は、百五十年前から放置されていたサイバー都市時代の巨大ドームに入り、各種製造業を復活するための調査を開始した。金属・プラスチック・建築素材から電気機器・各種機械の製造技術を徐々に復元し実践する事により工業製品が再生産され、ノードの人々の生活は豊かになり、更に発展を続けていった。

 七つの放射状に並ぶ巨大ドーム群の中心に情報管理ドームがあり、サイバー都市は、その中の中央コンピュータシステムで科学技術の情報を蓄積管理し、各種行政サービスを実行していた。ノードの技術者達はその中央コンピュータシステムを復旧させる事を試みていたが、かなりの破損があり、破損部分の電子部品の生産までには至らず、システムの復旧を見通せない状況が続いていた。


 そんな中、ノードに原因不明の疫病が発生するという異常事態が起きた。それはショッピングドームではげ猿の死体が見つかるという現象から始まり、大きなドームで共同生活する人々に次々と感染していった。病状は疲労感・発熱から幻覚・錯乱・呼吸困難に至るというものだった。この疫病は、とくに子供や若者に重篤な症状がでて死に至るケースも多発した。恐らく、数十年毎に発生を繰り返すコロナウイルスが原因だろうとされたが、ノードの医療関係者に治療方法を解明する事は出来なかった。


 コロナウイルスは、核戦争で大国が消滅する前の21世紀に某国が他国に被害を与える為に人工的につくられ、全世界に蔓延し数百万の犠牲者を生んだ。その後もウイルスは数十年毎に変異を繰り返し、人類全体に被害を与え続けた。一説によれば、自然発生のウイルスが寄生主である生物と共存する方向で穏やかに終息するのに対し、人工ウイルスは生物と共存する方向でなく、寄生主である生物を絶滅させる方向に進化したと言われている。


 疫病対策に苦慮したノード政府は、巨大ドーム内の病院の中から過去のコロナ対策資料を捜し出した。ノード政府の医療班はその資料を基に、症状の出た者を隔離し、酸素吸入などの処置を行った。しかし、中央コンピュータシステムにあるはずのコロナウイルス治療薬の情報を得る事が出来なかった。

 ノードの指導者リアムは、カナクの評議会に無線連絡し疫病対策に関する援助を依頼した。依頼の内容は、コロナウイルス治療薬の情報を得る事、そのために中央コンピュータシステムを復旧させる事だった。

 評議会議長のアイダが問い合わせたが、カナクの医療担当者はコロナウイルス治療薬の情報を全く持っていなかった。そして、中央コンピュータシステム復旧要請に関して、電気技術部門の責任者のビリーに連絡が入った。カナクとノードの友好関係を考えると、ビリーに断るという選択はなかった。中央コンピュータシステムの復旧要請に、即答でノードに出向する事に同意したビリーは、ノードの指導者リアムに、中央コンピュータシステムの復旧に関する重要情報を提供した。


「百五十年前のサイバー都市の原発事故の際に、コンピューター関係の専門家たちは、船に乗り込み、南の大陸に避難していったと聞いています。避難先はオタワの南約百キロ、旧大国のアメリカの首都ニューヨークの郊外で、アパラチア山脈の中腹にあるシェルターだったと聞いています。中央コンピュータシステムを復旧させるには、そこに調査隊を派遣して、サイバー都市のコンピューター関係の専門家たちの生存の可能性を探る必要があります。もし生存していたら、ノードの中央コンピュータシステムの復旧に協力が期待できます」

これを聞いたノードの指導者リアムは、

「早速、その調査隊の派遣を検討する。貴重な情報提供に感謝する」と言った


 ノード政府は、中央コンピュータシステム復旧のため、南の大陸に調査隊を派遣する事を即断した。コロナウイルスを疑われる疫病に罹患したノードの患者たちを救うためには、一刻の猶予もなかった。


 サイバー都市を建設した人々は、北米大陸の旧都市オタワからこの島に渡来した。旧都市オタワの南、アパラチア山脈の中腹には、数百年前の核戦争で大国が消滅する前から、核戦争を生き残るための都市のような大規模核シェルター「NASF」があり、そこには北アメリカ航空宇宙防衛司令部等の軍事施設や政府機関が収容されていた。百五十年前の原発事故でサイバー都市が崩壊した際、コンピューター関係の専門家たちは船に乗り込み、北大西洋を南へ向かい「NASF」を目指した。


 ノードの調査隊はその「NASF」を訪ね、コンピューター技術者にコンピュータシステムの復旧を依頼するという計画を実行する事になった。ノスロ族オルゴ族から選抜された12人の調査隊は、最新式の空調スーツに酸素タンクを背負い、太陽光発電装置の付いた自転車に乗り、島の東の沿岸部に向けて出発した。太陽光パネル、電動モーター等の資材を積んだ自走式リヤカーがその後を追う。

 12人の調査隊は、破損してほとんど原形をとどめない道路を進み、ノードを出発した翌々日に島の東の沿岸部に到着した。ノスロ族は数十年前に北欧の都市から、船に乗りこの島に渡ってきた。その時に上陸したのは島の東の沿岸部の小さな入り江だった。そこには破損を防ぐために陸上に引き揚げられた船が数十隻、雨ざらしではあるが保管されていた。調査隊は、保管されていた船の中から小型で保存状態の良い一隻を選び、船体、重油エンジンの修理点検の後、資材を積み込みレールの上を移動させ海に浮かべた。そして12人の調査隊を乗せた船は、南の大陸を目指して出航した。

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