第17話 カナクの過疎化

 それから十数年が過ぎた。カナクの人々は各所で犬を飼っており、はげ猿の姿を見る事はほぼなくなった。しかし、やはり外出時ははげ猿に注意をする必要があり、一人で気軽に外出する事はなくなった。カナクの街は、はげ猿の被害以降、外出する人の姿が減少した。ショッピングドームを訪れる客もほとんどいなくなり、武器を持った販売員がモービルで配達する事が多くなった。若者たちはカナクの将来に明るい未来を想像できず、恋愛・結婚・子育てに興味を持てず、過去の映像とゲームに没頭する者が増加した。未婚者が増加し、出産率は限りなくゼロに近づいていた。カナクは急速に寂れ、人口は600を切るようになっていた。


 アイダを議長とするカナク評議会は深刻化する人口減少に対処するため、色々な政策を実行した。アイダは、母ポリーが近所の子供たちを集めて託児所のような施設を開いていたのを受け継ぎ、カナク政府の予算を出して本格的な託児所を開設し、0歳から6歳を無償で預かる活動をしていた。その公設託児所も一時は50人を超えていた子供たちが、出生率の低下と共に20人を下回る事態になっていた。


 カナクではこれまで7歳から15歳を対象にした電気技師学校、農業漁業学校を開設していたが、卒業後に同年代の交流が少なくなるという状況が見られた。そこで、カナク評議会は16歳以上の未婚の男女を対象とした成人学校を開設した。成人

学校では学習と労働を義務化し、男女共用の寄宿舎で男女の交際を奨励した。成人学校で恋愛し結婚に合意した男女に卒業証書を与え、新居として一軒のドームを無償で与え、労働条件と食糧配給を優遇されることになった。未婚でも子供が生まれた母親には数々の特典が与えられ、育児は公共サービスとなった。この成人学校制度より、若者の引きこもりはかなり減少したが、それでも成人学校への登校を拒否し引きこもりを続ける者もおり、食料の配給が減少される中、自死に近い状態で発見される者もいた。


 ビリーとサラの間には男の子が生まれており、明るい希望を込めてリッチという名前が付けられた。最初の子供を病気で亡くしたサラは二人目の子供のリッチを溺愛し、ひと時も手放そうとしなかった。リッチは子供の姿が少ないカナクでは珍しい元気な子供で、同年齢の友達と子供用の小さな空調スーツを着て走り回る様子に、カナクの人々は微笑み声援を送った。リッチの友達はカーターという少年、ルーシーとアリスという少女だった。アリスは足が悪く車いすに乗っていた。4人はよく農業ドームに行き花や虫を探して遊んでいた。


 アリスはリッチが押す車いすに座って優雅に笑っている。

活発なルーシーは、走り回っては「リッチ、こっちに来て!」と叫んでいる。

リッチは「アリスを助けないといけないから」と答える。

カーターは「この虫、何て言うんだろう」と独り言を言っている。

ルーシーはリッチが好きで、リッチはアリスが好きだった。カーターは人よりも虫に興味が集中しているようだった。

カーターはミミズやオケラを土から掘り出して「ほら美味しそうだよ」とルーシーとアリスに見せて悲鳴を上げさせていた。リッチはカーターの虫攻撃からルーシーやアリスを守るという役割だった。母親のサラは子供たちの様子を近くからずっと見守っていた。


 警備隊長のビリーはショッピングドームのカフェテリアで久しぶりに評議会議長のアイダと面会し、カナクの今後について相談した。

「はげ猿の被害はほとんどなくなった。これもエミーの婚約者だったリアムが、ノードから犬を連れてきてくれたおかげだ」

「エミーが亡くなってからもう13年もたつのよね。あの時はげ猿対策をしっかりしていればエミーが死ぬこともなかった」

「最初は、あのはげ猿が人命を奪うほど危険だとはだれも思わなかった。残念だけどね」

「もう一度エミーの歌声が聴きたい、エミーの笑顔が見たいとみんなが言うのよ。エミーが生きていたら、カナクとノードのみんなを元気にしてくれたんでしょうね」

「覚えているか?私がノードから帰った時、港での歓迎式でエミーとリアムが「明日に架ける橋」を歌ってくれたよな」

「覚えてる。あんなに似合いのカップル見た事ない」

「エミーとリアムが結婚してたら、きっと元気な子供たちがたくさん生まれただろうな」

「きっと10人位子供が生まれて大騒ぎだったはずよ、可愛かったでしょうね」

「カナクの人口は今何人なのか」

「今週の報告では556人、成人学校で結婚する若者たちが増えているが、子供はなかなか増えない様ね。何とかしなければ」

「リアムはノードで元気に暮らしているらしい。ターヤも二人の子供も元気だそうだ」

「良かった」

「ノードはリアムが指導者になって、ノスロ族オルゴ族その他の人々に公正な処遇をしていて、みんなに感謝されているらしいよ。人口も増えているらしい。五千人もいるというから素晴らしい。カナクも見習わないとね」


アイダは閑散としたショッピングドームを見渡し、思わずため息をついた。

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