第16話 はげ猿

 猛暑せいか、年々木々が少なくなってきた南の森地区で、ある時毛のほとんどない猿が発見された。大きいもので体長は80センチメートル、頭頂部と背中の一部に金色の毛が生えている。大きな赤い鼻が特徴だった。初めてその猿を見た人は、その体毛のない猿を人と見間違える程だった。「はげ猿」と呼ばれることになるこの猿は、南米で野生化していた猿で、熱暑を避けて北米大陸を北上し続け、混血を繰り返し変異し、体毛が無く長い手足と胴体の新種となっていた。はげ猿は鋭い牙を持ち、雑食性で草も肉も食べる。川や海に入って魚を捕っているはげ猿を見かけた者もいた。あのユーラシア大陸のサラルよりはかなり小さく全く違う種類だった。


 発見当時数匹だったはげ猿は、急速に数を増し、数十匹の群れをなすようになった。はげ猿の群れは、人の出入りのスキを突いて南の森地区のショッピングドームに侵入し、食べ物を盗むようになった。ドームに侵入するはげ猿を追い出すのは一騒動だった。素早い動きをするはげ猿を網で捕まえる事は不可能で、ドームを破壊する銃は使えず、弓で射る事になったが、そう簡単ではなかった。逃げ回り、食べ物を食い荒らすはげ猿に人々は手を焼くことになる。

 ドームから追い払われたはげ猿は、投石でドームの壁に穴をあけ、地下に穴を掘り、はげ猿達はドーム付近に居座るようになった。この頃から、カナクで女性や子供がはげ猿に襲われる事件が発生しはじめた。

 そんな中、ノードからカナクに帰ってきたエミーが、はげ猿に襲われるという最悪の事態が起こった。エミーの悲鳴を聞きいた近所の人達が駆け付け、はげ猿を追い払ったが、エミーは重傷を負っており、三日間高熱でうなされた後亡くなった。


 エミーの訃報を聞きつけ、多くの人が故人を惜しみ、別れの会が開かれた。エミーの墓の周りには数百人の人が遠くから別れを惜しみ、エミーの歌っていた「My Funny Valentine」を涙ながらに合唱した。


【My Funny Valentine(words by Lorenz Hart)】


  My funny Valentine, sweet comic Valentine

  You make me smile with my heart

  Your looks are laughable Unphotographable

  Yet you're my favorite work of art

  ・・・


 人々は、そこにエミーが現れて愛くるしい笑顔で歌っている光景が見えるような気がした。警備隊長となったビリーは、十数人の警備隊員を率いて、ドーム周辺に出没するはげ猿を殺処分する任務に着いていた。素早く逃げ回るはげ猿を仕留めるのは困難を極めた。罠に近づこうとしないはげ猿は、待ち伏せて弓矢で一匹づつ駆除するしかなかった。西の浜辺の洞窟にいた老人からもらった弓矢を参考にした武器が役に立った。


 カナクでのはげ猿の被害を連絡を受けたノード政府は、はげ猿を追い払う策として、ノスロ族の飼っている犬をカナクに移入するという提案をした。ノスロ族の飼っている犬は、アメリカ大陸で飼われていたペット犬が熱暑に対応し、毛の薄い細身の種が生き残り、ノスロ族に飼われていたものだ。ノスロ族は数百頭の犬を飼っており、はげ猿達は犬のいる場所に近づこうとしないという。すぐにノード政府から五十頭の犬とそれを率いる五十人以上の救援隊が到着した。救援隊の隊長はエミーと婚約していたリアムだった。カナクの人々は、婚約者のエミーを亡くしたリアムの心情を思い、心を痛めた。リアム隊長率いる救援隊は上陸するとすぐに二十頭の犬をドーム周辺に配置し、はげ猿の群れが多い南の森地区に向かった。


 南の森地区に到着すると、リアム隊長率いる救援隊は南の森地区を大きく囲むように、犬三十数頭を放った。犬を見たはげ猿の群れは一斉に逃げ出し、北の方向に集まっていく。そこには、隊員達が弓矢を構えて待ち構えていた。たちまち百頭以上のはげ猿を倒し、逃げたはげ猿も木に登ったところを犬に見つかり囲まれ、弓矢で撃ち落とされた。


 この作戦の後はげ猿の姿は見えなくなり、救援隊は、犬を一旦カナクの港にある漁業用ドームに収容した。はげ猿の恐れる犬の気配を消して、はげ猿をドーム都市におびき寄せる作戦だった。その間、救援隊は西のドーム都市の人々から歓待を受けた。リアム隊長はエミーの墓を訪れ、花を手向けた。警備隊隊長のビリーは、亡くなったエミーの兄としてリアムと言葉を交わした。

「カナクに来て頂いた事を感謝する。エミーの件は警備隊長であり家族でもある私の責任だ。申し訳ない」

「誰のせいでもない。エミーは私の最愛の人だった。エミーを育てたカナクのすべての人に感謝する」


 二週間後、救援隊は再び南の森ではげ猿掃討作戦を行い、約三十匹を仕留めた。その後、救援隊は南に続く山の中にも犬を放ち、はげ猿の居場所を捜して掃討を続けた。はげ猿掃討作戦はその後も続き、カナクのドーム周辺に、はげ猿を見る事は無くなった。

 二か月後、救援隊はノードに帰還する事になった。リアム隊長は連れてきた犬五十匹を、カナクの警備隊長ビリーに託した。リアム隊長率いる救援隊は、船からカナクの人々に手を振りつつノードへ帰還していった。五十匹の犬達はカナクに残され、人々をはげ猿から守る事になった。

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