第15話 友好使節

 カナクではポリーとサムがノードにいる二人の息子たちの結婚を喜び、ドームの居間に二組の結婚写真を飾り、訪ねてきた人達に見せるのが習慣になっていた。次の年には、クレイとターヤの間に孫が生まれ、訪問者が見ることになる写真はもう一枚増えた。

 六十歳を超えたサムは、電気技師の仕事を元気に続けていたが、ある日、高所にある風力発電機の修理のために登っていた足場から転落し、亡くなった。知らせを聞いて車椅子ですぐに駆け付けた妻のポリーは、人目もはばからずサムの体に抱きついて

「一人で行っちゃ嫌だよ」と泣き続けた。それを見た人々は大泣きするしかなかった。それから数カ月も経たないうちに妻のポリーも子供や孫に看取られて亡くなった。


 二年が経ち、電気技師たちがカナクへ帰還する事になった。ビリーは妻のサラを連れ、カナクに帰還する事になった。クレイは子供が生まれたので妻のターヤと共にノードの地に永住する事になった。

ノード政府は電気技師たちへの感謝を表すため、船を4隻仕立てて電気技師を帰還させることになった。同時に、ノード政府からカナクのドーム都市の人々に感謝を伝えるため、ノード政府の友好使節団を同行させることになった。


 この連絡を受け、出迎えるカナクでは、2年ぶりに帰還する電気技師チームとノード政府の友好使節を歓迎するための式典が行われることになった。

出迎え当日、カナクの港には、音楽が流れ色とりどりの花が飾られ、出迎えの評議会の面々と千人を超える人々が数日前から集まっていた。はるばるノードから来た4艘の船が一列になって、カナクの港にゆっくりと近づいて来た。ファンファーレが鳴り響くなか、4隻の船が着岸し、電気技師チームとノード政府の使節団が手を振りながら船から降りてくる。評議会の面々が満面の笑みで出迎え、議長となったサム家のアイダが歓迎の言葉を読み上げる。

「評議会を代表して、ノード政府の平和使節団を歓迎し、末長い友好関係を希望します」

ノード政府の友好使節団の代表のリアムという長身金髪の男がこれに応えた。

「ノード政府は、ノードの電力復活に貢献していただいたカナクの電気技師たちに感謝し、支援していただいたカナクとノードの親善友好関係を希望します。」

千人を超える人々の万雷の拍手が起こり、歓迎式が始まった。まずカナクの人達の「第九」の合唱から始まり、続いて人気者のサム家の末娘エミーが「明日に架ける橋」を心を込めて熱唱する。


  【Bridge over Troubled Water (Simon & Garfunkel)】


  When you're weary, feeling small

  When tears are in your eyes, I'll dry them all


  I'm on your side, oh, when times get rough

  And friends just can't be found


  Like a bridge over troubled water I will lay me down

  Like a bridge over troubled water I will lay me down

  ・・・


 途中から、ノード政府の友好使節団代表のリアムがエミーの横に近づき、一緒に歌い始めた。この即興デュエットに、見守る人々が歓声を挙げた。続いて全員で「スタンドバイミー」の歌とダンスが始まった。これには、ノード政府の友好使節団も満面の笑みで応え、なかには踊りだす者もいた。


 これ以降、カナクとノード政府は交流を深める事となり、毎月の様に船がカナクとノード政府のドーム都市を行き来し、人と物資の往来が始まった。ノードからは主に電線やプラスチックなどの資材が輸入され、カナクからは果物・布製品が輸出され、カナクの港は賑やかさを増していた。


 カナクのアイドル的存在のエミーは、ノードでも大人気となり、カナクとノードの友好3年目の行事でノードに招待され、千人近い大観衆の前で歌を披露する事になった。観衆は、「マイファニーバレンタイン」の歌声に涙し、「スタンドバイミー」の歌声に歓声をあげて踊り始めた。最後に「明日に架ける橋」を歌いだすと、観客全員の合唱が始まり、会場の空調が聞かない程の熱気にあふれた。エミーの人気は高まり、ノードの人々はエミーに帰って欲しくないと懇願し、三カ月も滞在を伸ばした程だった。滞在中にエミーは少なくとも30人のノード人男性から結婚の申し込みをされた。そして、とうとう、ノスロ族の友好使節団の代表だったリアムの求婚を受け入れて婚約し、一度カナクに帰国してから正式にノードに移住する事になった。


 エミーが3カ月ぶりにカナクに帰って来た。数日後、それを知った多くのファンがエミーが勤めるラジオ放送局に詰めかけた。ファンは、エミーがいつも通りの笑顔でマイクの前にいるのを見て安心したようだった。

放送中、エミーは突然こういう発表をした。

「皆さんにお知らせがあります。私はノードの男性と結婚する事になりました。今まで、私を支えてくれたファンの皆様やスタッフには言い尽くせない程感謝しています。しかし私はその男性が好きになりました。どうしても結婚したいという気持ちがあります。私が、その男性と結婚してノードに移住する事を認めていただけますか?」

見守るファンからは、はじめ悲鳴が上がり、しばらくの沈黙の後で、

「結婚おめでとう!」「幸せになってね!」という声援が上がり、大拍手となった。

エミーは涙を流しながら、「ありがとう!」と笑顔で手を振った。

その後数日間、エミーの周りではファンや関係者の大騒ぎが続いた。


 騒ぎが収まり、エミーがノードへの出発に向けて準備を始めたころ、不幸が起きた。エミーが自宅のドームの周辺ではげ猿に襲撃されたのだ。

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