第11話 西の海の老人

 サム達を乗せた船はリードを出発し、荒れる北極海に苦戦しながら、2週間かけてカナクの港に帰還した。港にはウィー達評議員の面々、電気技師の仲間達、そして家族友人が詰めかけ、十数年前にカナクから帰還した時と同様の光景があった。


 ポリーが、元気な4人の子供たちを連れてサムを出迎えた。

4人の子供たちは一列に並び、長女アイダの合図で声をそろえて「パパ、お帰りなさい!」と言った。長女アイダはしっかりした様子で、長男ビリーはのんびりした様子で、二男クレイはいかにも腕白な様子で、末娘のエミーは恥ずかしそうにポリーの後ろに隠れようとしている。

 サムは一年間見ない間に、すっかり成長した子供たちを見て喜び、

「みんな大きくなったな!いう事をよく聞いていたか?」と聞いた。

4人の子供たちは「はい!」と大きくうなづいた。

サムが「ポリーありがとう!子供たちをこんなに元気に育ててくれて!」と言う。

ポリーは「ぜんぜん大丈夫よ!アイダが手伝ってくれるから、ねえアイダ!」

アイダは元気よく「任せて、パパママ!この子たちは私がしっかり育てる!」と言った。

笑い声が広がり、拍手が起こった。アイダは急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くした。周りにいる人々は4人の子供たちの様子を見て、一様に幸せな笑顔を浮かべている。


 こうして、南の森のドームでサムとポリーと4人の子供たちの賑やかな生活が戻った。相変わらずサムは南の森地区の電気工事主任として忙しい生活を送る事になった。ポリーは子育ての一方で、南の森地区の人々の相談役として、いろいろな相談に乗っていた。長男ビリー、二男クレイはそろって電気技師学校に入学していた。ビリーは電気技術の知識習得が速く、クレイは体力があり作業能力が優れていた。アイダは末娘のエミーを連れて、南の森にできた新しい農業ドームの仕事の手伝いを始めた。アイダとエミーは大人気で、農業ドームの仲間は何かあげないと気が済まないようで、アイダとエミーは毎日たくさんのお土産を貰って帰って来た。カナクでは相変わらず子供の数が減少していて、4人の子供たちはカナクの人々から大きな期待をかけられていた。


 数年が経ったある冬、元気な若者となったビリー、クレイの兄弟は友人達5人と計7人で、自転車旅行をする計画を立てた。カナクより西はどんな所かを知りたいと思ったからだ。カナクの西には草木のない荒野が続き人の住める場所ではないと言われていた。評議会は「危険を感じたらすぐに引き返す」事を条件に調査隊として7人の自転車旅行を許可した。

 7人は空調スーツに酸素タンクを背負い、太陽光発電装置の付いた自転車に乗って冒険旅行に出発した。サムとポリーとアイダとエミーは、他の家族と共に、ドームの西の門から出ていく7人を心配そうに見送った。


 7人の調査隊は荒れ地を、右手に青く輝く北極海を見ながら西へ西へと進んでいく。出発から2日間は、車の残骸以外何もない砂漠が続いた。3日目に小さな町の廃墟を見つけたビリー達は、十軒ほど並んだ家々を隅から隅まで捜索したが、人の気配はなく、見つけたのは家具、食器などの残骸と人骨、獣の骨、ボロボロになった本などだった。ビリー達はさらに西に進み、5日目にようやく西の海に面する海岸に出た。岩場とわずかな草木が見え、岩場の傍に川が流れ、奇跡的に数十本の木が生えている場所を発見した。崖を流れ落ちる小さな滝があり、水が落下した先に池が見える。池の周りには何かの野菜が植えてある。7人が自転車を降りて池の水を浴び、冷たい水を飲んでいると、滝の後ろの洞窟から声がして、一人の老人が現れた。


 ボロだらけの服を着た老人は背が低く、細い目と黄色い顔をしていた。ドーム都市の人達とは明らかに異なる容貌をした老人は、ずいぶん前に絶滅したとされる黄色人種の様だった。老人は敵意はないことを示すためか、ビリー達に何度も頭を下げ、笑みを見せた。老人は滝の後ろの洞窟に7人を招き入れ、貝や魚の干物をビリー達に勧めながら、こういう話をした。

「私はこの島から西に離れた大陸から来た。家族も友人もみんな死んだ。生き残ったのは私一人だ。一人でこの洞窟に住むようになって五年以上が経つ。」

「西の大陸は、大戦争のあと緑の草木は枯れていき、赤い色の雑草しか生えない荒れ地になった。生きているものはバッタとネズミだけで、とても人の住める場所ではなくなった。生き残った者達は川の水を引いた洞窟で何とか生き延びていた。私が暮らしていた頃仲間は数百人はいた。


 ところが三十年ほど前、毛のない大きな猿が群れになって現れるようになった。その猿は人間に近い大きさで、頭につのが有り背中に小さな羽がありパタパタ動かしていた。その猿は昔から言い伝えられていたサタンに似ていた。人々はその猿を「サラル」と呼ぶことになった。サラルは石を投げて人間を襲い始めた。サラルの群れが一斉に投げる石で多くの仲間が殺された。私達は弓矢でサラルと戦ったがサラルの数が多すぎて逃げる他なかった。生き残った私達は、せめて緑の草木が生えるところで死にたいと、大人子供数十人が集まって東に向かって出発した。何十日も海岸に沿って歩いたが、どこにも緑の草木はなく、人も見かけなかった。途中で見かけたのはダチョウの群れだけだった。


 とうとう東の果てまで来た私達は、東の海の向こうにアメリカ大陸という陸地がある筈だと考えて海を渡る事にした。壊れた舟や枯れ木を集めていかだを作り、海の静かな日を選んで海に乗り出した。が、途中から海が荒れだし、いかだが沈んだ。東の陸地に辿り着いたのは私ともう一人の男だけだった。私達は何日も仲間が海岸に流れ着くのではないかと捜し歩いたが、見つかったのは幾人かの水死体だけだった。私達はそこから北を目指して歩いたが緑の草木はなく、途中で都市の廃墟を幾つも見つけたが、そこで生きているものはネズミと猿だけだった。ここの猿は西の大陸のサラルよりかなり小型で角も羽も生えていなかったが牙で襲ってきた。

 何十日も海岸に沿って歩き続け、やっと人が生きている場所をさがしあてた。そこは人工的な洞窟で、周りにぴかぴか光る四角い板が何十枚もあった。私達はその洞窟に近づこうとしたが、大音量で警告され、周りを銃で撃たれ、立ち去る他なかった。

 私達は、そこから北へ歩き続け、海岸に辿り着き、舟を見つけて手漕ぎで幾つもの島を渡り、やっと緑の草木が生えているこの洞窟に辿り着いた。それからは毎日緑の葉っぱを食べて暮らした。一年ほどでもう一人の男は死んだ。死んだ時も緑の葉っぱを幸せそうに食っていた。生き残った私はこの洞窟で、やっと生き延びている。そんなところだ」


「ところで、君たちは白人と言われる人達だと思うが、私達のいた西の大陸ではずっと見かける事はなかった。何処にいるのか?」

ビリー達は、この老人が危険な人ではないと考え、カナクの場所を伝え、一緒に来る事を勧めたが、老人は「それは迷惑がかかる」と断った。

老人は「あの西の大陸のサラルが、いつかこの島にも来ることがあるかもしれない」

「これは亡くなった男が持っていた弓と矢だ。いつか役に立つこともある。これを持って帰ってくれ」と言って、西の大陸でサラルと戦ったという変わった形の弓と矢をビリー達に渡した。

ビリー達は礼を言い、

「あなたがここで長く生き続ける事を望む」と伝え、カナクへの帰路に就いた。

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