第9話 ノードの異変

 北極海に面した人類最後の都市カナクとノードに、十数年の年月が流れた。

カナクでは電気技師たちの努力により、電線などの自主生産も可能となり、水力発電や風力発電の建設は拡大していった。ドーム都市の電力事情は順調となり、南の森でも水力発電や風力発電の建設が促進され、自由人達も空調と酸素発生装置のついたドームで暮らすようになった。ドーム人と南の森の自由人との往来も許可され、自由人達がドームへショッピングに出かけ、ドーム人が南の森や湖に観光に訪れるという事も普通に行われるようになった。ドーム人と自由人の区別は無くなり、カナクは北極海沿岸部から南の森まで地域を拡大し、人口も2千人を超える大都市となった。


 サムとポリーは南の森のドームに住むようになり、ポリーの友人達も近所のドームに住むようになった。サムとポリーには4人の子供が女男男女の順に誕生していた。この時代、一人の子供が生まれるだけでもめでたい事なのだが、4人の元気な子供は奇跡だとカナク中の大ニュースになっていた。サムとポリーは子だくさんの父親母親としてすっかり有名人となっていた。11歳の長女アイダはしっかり者で家事子育ての手伝いを始めている。長男・二男のビリークレイは9歳と7歳、やんちゃ真っ盛りで家じゅうを走り回り、アイダに世話を焼かせている。末娘のエミーは3歳、大きなおむつをしてよちよち歩き廻って愛想を振りまいている。そこへポリーの昔からの友人たちが子供を連れて遊びに来る。サム家のドームは手狭になり、もうひとつドームを新築し、二つのドームを連結する形になった。サムは南の森地区の電気工事主任となり、付近の電気工事に忙しい日々を送っていた。


 良いニュースばかりではなかった。

カナクは毎年連絡船を出し、二百キロ東のノードの自由民政府へ使者を送っていたが、その使者によると、最近、ノードの自由民政府とその他の自由民との間で争いが起きているというのだ。ドラ山を含む山々には自由民が数千人いるが、自由民の多数派を占めるオルゴ族2千人が、ドラ山のノード水力発電所周辺に居住し、空調と酸素発生機のある快適な生活を独占していた。そして水力発電が供給できる電力が限られているという理由で、他の自由民が流入するのを拒否していた。他の自由民達の不満は高まり、ドラ山付近のオルゴ族とその他の自由民部族との間に争いが起きているという。


 ある年、ノードの自由民政府から、西のドーム都市カナクの電気技師を派遣してもらいたいという要請が来た。要請の内容は、ノード第一水力発電所に異常があり、その点検修復を依頼したいという事だった。

 数か月後、サムを隊長とするカナクの電気技師達が、十数年ぶりにノードへと向かう事になった。前回隊長だったウィーは引退し、評議員となっていた。サム達7名の電気技師は十数年前と同様にカナクの港から、電気技師仲間・家族・友人たちに見送られノードへと出発した。ポリーは4人の子供を引き連れて、ひきつった笑顔でサムを見送った。北極海は以前よりも青く輝き、天候の変化も激しくなっていた。十数年前の旅の途中に見たあのダチョウの群れを捜したが、どこにも見当たらなかった。


 悪天候の影響で6日間かかったが、電気技師達を乗せた船は久しぶりにドラ山の見える岬を回り、あの巨大ドームの浜に到着した。ドームの傍を通り、自転車でドラ山へ向かう。ドローンは迎えに来なかったが、今回はノード政府の招待であり、問題ないだろうとドラ山の麓で自転車を降り、空調スーツの酸素濃度を上げて数百段の階段を登って行く。サム達7名の電気技師は難なく坂を登り切り、ドラ山の洞窟前の広場に到着した。

「西のドーム都市カナクからの使節だ」と案内人に伝え、広場で待機していると、立派な服を着たノード政府の要人たちが現れ、サム達7名の電気技師は丁重に迎えられた。あの長老達はすでに亡くなっていた。オルゴ族の指導者が、サム達7名の電気技師にこう言った。


「遠いところを着ていただいて感謝する。ノードは十年前に皆さんのおかげで水力発電が復活し快適な生活を送る事が出来るようになった。ノードの人々は心から皆さんに感謝している。

ノード政府代表として、西のドーム都市カナクの電気技師の皆さんに協力をお願いしたい事がある。現在、ノード政府は南の山からドラ山付近に侵入しようとするノスロ族から攻撃を受けていて、その為に犠牲者が出ている。ノスロ族の侵入からノードを守る手段として、昔サイバー都市で使っていた警備ロボットを活用したい。しかしその作動方法で不明な部分があり使用できない。どうかこのノードの平和を守るために、警備ロボットの作動方法を指導していただきたい。」

 隊長のサムは返答に困り、そのノスロ族とはどういう人たちなのかを聞いた。

「ノスロ族は、元々我々のような南のアメリカ大陸ではなく、東のヨーロッパ大陸の住人だったらしい。そのノスロ族は気候変動による環境悪化で東のヨーロッパ大陸の北の半島から海を越えてこの島にやってきた。ノードがドラ山の水力発電を復活させたのを知り、侵入を狙っているらしい。大柄で金髪碧眼の者が多い。我々の中にも金髪碧眼の者がいるがそんなに多いわけではない。そのノスロ族は飼っている犬を操って藪の中から我々を襲ってくる。


 サム達電気技師は複雑な思いだった。

「我々はノード政府に水力発電の修理を依頼されて来た。カナクの評議会から、ノードとカナクの友好のために、役に立って来いと言い渡されている。しかしこの件に関しては我々だけで判断できないのでカナクの評議会に連絡して決定を仰ぎたい」と答えるしかなかった。

 サム達電気技師は、別室に案内され、そこでカナクの評議会に、この件を無線で連絡する事になった。


 ノードの電気技師達から連絡を受けたカナクの評議会は、この件に関してかなり紛糾した。ある者はこういう意見を述べた。

「昔サイバー人達はあの警備ロボットを使用したせいで自由民との戦いが大きくなり、遺恨を残した。後々そのせいで自由民から復讐され、サイバー都市は滅んでしまった。あの警備ロボットを使用すべきではない!」

これに対しこういう反論がでた。

「現実を考えよう、もしこれを拒否すれば、ノードに派遣した電気技師たちは帰ってこれない事になる。しかもそのノスロ族の攻撃によりノード政府が滅んでしまったら、つぎにそのノスロ族はこの西のドームに迄、押し寄せてくるかもしれない!ここはノード政府の言う通り、警備ロボットの復活に協力するしかない!」

「あの警備ロボットは麻酔銃を撃つタイプで殺害するタイプではない。サイバー都市は警備ロボットに守られ、何の問題もなかった。ただ、復活できるかどうかはその保存状態による。できるかどうかは不明だ。」


結局、警備ロボットの復活に協力するという意見が大勢を占め、カナクの評議会は、ノード政府に「ノードとカナクの友好のために、警備ロボットの復活に電気技師たちができる限りの協力をする。作業が難航したら、毎年交代の電気技師を派遣するので、現在の電気技師たちの帰還を保証してもらいたい」という連絡をした。

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