第5話 サイバー都市
サムが言っていたドーム都市の「電線不足」問題は、数か月後に表面化し、空調・酸素発生装置の修理が出来ないという危機的事態にドーム人達は直面した。そして協議の結果、電線を緊急調達するために船を出し、探索隊をドーム外の数百キロ東の「ドラ山」付近に派遣する事を決定した。
七十年前にドラ山からカナクのドーム都市に逃れてきた人々の記録によると、カナクの東には砂漠に近い荒れ地が百キロ以上続き、その向こうは難所だらけの岩山が続いている。とても徒歩や電気自動車で行ける場所ではない。さらにその岩山を越え、百キロ東にあるのが急峻な「ドラ山」と呼ばれる山であり、中腹に大きな滝と洞窟がある。昔、そのドラ山の周辺に「サイバー都市」と呼ばれる巨大都市が栄えていた。「サイバー都市」は人類が数千年に渡り築き上げてきた文明を再興するために、高度な科学技術を結集して造り上げた、最後の希望とも言える都市だった。
百数十年前、多くの旧都市が崩壊していく中、大陸の北で最後まで機能していたオタワという都市の住民が環境悪化と災害から北へ逃れ、海を渡り最北の島に辿り着いた。人々はその島の北極海に面するノードの地に都市を再建するため科学技術を結集し懸命な努力を続けた。専門家達は、まず何より文明に必要な電力を得るため、滝を利用した水力発電所を造り、空調と酸素発生機を作動させ、その傍の洞窟内を酸素と冷気で満たす事に成功した。人々は久しぶりに熱気と酸素不足の不自由な生活を逃れ、健康で文化的な生活を手に入れる事が出来た。さらにその電力を利用して山の麓に各種工場、住宅用ドーム、農場ドームが建てられ、人々の生活を豊かにしていった。
そして専門家達はより多くの人々の期待に応えようと、更なる電力を確保するためドラ山の麓に安全性に配慮した高性能の原子力発電所を建造した。有力な大国が滅亡した最終戦争以来、約二百年間途絶えていた豊かな原発電力が甦り、その豊富な電力を利用して次々と巨大ドームが建設された。幅数百メートル、高さ数十メートルに及ぶ広々したドームの中にはオフィスビル・高層住宅が建ち並び、ショッピングセンター、公園、広場を結ぶ道路を電気自動車が行きかう、二十一世紀の人類最盛期ニューヨーク等の大都市で見られたような生活が再現された。昔の映像でしか雪を見た事のない人達のためにドーム内に人工雪を降らせ、スキー場やスケートリンクを作った。インターネットが再構築され人工知能による電気設備・工場生産の管理がされ、各種工作ロボットにより人々の生活はさらに快適さを加えていった。この夢のような街の生活を人々は享受していた。人々はそこを「サイバー都市」、自分たちを「サイバー人」と称した。北極海沿岸に居住していた生き残りの人類が続々とサイバー都市に流入し、都市人口は十数万人の規模に達した。
人口が十万人を超えた頃から、ドーム内に居住する「サイバー人」は、外部から流入する人々を制限するようになった。原発の発電能力には限界があり、人々の生活レベルを守るためには人口の制限が必要となった。
そしてある時期を境に、ドーム内に居住する「サイバー人」は、ドーム外の人々を「自由民」と呼びはじめ、ドーム内での生活を希望する自由民に人口を増やさないための「断種手術」を義務化するようになった。断種手術を受け入れた自由民はその証として耳の一部を切られ、ドーム内で住居と食糧を保証される「保護民」となった。
ある時、ドームに違法に侵入した数人の自由民が摘発された事件をきっかけに、無断でドームに近づく自由民はドーム侵入を狙う犯罪予備軍として捕らえられ、強制的に断種手術を実施される事になった。この処置に対して「自由民を強制的に断種するのは人道的に許されない」という意見もあったが、「自由民を外部の劣悪な環境で放置する事の方が無責任だ」という意見が大勢を占め、ドーム外での「自由民狩り」が大規模に実施されるようになった。自由民狩りの作戦は南の自由民地区の森や山で行われ、サイバー人側にも多大な犠牲がでた。
このため、サイバー都市政府は人工知能に自由民狩り用の「警備ロボット」の制作を命じ、数十台の警備ロボットが製造された。警備ロボットは赤い目の赤外線センサーが2つ付いた約3メートルの人型ロボットで、6台のキャタピラーで自在に走り回り、両腕に取り付けられた銃から小さな麻酔針を高速で発射するというものだった。この麻酔針を撃ち込まれた自由民は数時間意識を無くし、警備隊に逮捕・収容されることになる。
その後サイバー都市では数十台の警備ロボットがドーム周辺をパトロールし、自由民を逮捕・収容し、強制断種手術の対象とする事になった。その後、サイバー都市周辺の森や山に自由民の姿を見る事は無くなった。サイバー都市人口は16万人の水準で安定するようになり、ドーム内に居住する人々は原発電力による豊かな生活を維持できるようになった。
しかしその豊かな生活は、原発建設から八十年後突然失われることになった。絶対安全と言われていた原発が、ある夜何らかの原因で暴走・制御不能となり原子炉爆発が起こった。その原因は、部品の老朽化、あるいは人工知能の異常、あるいは外部からの侵入者によるテロだったと言われている。電源が切れ暗闇に残された人々が翌朝見たのは、破壊された原子炉から立ち昇る白煙だった。サイバー都市の電力は停止し、照り付ける太陽の中、サイバー都市のドーム内は酸素不足の熱暑地獄へと変化した。電気自動車でドームを脱出した人々は、さらにドーム外の放射能汚染から逃れるため、ノードの地を離れ四散して行った。
ドーム難民の一部は水力発電の機能するドラ山へ殺到した。数千人の収容能力しかない洞窟に数万人が押し寄せ、混乱の中で多数が死亡し、一部の者を除き多くが洞窟を追われた。南へ向かったノード難民は、自由民の住む森と山々に侵入し自由民を排除しながらの生活を始めた。北へ向かったノード難民は、新しい地を求めて船に乗り込み北極海に出た。その一部は西に2百キロ離れた入り江に辿り着き、川に水力発電を起こし、浜に面した丘に小さなドーム群を造りはじめた。それが今、サム達のいるカナクという西のドーム都市だった。
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