第4話 自由人とドーム人

 こうして、ポリーはサムの同居人となり、カナクのドーム都市での生活を送る事になった。サムはこれまで通り電気技師として、週五日は朝からドームの中心部の工場ドームに自転車で出勤し、夕方には帰宅する。その間ポリーはサムのドームで掃除洗濯炊事などの家事をし、毎日のようにサムの母親と姉が住むドームと自転車に行き来した。ポリーの空調スーツは新調され、自転車も数日で乗れるようになった。それより頻繁に訪れるウィーの同居人ミアに「はやくサムと結婚したら?」としつこく言われる。という生活が始まった。


 サムやウィーのような電気技師はドームの生活で大切な電気と酸素の製造・維持管理に携わるエリートとして、人々から尊敬を受けている。電気は近くの川の段差を利用した水力発電と、要所に数十機建てられた風力発電から得ている。太陽光発電のパネル生産技術は失われていて、百年近く前に製造された数百枚の太陽光発電パネルは、ドーム群の中心の場所で厳重に管理されている。熱暑の中、火力発電を試みる者はなく、原子力発電はその恐ろしい危険性で話題にもならなかった。


 ドームの外には生物の住めない灼熱の荒野が広がり、まばらに残る森には「自由人」と呼ばれる人々が生存している。電気も酸素も作れない自由人たちは、日中は川や湖の水中で暑さを凌ぎ、夜は草ぶきの小屋に川から引いた水を掛け、水車で水力扇風機を回して就寝し、なんとか暮らしていた。自由人の中には時折ドームの近くに出現し、侵入を図る者もいるが、ドームの数百メートル手前でドームの監視兵に発見され、麻酔銃を撃たれて倒れ、仲間に連れ戻されていく。倒れたまま放置され、そのまま干からびて骨となる者もいる。そんな中ポリーの様に、ドーム人(自由人はドームに住む人々をそう呼ぶ)に誘われ、その同居人になる事は幸運なことだった。


 サムとポリーの生活は何事もなく至って平和そのものだった。サムは相変わらず、音楽を聴き、ポリーと一緒にいるだけで幸せだった。夜、幸せそうにくつろいでいるサムに、ポリーが近づいて、(ミアがそう言うようにと、ポリーにアドバイスしていた)

「ねぇ、触ってもいいよ!」と言っても、サムは首を振って静かに笑うだけだった。

これではいつまでたってもサムと結婚できないと、ポリーは悩み始めた。


 ポリーは、サムとの結婚のほかに、考えていることがあった。それは南の森に残してきた自由人たちの事だった。いまも、あの人たちは熱暑と酸素不足の中で苦しい生活をしている。よほど丈夫でないと生きられない過酷な生活。そして私は、涼しい酸素たっぷりのドームで快適に暮らしている。自由人の人達のために何かできないのか?サムに頼んで、自由人のために電気を作り、クーラーや酸素発生装置を作る方法を教えてもらう事は出来ないのか?しかし、サムにもドーム人としての立場があるだろう。ポリーはサムに言い出す勇気を持てずにいた。


 ポリーはミアに誘われて、農園ドームの仕事に就いた。ドーム群の中心部に3棟ある巨大な農園ドームの中には、ヤシの木、バナナ、パイナップル、砂糖きび、アロエ、砂芋、食用草、コーヒーなどがきれいに並べて植えられていた。この農園ドームと川と海から獲れる魚や貝類、海藻類がドーム人約一千人の食料を供給していた。これらの農作物海産物は食料工場で加工され、ショッピングドームに並べられ、あるいはドーム人の家庭に配送される。ミアやポリー達、農園作業員は病害虫を防ぎ・雑草を取り除き水・肥料を与えるのが仕事だった。高齢の作業員が多い中、若手で良く働くポリーは皆から歓迎された。こうしてポリーの生活はより充実したものとなり、サムと一緒の幸せなドーム生活が続いていた。


 ある日、ポリーは勇気を出して、いつも考えている自由人達を救う事は出来ないのかを、サムに思い切って話してみた。

サムはしばらく考え、

「ポリーが、自由人達を助けたいという気持ちは良く分かる。自分もポリーの喜ぶ顔が見たいから、自由人を助けたい。しかし実は近頃、ドームの電気装置の修理も充分にできるとは言えない状態になっている。特にビニールで絶縁された電線の補充が出来ずに困っている。自分達、電気技師が頑張って電線を生産できるようになれば、余力が出来て、自由人達にクーラーや酸素発生装置を提供し、生産方法を教える事が出来るかもしれない。実は、その電線を調達するために、カナクから遠い旧都市に探索隊を出して探すという話も出ている。だから、その話はもう少し待ってほしい。自分もできるだけ頑張ってみるつもりだ。


 ポリーは、サムの言葉に感謝しつつも、初めて聞く「電線を捜しにカナクから遠い旧都市に探索隊を出す」という話に、不安を覚えた。探索隊が出かける旧都市は、どこにあるのだろう?ポリーが聞いていたのは南の森の南の山の向うは川のない荒れ地で、その遠くに海があって、その海を渡ると、崩れた大きな建物が並ぶ旧都市がある。そこに人間はおらず、人と動物の白骨が広がり、大量発生したネズミと、凶暴な禿犬が襲ってくる恐ろしい場所だという噂だった。そんなところにサムは行くのだろうか?

「分かった!でも遠くの旧都市に行くとか止めてね!何百年も前からすごく危険な処なんでしょ!誰も生きていないんでしょ!」

「いや、ここから二百キロ東に行くと、サイバー都市という大きな旧都市がある。少なくとも七十年前には多くの人が住んでいた。そこには今も人が住んでいるらしい。」

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