第3話 ポリー

 サムは、姉のエリと重い三つの袋をのせて、クタクタになりながら、ようやく少女の待つドームへとたどり着いた。姉が早速ドームのドアをノックし、少女と顔を合わせる。少女を見た姉のエリの表情は、喜びにあふれていた。

「私がサムの姉のエリ、ありがとう、弟と一緒に住んでくれて!これから仲良くしてね!何か不自由なところがあったら言ってね!サムがなんか意地悪したら、私に言いつけてね!」

 少女は、いきなり話し続ける姉のエリに戸惑いつつ、笑顔を見せて、

「ポリーです。こちらこそよろしくお願いします」と言った。サムはこの時、この少女の本当の名前が、ピーではなくポリーだった事に初めて気付いた。少女は仲間内ではピーと呼ばれていたらしい。


 姉のエリは、サムが自転車から運んできた三つの袋を、次々と開けながら話し続けた。

「よかった、サムの友達がこんな可愛い女性で、サムには女性の友達がいないのよ、昔から引っ込み思案で、女性に話しかけられないんだから、あなたには弟から話しかけたわけ?びっくりだわ!ねえどうやって話しかけたの?」

「僕の名前はサム、きみは?って話しかけたんだよ、普通だろ!」サムが自慢げに答える。

「えーーーーっ、ホントに?震えてたんじゃないの?」

「うるさいなあ!震えてないよ!」

「ねえ、ポリー、弟は本当に震えてなかった?」

「震えてたかもしれません、私もですけど」とポリーが答える。

「サムはね、小さい頃お母さんっ子で甘えたで、しょっちゅうお母さんの後ろに隠れてたのよ。今でもお母さんはサムの事が心配で、二三日サムが顔をみせないと、サムはどうしてるのかなって、いつも言ってるのよ!」

「そうなんですか?」

「そうなのよ、今では一人前の電気技師だって威張っているけど、本当は人見知りのマザコンなのよ、そのマザコン治してあげてね」

「わかりました!私に任せてください!」

「頼もしいわ!サムをビシビシ鍛え上げてね!」

早速、二人の女性はタッグを組むことに同意したらしく、二人で、サムの事をいじり始めた。サムは苦笑いしながら、二人からアレコレいじられる事を内心すごく喜んでいた。

「サムはね、友達が少ないから音楽プレーヤーの曲を聴くぐらいしか趣味がないのよ!自転車で外に行くのも、一年に一回ぐらいの珍しい事なのよ!ポリーのような可愛い女性が来ても多分変わらないと思うわ!いつもイヤホンで音楽聞いてるだけ!返事もしない変人なのよ、とりえと言ったら、ゲームはしない事ぐらいかな!料理は下手だし、掃除洗濯も適当も良いトコ、なんかこんな弟でごめんね!」


 姉のエリは、サムをひとしきりからかい、ポリーと二人で笑いあった後、

「ねえ、ドームの中ってこういう服が良いよ」と、袋から取り出した部屋着を並べだした。自由民の少女は、小さな体には大きめのゆったりした白っぽいいワンピースを着ていたが、姉の取りだす色とりどりの部屋着に目を丸くして興味を示した。

姉は「さあさあ、お姫様の着替えのはじまりだよ、男は外で待ってて!」と、サムをドームの外へ追い出し、ドアをガチャンと閉めた。


追い出されてドームの外に出たサムは、暫く考えた後自転車に乗り、近所に住む電気技師の同僚のウィーのドームに向かうことにした。いつも世話になっているウィーに、自分も同居人が出来た事を話しておこうと思いついたのだ。サムは電気技師の仕事を二年前から始めていて、同僚のウィーはかなり先輩にあたり、日ごろから電気工事の仕事をいろいろ教えてもらっている。今日は日曜日で在宅しているはずだ。


 自転車に乗り、数分離れたウィーの家に着くと、ウィーとその同居人のミアという女性がドームの中に迎えてくれ、美味しいコーヒーをごちそうになった。サムが自由人のポリーという女性と同居する事になったと言うと、

ウィーは「良かったな、おめでとう、サムもようやく結婚するのか!」と笑う。

サムが「いや、ポリーは昨日来たばかりで、結婚は考えてないよ」というと、

ミアが「私達、半年以上一緒にいるけど、まだ結婚してないじゃない。どういう事よ!」と言い出した。

 まずい事になったと思ったウィーは、

「サムがポリーと結婚する気になったら、オレもミアと結婚する!」と言い逃れした。

「なに、その自分の結婚を他人任せにするのって、どうなの?私は付け足しっていう事?」とミアが怒り出す。


 こういう、小競り合いを引き起こしてしまったサムは、追い詰められ、

「わかりました。ポリーが良いと言ったら、すぐ結婚します!」と宣言してその場を収めた。

「早く結婚しなさい、私たちと一緒に結婚式するから!」とミアに脅迫されながら、サムは美味しいコーヒーの礼を言い、来週の日曜日にウィーたちをお茶に招待してポリーに会わせると約束して、早々にウィーたちのドームを出た。


 自宅のドームを追い出されてから一時間以上は経ったので、帰宅してもさすがに怒られないだろうと考えたサムは自転車に乗って引き返す事にした。サムが自宅のドームのドアを恐る恐るノックすると、姉のエリが、にこやかな顔で、「お帰り!」とドアを開けた。


「どうぞ、お姫様がお迎えです!」とおどけて迎えられたドームの中には、体にフィットしたピンクのドレスを着て、髪を巻き上げ髪飾りを付けた、見違えるほど美しくなったポリーが微笑んでいた。

サムはポリーがまぶしすぎて正視できず、下を向いてしまった。

姉のエリが「どうです?」と聞くが、サムは照れて「き、きれいだよ!」としか言えなかった。


 エリが、持ってきたトウモロコシの粉でパンケーキの作り方をポリーに教え、三人で賑やかなランチを楽しんだ後、エリはポリーと抱き合って

「ホントに良かった、来週はサムと一緒にうちに来てね、お母さんが待ってるから」

と言って、サムが出してきた予備の自転車に乗って空調スーツ姿で帰っていった。

ポリーは「良かった、優しいお姉さんで!」と喜んでいたが、

サムは「優しいけど、ちょっと余計なことを言いすぎかな」と顔をしかめてみせた。

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