第2話 ドームの暮らし

 翌朝、ソファーで寝ていたサムが起きると、ベッドの上で少女は体を丸め、永久に目覚めを知らぬような満ち足りた顔で深く眠り続けていた。サムはその様子を見て、これまで感じた事のない幸福感に満たされていた。


 サムは少女のために朝食を作り始めた。メニューはスライスした芋に焼き魚の燻製と食用草を挟んだサンドイッチ、海藻サラダ、パインジュースをコップに注いで出来上がり。物音に目覚めた少女も起きてきて、サムの朝食づくりを眺めている。


「おはよう、まだ寝ていていいよ、あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こさない方が良いと思ったんだ」とサムが微笑みながら声をかけると、少女は顔を赤くした。洗面所で顔を洗った少女をテーブルに迎え、朝食を並べ、音楽プレーヤーで朝から元気の出そうな曲をかける。あくまでもサムの趣味なのだが、


【Stand By Me (words by Ben E. King)】


When the night has come and the land is dark

And the moon is the only light we'll see

No I won't be afraid, no I won't be afraid

Just as long as you stand, stand by me

So darlin', darlin', stand by me, oh stand by me

Oh stand by me, stand by me


 ピーという名の少女はこの曲も気に入ったらしかったが、涙ぐむほどでもなく、サムと一緒に手や体でリズムをとりだした。サムが曲に合わせて歌いだすと、少女も目を輝かせて「stand by me」を歌い始めた。

 朝食が終わるとサムは少女に音楽プレーヤーの使用法を、ひと通り教えた後、

「これから母と姉のドームに出かけて、友達と住んでいると言ってくる。ここからちょっと離れているので、多分往復で4時間はかかる。きっと二人とも君を大歓迎するよ。」

と言って、空調スーツとヘルメットをかぶり、ドームの外に出て自転車にまたがり、少女に手を振って出発した。


 サム達が居住しているカナクのドーム群は、北極海に面した小高い山々に囲まれた入り江の陸地に点在している。谷の西側には崖があり、そこから滝がいくつも流れ落ちて川となっている、滝から流れ落ちる水の飛沫で谷に霧が立ち込めている。風が吹く日は明らかに他の地域より5度は気温が低い。このカナクの地は、この世界では人類が住むのに一番適した土地のひとつだった。


 東の高台にあるサムのいるドームから見ると、数百を数える大小のドーム群は、青く輝く北極海をバックにオセロゲームの駒の様に並んでいる。中心部の大きなドームは各種工場、ショッピングセンターなどで、そこから人や貨物を運ぶモービル(電気自動車)が出入りしている。それぞれのドームは直径数メートルから数十メートルと大きさは様々だが、暴風による破壊を避ける為に半球状で地面にしっかりと固定されている。ドームの南側の大部分は草土に覆われ、北側には何より大切なクーラーと酸素発生装置が並んでいる。その大小のドーム型住居の中で、人々は単独で、あるいは数人の家族で、数十から数百の集団で居住している。ドームの生活で重要なものは、なにより「電気と酸素」だった。人々はドームから外出する時には、空調スーツと酸素タンクが必要だった。


 サムの住むドームは、海とは反対側のドーム群の中心から離れた場所にあり、サムの母親と姉の住むドームはドーム群の中心のショッピングドームに近い場所にある。サムは少女が心配で、だらだらと続く下り坂をいつもよりスピードを上げて自転車を飛ばし、母親と姉の住むドームに到着した。

 ドームの北側のドアをノックすると、姉が出てきて、サムの話も聞かず、

「おや珍しい、朝ごはんまだでしょ?」と招き入れる。

サムが「自由民の少女と、一緒に住むことにした」と話すと、

母も姉も「おめでとう!ずっとこの日を待っていた」と踊りだすように大喜びする。


 ドーム内の人々は老人が多く、サムのような若者や小さな子供は驚くほど少数だった。若者の多くは恋愛に無関心で男女交際も結婚もほとんどなかった。子供を持つための結婚どころか、自分が生きる事にさえ無気力な若者が多く、子供の将来を心配する親が多かった。若者の娯楽と言えば一人一台配布されているケータイだったが、数十年前に起こったサイバー都市崩壊以降、インターネットは完全に停止し、電話もメールも使えない。かろうじて使えるゲームに熱中する若者は、現実逃避し食事も忘れドームに引きこもり、自殺に近い形で死亡するケースも多くみられた。


 そんな中で、サムの事を心配していた母と姉は、サムの話に喜び、

「どんな子なの?いくつぐらい?それで、いつ結婚するの?」と質問攻めにあう。

「おとなしい子だよ、たぶん十五歳以上だと思う、友達だから結婚は考えていない」と答えた。しかし母と姉は有頂天になり、

「その少女に会いたい!すぐサムのドームに行きましょう!」と言ったが、サムの自転車の後ろに乗れるのは一人だけなので、姉が代表ですぐ行くという。母と姉は相談して、少女のために服を持っていくという。慌てて服をかき集め子供用の服まで袋に入れようとして間違いに気づき笑い出す。それから食べ物も洗面用具もと詰め込まれ、三つの袋がもう持てないというまで膨れ上がった。

「明日は、その少女をこっちに連れてくるんだよ!」と母親に見送られ、サムはピーという少女の十倍は重い姉と三つの袋を自転車の後ろに乗せて、少女の待つサムのドームに向けてよろよろしながら出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る