ドームの世界

島石浩司

第1話 出会い

 北極海に面したこのカナクの地では、十二月から二月にかけての冬が外出に適した季節だった。それ以外の季節は外出できる気候とは言えない。久しぶりに晴れた空が広がり海からの涼しい風が吹く冬のある日、サムは数人の仲間と共に、空調スーツに酸素タンクを背負いドーム都市を出て自転車で南へ向かった。自転車の蓄電装置から送られた電気により空調スーツの中は涼しさを保っている。背中のリュック型の酸素タンクには12時間分の液体酸素が断熱容器に満載されており、新鮮な酸素を含んだ空気がヘルメットの中に循環している。


 サム達は南の森の道を通り抜け、山の麓に広がる小さな湖に向かった。この辺りはまるで絵画のような美しい風景を残している。ただ、ヘルメットを取れば暑さと酸素不足の空気で、そんな美しい風景を見る余裕など無くなるはずだ。サムは続く道の森の先の湖の岸で、自由人達が水浴びをしているのを見た。その中のひとりの少女がこちらを見てサムと目が合った。サム達は手を振って「危害は与えない」という意思表示をしつつ通り過ぎたが、サムはその時からこの少女の事が頭から離れなくなった。



 一週間後、サムは湖で見たあの少女にもう一度逢えないかと、今度は一人で自転車に乗り込み南の森に向かった。暫く湖の周りを捜し回り、やっと湖に続く道であの少女を見つけた。サムは何度か道を通り過ぎ、少女がひとりになるのを待って思い切って話しかけた。少女はサムを見て驚いたような悲しい表情を見せた。


「僕の名前はサム、きみは?」

少女は小さな声で答えた。

「私の名前はピー」

「ドームに住んでるんだけど、一緒に来ないか?」

少女の表情は困惑から喜びに変わり、

「一緒に行く、私もドームに住みたい!」と言った。

「キミの家族にドームに行く事を伝えたい。話してもいいか?」

少女は悲しげに答えた

「家族はいない。小さいころに父も母も死んだ」

サムも自由民たちの寿命は三十歳に満たないと聞いていた。

「ほかに友達とかに伝えなくていいのか?」

ピーという名の少女は近くにいた女友達に声をかけた。

「ねえ、私この人とドームに行く事になった。」

ピーと同年代の三人の女友達は相談を始めた。暫くして女友達の一人が

「良いと思う。悪い人じゃなさそうだし、他の人にも、ピーが自分の意志でドームに行ったと伝えておく。でもピーを大切にしてね」と言った。

サムは「わかった、ピーはたいせつな同居人として連れて行く。ピーが嫌がる事は絶対しない」と答えた。


 カナクには「ドームの住民は、ドーム外の自由人の一人をドームに同居させる事が出来る」という規則がある。その自由人はドームの住民の配偶者になる事もあるし、単なる同居人となる事もある。二人以上の自由人を同居させる事は禁止されている。


 サムは三人の女友達に別れを告げ、ピーという少女を自転車の後ろのシートに乗せてドームへと向かった。少女は驚くほど軽かった。まるで鳥のように軽い少女はサムの背中にしがみついていた。途中で自由民の親子連れとすれ違ったが、サム達を見ても興味なさそうに通り過ぎた。サムはいつもより速度を落とし、夕闇が近づき上空にオーロラが七色に光る中をドームへと向かった。


 ドーム群が近づくと、サムは水・食料などを運び込む入り口の門の前で自転車を止め、入り口の番人に認証カードを提示した。サムが初めての同居人を連れてきた事を申告する。番人はサムと少女の話を聞き、同意の上だという事を確認した後、ニヤリと笑い親指を立てOKのサインを出した。サムは少女を自転車に乗せてドーム群の中に入っていった。サムの住むドームの辺りに人影はなく、サムは自宅のドームの扉を開けて中へ少女を招き入れた。冷気と酸素で満たされたドームに入った瞬間、少女は目を見開き震えだした。サムは少女にソファーに座るように勧め、肩に布切れをかけてあげた。暫くすると少女はぼんやりとした表情からしっかりとした表情に変わり、何かを問うようにサムを見つめた。


 サムは怖がることはないと知らせるため少女に微笑み、冷蔵庫からフレーク(原料は砂芋と食用草)とアロエジュースをテーブルに出し、フレークを皿に入れアロエジュースをコップに注いだ。少女が戸惑っているので、サムは自分のフレークの入った皿に水を注ぎ、スプーンで食べてみせた。少女もそれを見て同じように食べ始め、「おいしい」と言った。アロエジュースはアロエの果肉にサトウキビの汁を混ぜた飲み物で、少女ははじめて甘さを味わったかのように目を丸くした。それからサムは音楽プレーヤーをスピーカーにつないで、昔の音楽をかけた。



【My Funny Valentine(words by Lorenz Hart)】


  My funny Valentine, sweet comic Valentine

  You make me smile with my heart

  Your looks are laughable Unphotographable

  Yet you're my favorite work of art

  ・・・


 自由人として電気のない村で育った少女は、初めて聞く昔の音楽に心を奪われ、食事を忘れ固まってしまった。サムが「食べて」と促しても少女は「天使の歌!」とつぶやき、涙を浮かべたままだった。サムは少女のために何曲も音楽をかけ、少女は呆然としながら、なかなか進まない食事をつづけた。

 食事が終わって、サムはアルバムの家族写真を取り出し少女に見せた。その写真には若い頃の両親とまだ小さい姉とサム自身が写っていた。サムの父親は昨年亡くなっていた。サムの音楽プレーヤーやスピーカーは、亡くなった父親の収集物を受け継いだものだった。それらは百数十年前の「人類復興期」に製造されたもので、今ではカナク全体でも十数台しか残っていないはずの貴重品だった。

「明日、母と姉が住むドームに行って、一緒に住む友達が出来たと伝えてくるよ。きっと母と姉は君を歓迎するよ。一緒に住む友達は初めてだから」

とサムが言うと、少女はほっとした様ににっこりと笑った。

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