第9話 ゆうしゃ対領主

 いつもの補給物資ではない、食料や家具を積んだ領主の馬車の列が村にやって来た。

「領主様、一体どうされたというのですか?」

 村長が領主を出迎えて言う。

「諦めたと思っていたがどうしてもジヒョの事が頭から離れなくてな」 

 領主が多くの荷物を持ってきたのはジヒョの両親への贈り物であったらしい。

 ――これは厄介な事になった――

 セギョンは内心で呟く。セギョンとジヒョは恋人で誰にも別つ事はできない。

 しかし、ジヒョの両親は相手が領主で贈り物まであると言うなら嫌だとは言わないだろう。

 ジヒョの両親が本人の意志を無視してOKしてしまったらジヒョはどうするだろうか?

 それでもセギョンと添い遂げようとするだろうか?

 両親想いのジヒョであるだけに確信を持って大丈夫だと考える事はできない。

「領主様、うちのジヒョにこんなに贈り物を持ってきて下さるなんてもったいない」

 ジヒョの父親が低姿勢で言う。

「セギョンもうちの家令として迎えよう。親友が傍にいれば心強かろう」

 領主の言葉にセギョンは面食らう。

 家令と言えば領地の租税運用から訴訟までを取り扱う実質的な行政官だ。

 ――私とジヒョの関係を知ってそれでも迎えたいという事なのか……――

 そうであるとしか考えられない。

 ――しかし家令と言われても私はただの茶農家だしなぁ――

 のんびりと茶を作って売って暮らしていられれば、ジヒョさえいればそれでいいのだ。

「領主様、ジヒョと結婚するんですか?」

 だんじょんから戻ってきたイノウエが領主に向かって言う。

「いや、結婚を申し込みの挨拶に来ただけだ」

 領主が答える。

「そう……ですか」 

 イノウエが表情を曇らせる。

 イノウエは幾ら特殊能力を持っていようと領主のように多くの贈り物を用意する事などできないし、前提としてジヒョの両親が納得しないだろう。

「勇者様! ダンジョンから戻られたんですか!」

 ジヒョが贈り物の山を無視してイノウエに声をかける。

「今さっき戻った所だよ」

「さぞお疲れでしょう。うちでゆっくりして行って下さい」

 ジヒョがイノウエの手を引く。

 ――?―― 

 セギョンには訳が分からない。ジヒョはイノウエの事は何とも思っていないはずだ。

 ――一体何が……!?――

 セギョンの脳裏で状況が整理されて一つの回答を導き出す。

 これまでイノウエはジヒョに対して横恋慕でしか無かった。

 ジヒョにはセギョンというパートナーがいるのだから当たり前だ。

 恋愛は勝負ではないからイノウエのゆうしゃの能力が発動される事もなかった。

 しかし、領主という敵手が現れた事でイノウエのゆうしゃの能力が発動されたのだ。

「ジヒョ……」 

 領主が声をかけようとする。

「私は勇者様が好きなんです!」

 ジヒョの言葉にどよめきが広がる。ジヒョとセギョンの間は村人の間では公然の秘密だったし、そうであればこそ村の男たちはジヒョとセギョンを諦めてきた。

 ――ジヒョ……――

 声をかけかけてセギョンは言葉を飲みこむ。

 自分がイノウエの敵手として認識されれば確実に敗北する。

 領主が落胆の表情を浮かべ、従者たちが所在なげな表情を浮かべる。

「領主様」

 セギョンは領主に話しかける。

「セギョン……」

 落ち込んだ領主の心の扉は重く閉ざされているようだ。

「ジヒョを奪われたのは私も同じです」

 セギョンは領主に向かって言う。

「ジヒョは勇者様の事を好きだと言っておったではないか」

「ええ。昨日まで避けていたにも関わらずです。そして数分前までは私の恋人でした」

 セギョンは抑えた声で領主に向かって言う。

「何が言いたい?」

 領主が何とか頭を働かせているといった様子で言う。

「ゆうしゃの能力は以前伝えた通りです。イノウエはジヒョを巡る恋で領主様という敵が現れた事で勝利の能力を発動させる事ができるようになったのです」

 セギョンが言うと領主が額に手を当てて呻く。

「私が早まったという事か……勇者が村から出ていくまで待っていたら……」

「ジヒョは両親の顔を立てて領主様との婚姻を拒まないかも知れません。しかし身体を許す事はないでしょう」

「それは分かっている。お前がジヒョの恋人だという事も。それでも私はジヒョを傍に置いておきたいと思ったのだ。そうでなければお前に責任ある家令の職を提示しておらん」

 領主の言葉にセギョンは脳を回転させる。

 村に留まってジヒョの両親にグチグチ言われて、挙句の果てには老後の世話まで看る事になると考えたら領主の保護の下で二人で穏やかな日々を送った方がマシだ。

 務まるかどうかは別として、茶畑に未練はあるが領主の家令も決して悪い職ではない。  

 ――いずれにしても何としてもイノウエからジヒョを取り戻す――

「領主様、村人たちに婚礼の品を分け与え、祝宴を開いて下さい」

 セギョンは脳を凍てつかせるように働かせながら言う。

「どういう事だ?」

 領主が怪訝な表情を浮かべる。

「領主様は村人を受け入れた事で人望を増しておられます。ここで失恋はしても心折れる事なく、婚礼の品を村人に分け与えて度量の広さを示してください。そこで村人に結束を促して下さい。村人が団結すればイノウエを追い出せるのみならずだんじょんを消す事も可能かもしれません」

 セギョンが言うと領主のみならず周囲の村人も驚きの表情を浮かべる。

「勇者が消えるとダンジョンが消えるとはどういう事だ?」

 領主が問いを発する。

「簡単な事です。だんじょんというものが誕生したのとイノウエがこの世界にやってきた時期が一致しているという事。だんじょんやまものというものに対し知識を持っているのがイノウエしかいないという事。そしてイノウエだけがまおうを倒してだんじょんを消せるという極めて彼にとって都合のいいものであるという事です。そもそもだんじょんというものが無ければゆうしゃという限定された能力以外イノウエには何の権威もありません」 

 セギョンが言うと領主が納得した表情を浮かべる。

「分かった。お前を信じてみよう。お前のやりたいようにやるといい」

 領主の言葉を受けてセギョンは作戦を村人に告げる。

 ――ジヒョ、待っていて――

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