第8話 去らないゆうしゃ
イノウエがだんじょんに向かい、村の再建が始まった。
イノウエの話通りならだんじょんが消えるまで十日ほどの時間が必要になる。
イノウエは午前中にだんじょんに出ていき、昼すぎには帰って来る。
それからは飲んでいる事が多く、村の再建を手伝おうという気はないように見える。
セギョンは一日馬を使って荷物を運んだり大工仕事をしている男たちに茶を振る舞ったりして過ごしている。
本来茶畑は安全圏にあるのだから日常生活に戻ってもいいのだが、間接的にとはいえジヒョの家や畑を手伝わない訳にはいかない。
「勇者様だが、ダンジョンと戦ってくれているのは分かるんだが、昼間から飲んだくれられるのはあまり関心せんな」
茶を飲んで一息ついた村長がセギョンに向かってぼやく。
「だからといって私たちにだんじょんをどうにかできる訳ではありません」
セギョンが言うと村長が苦い表情を浮かべる。
「……その、な、勇者様が村娘に色目を使っているとかで苦情が来ていてだな……」
村長が心労を滲ませて言う。
高嶺の花の自分やジヒョには遠慮気味だが、イノウエは他の女性には露骨に迫っているようだ。
「相手にしなければいいのです。肝心なのはイノウエと争わない事です」
セギョンは領主を通じてゆうしゃの能力を村人に伝えてある。
イノウエが戦いだと認識する事を行うと確実に敗北して、イノウエを図に乗らせる事になる。
で、あれば争いや競争になりそうであればイノウエが勝った事にして、おだてていい気にさせてしまえばいいのだ。
実際に勝敗をつけさえしなければイノウエはその優位性を示せなくなる。
力を示せないイノウエはフラストレーションを溜めるだろうが、そのはけ口はだんじょんくらいしか無いという事になる。
イノウエの仕事ははかどり、村に対する好感度も下がるという訳だ。
「しかし、恋人や婚約者が言い寄られた男どもはそうは行かん。早晩諍いが発生しないとも限らん」
村長が疲れた様子で言う。
「それはイノウエに確実に勝てる時まで待って下さい」
「勇者様はどんな戦いにも勝てるという話ではないのか?」
「どんなに無敵に見える戦士にも弱点はあるというものです」
セギョンは冷茶を飲みながら言う。
「勇者様に弱点があるのか?」
「あくまで現段階では可能性に過ぎませんが」
セギョンは言う。仮にイノウエと戦うのであればチャンスは一度きりしかない。
そのチャンスも薄氷を踏むように危ういものである事に違いはない。
イノウエが自発的に村を出て行ってくれるのが何よりの解決法だ。
「よおセギョン、村長も一緒かぁ」
赤ら顔のイノウエが話しかけて来る。
それほどの量を飲んでいるようには見えないから、やはり飲み比べをした時の酒の強さは勝負に必ず勝つというゆうしゃの能力があったからだろう。
「ゆうしゃさまごきげんよう。毎日だんじょん攻略お疲れ様です」
セギョンはイノウエに答えて言う。
「本当に疲れるよ。今第八層だから敵のレベルも80くらいだしね」
相変わらずイノウエの言っている事は良く分からない。
「だんじょんを攻略したら他のだんじょんを破壊しに行くんですか?」
セギョンが言うとイノウエが頭を掻く。
「いやぁ、それなんだけどさ、この村ってのんびりしていて居心地いいし、別にリスクを背負って他の土地へ行く必要も無いかなって」
イノウエは他の土地を救おうとは考えていないらしい。
「だんじょんが無くなれば野良仕事くらいしかない村ですよ」
「う~ん。日本にいた頃にスローライフに憧れた事があってさ。きれいなカミさんがいてのんびり畑を耕して生きるのもいいかなと思ったんだ」
日本とは時々イノウエから出て来るキーワードだ。イノウエが元々いた場所であるようだがセギョンの想像の及ぶ所ではない。
――イノウエは日本という所からやってきた?――
セギョンの脳裏で何かがスパークする。
「ゆうしゃさまはいつからこちらに来ているんですか?」
「この世界に来てからはまだ一か月くらいじゃないかなぁ」
酒臭い息を吐きながらイノウエが言う。
セギョンの知る限りだんじょんというものが世界に現れたのはここ一か月ほどの事であるはずだ。
それまでだんじょんやまものという単語を聞いた事さえ無かったのだ。
――だんじょんはイノウエと一緒にこの世界にやってきたのか?――
そう考えれば辻褄が合う。イノウエはゆうしゃはだんじょんの主であるまおうを倒せるのだと言っていた。
イノウエが勝負に勝利する能力を持っているのは事実だが、毒殺や罠で死ぬという可能性もあるはずだ。それらを無視できるという事はそれ以上の絶対的な関係がイノウエとだんじょんの間にはあるという事だ。
――まさか……――
「ゆうしゃ様はだんじょんの中で迷ったりする事はあるんですか?」
「中は迷路だからね。明かりが無いフロアやワープゾーンがあるフロアもあるし」
良く分からない事をイノウエが言うが聞き捨てならない事がある。
「だんじょんの中は迷路なんですか?」
「うん。そうだけど?」
イノウエが当然の事だとばかりに答える。
「まものはとても知恵があるようには見えませんでしたが、そんな複雑な迷路の中を迷わず移動できるのですか?」
セギョンが言うとイノウエが考え込むような表情を浮かべる。
「だんじょんの中にまものの食料を作る場所がないなら、まものはだんじょんが現れる前はどのようにして糧を得ていたのですか?」
セギョンが重ねて問うとイノウエが腕組みをして唸る。
「そのあたりどうなっているんだろうねぇ。俺には難しくて良く分からないや」
思考を放棄した様子でイノウエが言う。
――イノウエは考え込んだ――
前にだんじょんの事を聞いた時もそうだった。何故イノウエはだんじょんについて話す時思い出すのではなく考え込むのだろう?
普通は様子を思い出してから情報を整理して思考する。
しかしイノウエの場合は最初に思考が来て事実を追いつかせているように見える。
――だんじょんはイノウエの一部なんじゃないかしら――
そう考えると辻褄が合って来る。だんじょんの出現時期とイノウエの出現時期の一致。
イノウエだけが勝利できるまものやまおう。
死体を整理してみてもまともに一体に組みあがらないはりぼてのようなまもの。
イノウエだけが踏破できる迷路状のだんじょん。
――だんじょんはイノウエの一部で彼を引き立てる為に生まれた――
そう考えれば全てに整合性がつく。だんじょんやまもののディティールがいい加減なのはそれがイノウエの想像力の限界だからだ。
――荒唐無稽な話ではあるんだけど――
そう考えるとパズルのように全てがしっくりと収まるのだ。
だとすれば……
――イノウエを倒せばだんじょんは消える!――
全てがイノウエの口から出た言葉を元にした推論でしかない事はセギョンも理解している。
しかし、だんじょんがイノウエの心から出たものであれば、イノウエが消えればだんじょんも消えるはずなのだ。
――それを証明する為にはだんじょんが攻略される前にイノウエを倒すしかないんだけど……――
そんなリスクの高い事をする必要はあるだろうか?
イノウエが村に飽きて出て行けば二度と会う事も無いだろう。
それならそれで構わないという気もする。
――私はジヒョと二人で静かに暮らして行ければそれで構わないんだし――
セギョンは適当に酔っぱらったイノウエの相手をしながら早く時間が過ぎる事を望んだ。
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