第7話 ダンジョン攻略

 イノウエがだんじょんを攻略すると言ってから十日目。

 だんじょんは崩れ落ちて残骸となった。

 領主はこれが最後とばかりに大きな酒宴を催した。

 仕事上がりのセギョンもジヒョと共に参加している。

 こんな時でもないと牛肉など食べる事はできない。

「セギョン、美味しいね」

「これは牛肉ですからね。いつも食べている豚肉とは違います」

 セギョンはジヒョに答えて言う。

 牛肉にありつけたと考えればここ二週間ほどの苦労も報われたのかも知れない。

「……勇者様、この度はダンジョンを壊して頂きありがとうございます」

 領主がイノウエに向かって言う。

「いやぁ、俺は当然の事をしただけですよ」

 機嫌良さそうに酒を飲みながらイノウエが言う。

「これで領民は安心して暮らしていく事ができます」

 領主が謝意を現わすがどことなくよそよそしい。

 毎日のようにイノウエを歓待する酒宴は領主の持ち出しだから意外に負担になっているのかも知れない。

「ここはいい村ですよねぇ。この村の安全はこの先も俺が守りますよ」

 イノウエの爆弾発言に領主の表情が一瞬凍り付く。

 イノウエはこの先も村に留まるつもりらしい。

 ――どんな名目で?――

 既にだんじょんは存在しないしまものも出てこない。

 イノウエはゆうしゃという能力にあぐらをかいているだけなのだし、一農民として生活していく事は難しいだろう。

 都市に出て大道芸人をするなり、軍隊に入って兵士になるなりすればゆうしゃの能力で食うには困らないだろうが、この田舎の村にはゆうしゃの能力が役立つような仕事などありはしない。

「いやぁ、勇者様はダンジョンを倒せる唯一の存在です。他の地方で勇者様を待望する声は多くありましょう」

 領主がイノウエに向かって言う。

 やはり領主はイノウエを快くは思っていないらしい。

 だが、ここで争えば口論であったとしてもイノウエが確実に勝利するだろう。 

 セギョンは領主に歩み寄る。

「領主様、だんじょんも消えた事ですし、ゆうしゃ様にはしばらく骨休めをして頂きましょう」

 言って領主の上着の裾を引く。

「そうだな。二三日ゆっくりされるのもいいだろう」

 言った領主を促してセギョンは夜の庭に出る。

「セギョン、何か話があるのか?」

「領主様はイノウエに村を出て行って欲しいので?」

「だんじょんは無くなったのだし、あいつに飲み食いさせてやる理由も無かろう」

 領主が苦い表情で言う。ただでさえ村人を受け入れていたのだからその負担はかなりのものだろう。

「これは私の想像でしかないのですが、イノウエには特殊な能力があります。争って勝てる相手ではありません」

 セギョンは言葉を選びながら言う。

「特殊な能力だと?」

 領主の言葉にセギョンは頷く。

「領主様はサイコロで絶対に狙った目を出せる魔法があったらどう思いますか?」

「とてつもない詐欺師になるだろうな」

「ではサイコロを戦いと置き換えてみて下さい」

 セギョンの言葉に領主がドクダミを飲まされたような苦い表情を浮かべる。

「そんな馬鹿な話がある訳が無かろう」

「だんじょんなどという存在も出現するまでは世迷言であったはずです」

「しかしイノウエは人間だぞ?」

 領主が理解しがたいといった様子で言う。

「第一にまものやらまおうというものが束になってもイノウエには敵いません。第二に腕相撲でも囲碁でも酒の飲み比べでも村人でイノウエに匹敵する人間はいません。しかし、普段の彼はそこまで腕力がある訳でも、賢い訳でも、そこまで大酒飲みという訳でもありません。それが戦いだと認識された瞬間、結果の側が操作されるのです」

 セギョンが言うと領主が困惑した表情を浮かべる。

「もしイノウエの能力が万能であったとするなら村娘は皆彼のものになっていたはずです。イノウエの能力が限定的であるだけでも良しとすべきです」

 セギョンの言葉に領主が考え込む。思い当たるフシは幾つもあるのだろう。

「あの男を領地から追い出す方法は無いのか?」

 領主が本音を漏らす。

「最終的にはイノウエがこの村に飽きるのを待つしかないでしょう」

「最終的にはという事は何か策があるのか?」

 色めき立った領主が言う。

「私たちの村はまものに襲われ焼き払われたままです。だんじょんもそのままでしょうからイノウエに退治して欲しいと言えばいいのです」

 セギョンが言うと領主が大きく頷く。

「それは良い考えだ。すぐに実行に移してくれ」

「ただし私たちには村を再建する物資と人手が必要ですし、冬を越す為の食料も必要になります」

 セギョンが言うと領主の表情が曇る。

「それとも私たちがずっと領主様の御厄介になっている方がいいのですか?」

 セギョンが言うと領主が深いため息をつく。

「話は分かった。ところでセギョン。お前はジヒョと親しいのだったな」

「ええ」

 親しいどころではないが、プライベートまで教えてやる理由はない。

「私はジヒョほど美しくて心の優しい娘は知らない。彼女を妻に迎えられないかとな」

「彼女にその気はないでしょう。彼女には既に愛する人がいますから」

 セギョンは領主に伝える。相手が自分だと言ったら領主はどういった反応をするだろうか。

「そうなのか……あれほどの美貌がありながらなぁ。いや、お前も美しくないという訳ではないぞ。息子の嫁にでもと考えたくらいだ。ただ、お前は性格がきつすぎ……個性が強すぎてだな……」

「ご安心を。私には微塵もその気がありませんから」

 セギョンの言葉に領主が落胆にも似た表情を浮かべる。

「そうか……とにかくだ。イノウエには早くこの村を出て行ってもらわないとな」

「それには同意いたします」

 セギョンは恭しく腰を折って言う。

 イノウエはどうしたらこの地を出ていくだろうか。

 彼の欲するものがこの土地に無ければ勝手に出ても行くのだろうが、それが分からない以上下手に動く事もできないのだった。

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