第5話 ゆうしゃイノウエ

 セギョンが戻ると領主の館で酒宴が催されていた。

 主人公は当然ながらイノウエだ。

 本人が言っていた事がどこまで事実かは不明だが、無数のまものを剣で滅ぼした事は事実なのだ。

「一週間もあればダンジョンは攻略できますよ」

 焼酎で赤ら顔になったイノウエが機嫌良さそうに言っている。

 こんなに酔っぱらって夜の間にまものが襲撃して来たら一体どうする気なのだろうか。

 ――その時はジヒョを連れて逃げればいいか―― 

 真の恐慌状態になればジヒョも家族がどうのとは言っていられなくなるはずだ。

 その時は自分が充分に慰めてやればいい。

 何故見捨てたのかとしばらくは恨み言も言われるだろうが時間が解決してくれるだろう。

 今後非好意的なジヒョの両親の面倒を見る事を考えれば安いものだ。

「セギョン! どこ行ってたの?」

 セギョンがジヒョを探していると先に見つけた彼女が駆け寄って来る。

「ごきげんよう。ちょっと調べものですよ」

「何を調べてたの?」

 興味津々といった様子でジヒョが言う。

「まものの死体を調べていました。早く片付けないと虫が湧いて非衛生的な事になるでしょう」

「まものの死体を調べてたってどうして? 怖くなかったの?」

「生きている方が余程危険で怖いじゃないですか」

 セギョンが言うとジヒョが笑い声を上げる。当たり前の事を言っているのに笑われるとは心外だ。

 と、焼酎のカップを手にしたイノウエが近づいて来た。

「君たち可愛いなぁ、この村の住人?」

「違います」

 セギョンは即答する。恋人との時間を邪魔するとは一体どういう気だろうか。

「私たちはまものに襲われた村から逃げてきたんです」

 ジヒョが説明する。

「それは大変だったね。そうそう、紹介が遅れてたね。俺は勇者イノウエ・サトシ。君たちの名前は?」

「ジヒョです」

 ジヒョが言う傍らでセギョンは茶を一口飲む。

 ジヒョが肘でセギョンを突いてくる。

「セギョン」

 言ってからセギョンはふと思いつく。イノウエはだんじょんについて詳しい様子だった。

 まおうという存在も気がかりではある。

「セギョンです。ゆうしゃ様」

 セギョンは丁寧に膝を屈めて言う。

「セギョンさんは上品だね。貴族の娘とか?」

「残念ながらただの農民なのですよ。ゆうしゃ様は一体どのようなお仕事を?」

 ゆうしゃの収入源とは何なのだろうか? まものを片付けた褒美なり感謝なりだけでやって行けている訳ではないだろう。

「正義の味方だよ。弱い人々を魔王から守るんだ」

 酒で饒舌になっている様子のイノウエが言う。

 聞きたかったのはそんな観念的な事ではないが、これ以上追及して機嫌を損ねるのも悪手というものだろう。

「まおうとはどんな存在なのですか? これまで聞いた事が無かったもので」

「ダンジョンのボスですごく強いんだ」

「具体的にどのくらい強いのですか?」

「レベル80以上の魔物くらいかな」

 イノウエが答える。れべるとは何だろうか?

 同時に聞き捨てならない事もある。

「まおうはまものがなるものなのですか? それとれべるという言葉も初めて聞いたのですが?」

「レベルはレベルだよ。俺はレベル99の勇者でカンストしてるけど……例えば君はレベル5の農民だろう?」

 イノウエがセギョンの頭の上辺りを見て言う。

「私が農民なのは事実ですがれべるとは何ですか?」

 セギョンが言うとイノウエが額に手を当てて笑い声を立てる。

「おっと、スキルを発動してしまったみたいだ」 

「すきる?」

 セギョンはイノウエの言葉に理解が追いついて行かない。

「俺のスキルはグーグル検索だ。これを使えば相手の強さや弱点が分かるんだ」

 ぐーぐるけんさくというすきるというものがあり、それで相手の事が分かるらしい。

「れべる5の農民というのは一体どんな状態なのですか?」

「一般の農民より少し強いくらいだよ。悪いけど剣や魔法は使えないな」

「元々使えませんけど……農民がれべる99になったらゆうしゃになれますか?」

 セギョンはとりあえず返事をする。農民がどうして剣を使わなくてはならないのか分からないし、魔法などおとぎ話の存在だ。

「99までレベルを上げるのは無理だと思うけど。君たちは見た目がいいんだしそれでいいんだよ」

 言ったイノウエが美味そうに焼酎を煽る。

 農民でもれべる99になればゆうしゃになれるらしい。そしてゆうしゃはまおうを倒すことが可能な存在だ。

「まものがれべる99になるとまおうになるのですか?」

 セギョンが訊ねるとイノウエが考え込むような表情を浮かべる。

「う~ん。それは違うかな。まおうは心の歪んだ石井課長みたいな人間がなるんだ」 

 いしいかちょうとは何だろうか? それより気にかかる事がある。

「まおうは元々人間なのですか?」

「そうだ。最低のクズな人間がなるのが魔王だ」

 イノウエが吐き捨てるようにして言う。セギョンにとってのジヒョの父のような人間がまおうになるのだろうか? 想像してみようとするが全くイメージできない。

「クズな人間は普通悪人になるのでは?」

 セギョンは尋ねる。

「そうだけど……」

 イノウエが考え込む。だんじょんやまおうについて詳しいのでは無かっただろうか?

「すごい力を持った悪人なんだ。誰も止められないような凄い力を持った……村人たち全員に恨まれるような悪人だよ」

 イノウエが自分を納得させるようにして言う。

「悪い領主のようなものですか?」

「それに近いかもしれない」

「でもそれだとまおうになった直後は普通の人間と変わらないという事になりますね。ひょっとしてれべる5の農民でも勝てたりしますか?」

「クラスチェンジした直後のまおうは手下もいないし凄く弱いだろうね。一対一なら農民でも余裕で勝てるんじゃないかな」

 イノウエが赤ら顔で嬉しそうに言う。

 人間からまおうになった直後、くらすちぇんじというらしいが、それが行われた直後は農民より弱いというのは重要な情報ではないだろうか。

 これまでの話を整理すると、まおうとはだんじょんの主でまおうを倒せばだんじょんは消滅する。まおうはまものがれべるを加算してなるものではなく、恨まれるような悪い人間が変化してなるもので、変化した直後は農民より弱いという事になる。まおうがだんじょんの主になるのはおおよそれべる80くらいからで、セギョンのれべるが5だとすると相当高いれべるという事になる。

 ――しかし主観的な情報が多いな……――

 イノウエはあてになるのだろうか。

「君たちに誘惑されたら俺も負けちまうかも知れないけどね」

 イノウエの言葉にセギョンは背筋に鳥肌が立つのを感じる。

 セギョンが心と身体を許すのはジヒョだけだし、ジヒョも同じだ。

 何がどう間違ってもイノウエに欲情して誘惑するなどという事はあり得ない。

「ご冗談がすぎますよ」

 セギョンはジヒョの肩を抱いてイノウエに背を向ける。

 情報を引き出したいのは山々だが、酔っ払いにこれ以上絡まれるのはごめんこうむりたいというものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る