13.後輩の配信を見る配信③
『183階層は…って説明しようと思ったけどイレギュラーだ』
イレギュラーとは、ダンジョンで起こりうる予想外全般を指す言葉だ。
本来はいない階層に出現するモンスター、ドロップしないはずのアイテム、階層ワープ、果ては
画面に映るのは今までの黒い扉とは違う純白の扉。
恐らくは待ち構えるボスが普段とは異なるのだろう。
『この白い扉が現れたら、中にはイレギュラーボスがいる。
この階層は何回も潜ってきて何回もこのイレギュラーには遭遇してきたけど、毎回出てくる奴が違うから面白かったりするんだよね。
あ、あと、普通のボスより強いのは確か。その分ドロップがおいしかったりもするんだけどね』
「普通のボスより強いって…いや、この人なら問題ないんだろうけど」
チャット
・あの化け物スライムとかフェンリルより強いモンスターとか想像できないんだけど
・探索者系統のスレ全て発狂してて笑う
・この人がケガするモンスターとか出んかな
・底辺探索者ワイ、就活を決心する
・まあ、これにはなれんわなぁ
チャットでの反応を見ている間に、画面の中の彼女はなんの躊躇いもなく、純白の扉を開いてフィールドに立っていた。
『さぁて、何が出るかなぁ…。
お、なんだあいつ…?』
彼女と対面していたのは、白い靄。
その白い靄は不定に蠢き、その不定の形を定めていく。
『【鑑定】の結果は”献神の鏡像”。文献のケンに神様のカミで献神。
こいつは…ああ、そういう系か』
形を変えた白い靄は、鏡像の名の如く廿樂さんの姿を模倣した。
黒いスーツ、特徴的なペストマスク、まさしくその場に彼女が2人いるようであった。
だが、明確な違いがある。
廿樂さんは綺麗な黒髪のショートカットだが、コピーの方は白髪のセミロング。
『コピー系のモンスターとは少なからず戦ったことがあるけど、ここに出てくるってことは…』
白髪が腕を軽く振るう。
『…!
やっぱ上位互換だよな!』
廿樂さんは
「え…?」
左腕が宙を舞っていた。
その左腕はズタズタに引き裂かれ、ボトリと地面に落ちた。
だが、可笑しいのだ。
なぜか。
画面に映る廿樂さんには落ちたはずの左腕が生えているのである。
私は、幻覚でも見たのかと思い、眼を擦った。
だが、確かに左腕だったものは地面に落ちていて、廿樂さんの左腕は健常だ。
『心配ない、切られたけど生やしただけだよ。
こっからは本格的にグロ注意。下手したら物理的な意味で首が飛ぶから。
まぁ、大丈夫。それくらいで死ぬ私じゃないし』
『それに、私に勝てないほど私は弱くないから』
そこからはB級スプラッタホラーじみた様相が続いた。
腕は3回飛び、脚は4回飛び、挙句の果てには首が1回飛んだ。
そんな、ダークウェブでよく流れる海外の虐殺動画のような光景なのに視聴者が離れなかったのは、なぜか飛んだはずの四肢から血が吹き出なかったからだ。
手足が飛んでもカメラが切れている間にいつの間にか生えていて、首が飛んだ時など、その首を拾いくっ付ければ切断面が癒えていた。
人外などという言葉で片づけられないほどの異常。
そもそも彼女が生物の枠に収まっているのすら怪しいという言葉すらチャット欄では飛び交っていた。
かく言う私も、彼女が高性能なアンドロイドなのでは?という荒唐無稽な考えが過るほど、画面内で起こっていることは異常だった。
『よし、分かった』
ずっと、コピー体の相手を黙ってしていた廿樂さんが久しぶりに喋った。
分かった、とはどういうことだろうかと思った瞬間にコピー体の首が飛んだ。
首が物理的に飛んだコピー体は、廿樂さんと同じように首を拾おうとしたが、廿樂さんがそうはさせまいとすかさず首を蹴り飛ばした。
そこで初めて、コピー体があからさまな動揺を初めて見せた。
顔は物理的に見えないが、それでも身体が明らかに硬直していた。
そして、その隙を見逃すほど廿樂さんは甘くはない。
『【覇界】』
拳をコピー体の腹に添えそう呟くと、コピー体はバラバラどころか、塵も残さず消滅した。
「うわ、すっご」
そう思わず口に出たが、これくらいではそれくらいの反応しか出てこなくなってしまった自分に少し驚いた。
明らに、この配信で自分の中の感性が麻痺している。
それくらい、彼女の配信は濃すぎたのだ。
そんな思考すら芽生えさせた元凶の彼女は、コピー体が完全に消滅したのを見て草原にバタリと倒れた。
『あーーーーーーーーーーーー、疲れたァ』
顔はペストマスクで隠れてその表情は見えないが、その声は明らかに疲弊を感じさせるものだった。
『多分チャット欄では人外が~とか騒がれてると思うけど、幾ら四肢や首が飛んでも生きてるとはいえ再生には馬鹿にならない魔力量とエネルギーを使うのよ。
心臓抜かれても死にはしないけど、一から再生しようとしたら私でも何回もはできないし。だから、首が飛んだ時も速攻拾って繋げたのよ』
「普通の人間は首飛んだら死ぬんだけどね」
チャット
・それはそう
・心臓抜かれても死なないのかよ
・いやー、再生できるって時点でねぇ
・充分人外です対あり
・感覚麻痺してきた
・もう他の探索者の配信見れないってこれ
・急にダンジョン配信界隈インフレしたな
『あー、あとさっきのやつの性能について解説。
多分だけど、あいつは超高性能なAIみたいなもんだと思うんだよね。
誘導すれば、必ず最善手しか打ってこない。駆け引きとかが全くなかったんだよね。
この階層に来れるような人間はそれさえわかれば簡単に倒せると思うよ』
『あと、あいつのコピーは不完全、というか歪。
私が過去にダンジョン内で使ったスキルを模倣したものを使ってきてたんだけど、過程をすっとばして結果しか使ってこなかった。
例えばになるけど、さっき使った【覇界】ってスキル。あれは衝撃を対象が無くなるまで無限に増幅させるスキルなんだけど、あれをもしあのコピーが打ってきたなら、結果として対象が無くなるような衝撃波を打ってくるだろうね。
結果としては変わらない。だけど、コピー体は私のスキルの中でも結果がちゃんと出るものしか使ってこなかった。
私が持ってるスキルはかなり変則的で曖昧なものが多いからね。』
『それに気付くまでに時間がかかったけど、それさえわかれば攻略は簡単。
自分より身体能力が高くて、淀みなく最善手を選択してくるAIってだけ。
ね、簡単でしょ?』
「それって公式チート使ってくるNPCみたいなもんでしょ?だれが勝てるん?」
チャット
・最上位の将棋のプロvsAIみたいなもんでしょ
・詰将棋的な?
・いやー、バグキャラに勝てる自信自分にはないっす
・それはそう
・簡単なわけないだろいい加減にしろ
だいたいの事象において自分基準なのだ。19で特級探索者になった彼女だ。高校時代からダンジョンのことしか頭になかっただろう。確か初回の雑談配信でそのようなことを言っていた気がする。
その脳内は恐らく彼女基準でありダンジョン基準。それを常人に求める方が酷なのだ。
そして今後、付き合いたいと言った私も、彼女の相手は苦労する未来が見えるが、それでも、彼女の探索者としての経歴と、彼女が持つ数字というのは魅力的だ。
避けるという選択肢は端から私にはない。
『今日はちょっと疲れたから、いつもより短いけどここまで。
じゃーねー、次は多分雑談だからTweeterでお知らせするよー』
そういって彼女の配信は終わった。
私の方は、まだ終わらない。
私のことを理解してくれているであろうリスナーたちと今後の彼女との付き合い方について話そう。
できれば早いうちに彼女とコラボ配信をしたいのだが、彼女の異常性を目の当たりにしたリスナーたちとマネージャ他関係者が許してくれるかどうか。
それは私にも予想できない。
【ミラー配信】後輩の配信を見る【Re;Mind/虚空】
9.8万再生---配信済み
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