12.後輩の配信を見る配信②


『はい』



「いや、はいじゃないんだけど」


 何か、廿樂さんの背後から黒いものが噴き出して、ライオンのような形をしていたスライムに絡みついたと思ったら、スライムはその黒い物に飲み込まれて消滅した。

 現象としては、それだけだった。だが、それでは説明がつかない現象だった。


「なにをした…?」



『いやー、こいつって時間をかければかけるほどめんどくさくなるからさ。

 さっさとケリ付けたくて、あるスキルを使ったら終わっちゃた。

 このスキルも182階層で説明するよ』



 あれはスキルなのか、いやスキルと彼女が言うならスキルなのだろう。


 スキルというのは、ファンタジー的なものでダンジョンで活動している中で芽生えるものらしい。

 それは様々で、ファンタジーのような魔法から、生活に役立つような地味なものまであるとのことだ。


 だが、それでも妄想豊かなファンタジーオタクであれば想像が付くものばかりだ。

 そのはずなのだが…。


「なんなんだあのスキル…」


 形容するなら、闇そのもの。光すら飲み込むブラックホールのようなものだったが、それだけでは言い表せない気持ちの悪さを感じた。

 まるで、闇自体が意思を持った生き物のようにも見えた。



『182階層はフェンリルの老個体。初配信で遭遇したような若い一匹狼じゃなくて、一番強いリーダー。

 フェンリルってのは生体が特殊で、不老不死に近くて、歳を重ねれば重ねるほど強くなっていく。その中で、どんどん魔力耐性が上がっていって、最終的には魔法が一切効かなくなるんだよね』



チャット

・なんやそれw

・ウィザード殺しやんけ

・それなんてマホカ〇タw

・ほえー

・バケモンやんけ



 もうこの人が何を言っているのか理解するのを頭が拒否しはじめた。

 

「なんというか…すべてが異次元の世界すぎる」


 異次元、しっくりくる言葉がこれだ。

 今まで見てきたダンジョン配信と格が違いすぎる。比べるのすら烏滸がましいとすら言える。



『それと、さっきのスキルだけど、私もあれの全容を把握してるわけじゃないんだよね。

 特級だけが持ってる契約スキルってやつなんだけど、いや逆か。これを持ってるから特級って言えるのかな。

 まあ世界中の中でもかなり異端な存在と契約してるんだけど…その話はいいか』



「いや待って気になる気になる」


 契約スキルis何、それよりも異端な存在と契約してるって本当に何?

 いや、理解しようとするからダメなんだ。そう、廿樂さんの言葉を反芻せずにすべて受け入れるんだ。


 すー…はー…。受け入れられるわけないだろ、情報量の暴力かよ。



『じゃあ182階層はこのスキル主体で。

 と言ってもこいつ使ったら本当にすぐ終わってしまうから見所が完全に消えるんだよなぁs…まあいっか。

 それじゃあレッツゴー』



 こっちが脳内で情報をなんとかまとめようとしている間に、配信では182階層にあるデカい扉に手をかけているところだった。

 その扉が開くと、現れたのは草原に佇む一匹の銀白の狼。その身体は美しく、獣型モンスターでありながらも見惚れてしまうほどであった。

 だが、明らかな敵意。画面を通しても伝わるそれは鳥肌が立つほどだった。



『【契約:混沌】【捧ゲ奉レ】』



 そう彼女が呟いた瞬間、先ほども見たような闇が溢れた。

 フェンリルは、それを見た途端に警戒を強め離れていくが、闇は広大な草原を緑から黒へと塗り替えていく。


 遂には、逃げていくフェンリルに追いつき、闇は意思を持ったように絡みついていく。



『やっぱ逃げるかぁ…。

 ああ、魔法無効のこいつに効いてるからわかるとは思うがこいつは魔法系のスキルじゃない。

 もっと単純な…冒涜的なスキルだよ。コメント読み上げ機能は今日は思考の邪魔になるから使ってないけど、なんとなく正体がわかる人もいるんじゃないかな。

 村正さんも”わかりやすい”って言ってたしね』



 その闇は触手のようにフェンリルに絡みつき、まるで食事をするかのように食らいついていく。

 口のようなものや目のようなものも見える…ような気がする。


 これは、まさかとは思うか”あれ”ではないだろうか。



『分からない人向けヒント。

 あんまり使いたくない、これの派生スキルの中に【化身憑依】ってのがあるんだけど、それを使うと今出てるみたいな触手がしっかり実体を持って現れて操れるようになるんだよね。

 その触手は自分だろうがなんだろうが触れたものを全て消滅させる。

 それで使う時間が長くなるほど、自分が貝のようなものになってく感覚が出てくるんだよね。”それ”になっちゃえば二度と人間に戻れないような直感もある。

 ここまで言えば、知ってる人なら分かるんじゃないかな?

 私は知らなかったから契約してからいろいろ調べたんだけどね。』



 分かった。分かってしまった。

 その存在は架空のものだ、そうであるはず。それがなぜ彼女と契約なんぞしているのかは不明だが、こればかりは本当に考えるだけ無駄だろう。


 その名を敢えて口にする者のいない魔王、万物の創造主、宇宙の原初。


「創作上の存在じゃなかったっけ、それ」



チャット

・自分、狂信者RPいいすか?

・SANチェックのお時間です

・なんかこの黒いの見てたらお目々グルグルになってきたゾ

・我らが神ィ!

・え、分からないんだけど何?

・眠りから覚めたら宇宙は消滅するんじゃ?

・起きてないだけかもしれん



 思考がまとまり、クリアになってきたその時には、もう既にフェンリルは闇に飲み込まれ、残っているのは綺麗な緑の草原だけだった。



『じゃあ、この調子でさくさく進んでいこっか』



 この配信を見た後じゃ、大抵のことでは驚かなくなるのではないだろうか。

 そんな思いと共に、私は画面の中の彼女の一挙手一投足に注目するのだった。


 配信開始からまだ30分も経っていない。

 

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