6.無明・コラボ配信③


 配信開始から2時間ほどが経過した。

 私の配信側のチャット欄は、いつも通り阿鼻叫喚…というわけでもなく、どこから来たのか知らないがダンジョン配信者クラスタと思われる人たちが、私の指導方法や解説を聞いて議論を繰り広げてたりする。

 他の視聴者もあまりコメントを打たないし、無明とのコラボだからか向こうの配信にも人が流れて過去の配信よりは人が少ない…とは言っても平日昼間なのに5万人ほどが見ているのだが。


 さて、彼ら無明への指導に関してだが、私基準で考えるならウォーミングアップ、彼ら基準で考えるなら超ハードな実戦形式トレーニングと言ったところか。

 修正点を常に口に出し、使っていないスキルの可能性を見出し、基礎をとにかく嫌というほどやらせた。常に大量のモンスターと対峙させながら、だ。

 命の危険があるほどというわけではないが、ここまで延々とモンスターと連続と戦う経験などほぼ無かっただろう。

 だが、生温い指導では彼らの望みを叶えることはできない。

 正直な話、特級探索者になるためには強くなるだけでは駄目なのだが。それでも一定の強さがいるのは確かではある。

 そんな短期間で強くなる方法など存在しない。アニメの主人公のようにピンチで唐突に謎の力が覚醒するようなことなどありえはしないのだ。

 地道に、本当に地道に力を付けていくしかない。死んでは元も子もないと安全マージンを馬鹿みたいに取って惰性でダンジョンに潜るだけでは特級どころか一級にもなれない。

 どこかで冒険をするしかないのだ。


 彼ら無明が特級探索者になりたいというのなら、今日一日の私の訓練を最低でも…3年、長く見積もっても5年は欲しくなる。

 私のように命を天秤に乗せるどころか投げ捨てるような勢いでダンジョン探索をすればまた別だが。

 彼らにその話をするのは酷なので、これから先も少しばかりは面倒を見ようかと考えている。

 


 現在の話だが、基礎と彼らの課題が見えたのでここから先はお手本を見せようかと思う。


「さて、息も整ったかな」


「整ったかな、じゃないっすよ。守の顔見てみてくださいよ、俺たちですら見たことない顔してますって」


 そういって新開君が指を指した方には、疲れを通り越した顔をしている不破君が。

 彼はタンク役として一番モンスターと対峙する。普通に探索していれば1日かけても会わないようなモンスターの量とたった2時間で仲間に顔を向けないようにと守り切ったのだからそれも仕方ないだろう。

 だが、強くなるうえではそうも言ってはいれないのが現状だ。


「あー、やりすぎたとは思ってる。ただ守はチームで一番体力があるし、それを必要にされる役回りだからね」


「……ふぅ~大丈夫です。…自分の課題は分かってますから」


 そう言った不破君の顔は良くはないが、最初のころとは違って何かを考えているようないい顔だった。


 強くなりたい、だが正確なビジョンが見えない彼らにとって、ただただ課題を与えるのも悪くはない。

 だが、もし、理想像を見られるなら、それが最善手だと私は思っているし、過去にもそうやって自分のスタイルを見直してきた。

 なら、私がやってあげられることは1つなのかもしれない。


「うん、じゃあ、少しばかり予定を変更…というよりかは、ここからは訓練ではなく君たちに1つの理想を見せよう」


「変更…それに理想、ですか?」


 先に済ませておいた打ち合わせでは、配信のことは全く考えず、私がスキルでモンスターを搔き集め、それを倒しながら私が口を出し、課題を与えていく。

 地道に強くなるしか方法はないと、リーダーである本郷さんも分かっていたのか、その時はそれを二つ返事で了承した。

 だが、ここにきてのそれの変更。そして私の口から出た理想という言葉。疑問に思うのも無理はないか。


「ああ、理想。まぁある種の、だ。

 別にこれが絶対的な正解というわけじゃない。ただ君たちの道を示せれば、というだけだ。

 遮二無二に課題を熟すだけではいけないと、指導していく中で私も思ったわけだ」


「はぁ…」


「何を言っているのか、という顔をしているな。

 なに、別に難しいことじゃない。私の視聴者もそれを望んでいる声が時たま聞こえるからな。

 ここからは私も戦闘に参加しよう」


「え…」


「ああ、だが普通に参加するわけではない。

 君たちの役割とそれぞれ交代で、といった感じだ。」


「ああ、成程。それが理想像、というわけですか」


 本郷さんは私が言ったことについて、納得がいいったような顔をした。


「私も探索者をやってきた中で悩み、形を模索した。そしてその度に強き人たちに教えを乞った。

 まぁ、なんだ。私も大して君たちとは変わらなかった、ということだ。

 そして今度は教える側に立った。なら今迄に受けてきた恩を今度は君たちに返そう」


 少しばかり語り口調になってしまった。それを無明の4人は真剣な顔で聞いている。

 私のようになってほしくはないが、思いのほか教えるというのは楽しいと思った。強く、なってほしい。


「本職トップには及ばないかもしれないが、これでも特級探索者なんでね。一通りはできる。

 まずは…タンクから、1つあたり2,30分にしようか。

 そして君たちも一緒に戦って、強さというのを、楽になるという形で実感してもらいたい」


「なんだか…私たちは贅沢ですね」


 贅沢…贅沢か。

 そう思えば、私は縁に恵まれすぎたのかもしれない。贅沢者だ。

 その贅沢という恩を、今度は彼らに返す番だろう。

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