第7話★女賢者が疑うことを知らないって何ですか!?

「じ、時間がないんですが…」


慌てる僕の言葉に、カシコさんは言います。


「大丈夫です。まだ20分ありますから。ちょっと注意書きをもう一度読みましょう」


カシコさんの提案に、僕は従います。


「賢者検定 受験者のみなさま。

お集まりいただき、本当にありがとうございます。

賢者検定の開始時刻は13時10分です。


検定会場は、 教 会 の チ カ です。


遅刻したら失格です。気をつけてください。

それでは、また検定会場でお会いしましょう。

賢者ギルド」


僕はそれを見ながら、カシコさんに確認します。


「これが何か…? 普通に、教会の地下ですよね?」


「でも…。もしそうなら、なんでわざわざ、カタカナで書いたんでしょう…」


「たまたま、では…?」


「賢者の方々が、『たまたま』不自然なことをするんでしょうか…」


「うっ…。じゃ、じゃあ、見落としたとか…?」


「それこそ不自然です。賢者の方々が、見落とすなんて…。なおさらありえません…」


「う、うーん…」


そう言われてみれば、確かにそうかもしれません。


「それにホラ、さっきの、おまんじゅうのヒントもありましたよね」


「は、はい…」


僕は先程の紙を取り出しました。

そこにはこう書いてあります。


『時間厳守』

『この街の天気は変わりやすい』


「時間厳守だから、なおさら13時10分の試験開始時刻には間に合わなければいけないんでは…?」


「それはそうなんですけど…。なんか見落としてる気が…。それに天気とかも…」


カシコさんはひたすら考え続けます。


「そうですね…。天気が変わりやすいから、早く移動しろってことじゃないですか?」


「うーん…。それってヒントというほどですか…?」


カシコさんはさらに不思議そうに考えています。

一つ一つ、意外に鋭いところを突いてきている気がします。


「い、いや、そもそも…おまんじゅうも、ヒントだと確定したわけではないですし…。あの屋台のおじさんが、漠然とした、誰にでも通じる注意を入れていただけではないですか…?」


「そう考えることもできるんですけど…。うーん…。なんか頭がまとまらない…!」


その瞬間でした。


「あらあら~ん? あなた、間に合ったんだぁ?」


音質だけで、イヤミな雰囲気が漂う声がしました。


声のする方向を見ると、赤い髪の毛をポニーテールに結んでいる女性がいました。

目が鋭く、にらみつけるような表情をしています。

口元がやや引きつっており、にやけたような微妙な笑みを浮かべていました。


さらに黒いタンクトップとショートパンツを履いており、そこからスラッと美しい脚が伸びていました。


カシコさんは大声で叫びます。


「あ、あなたは昨日の!?」


「は!?」


「昨日、一緒にお食事をした方です!」


あっ。

それってまさか…。


「カシコさんの荷物を、盗んだ…」


その瞬間、その女は僕の方に鋭い視線を送ってきます。


「ああン?」


思わずその雰囲気に気圧されてしまいます。


「あ、いえっ」


「荷物を盗んだ? アタシが? 証拠あんのかい?」


「うっ」


そう言われると、返答することができません。


カシコさんは、彼女にジュースを勧められて、飲んだら寝てしまって、そして起きたら、彼女もいなければ、荷物もなかった…。さらに顔に『アホ』とラクガキまでされていた。


いや99%盗まれてるやん。

この人以外にいるの? 犯人。


でも、確かに『明確な物証』というと、何もありません。


「えっとぉ…。あの、私の荷物が、なくなったんです」


カシコさんは穏やかに言います。


「そうらしいねぇ」


女はニヤニヤ笑って言います。

それを見て、カシコさんも笑います。


「そうなんです。ちょっとなくなっちゃって…。私はもちろん、あなたが盗んだなんて思ってません!」


「へ、へぇ…。そうかい…」


かばわれたことが予想外だったのか、女は少しだけ怯みます。


「ただ、不思議なんです。盗んでないのに『盗んだ』って言われたら、普通、『え、盗まれたの? そもそもなくなったの?』って聞くと思うんです。だって濡れ衣を着せられたわけですし。そうなったら、『犯人は誰か』以前に『本当に事件なのか、紛失ではないのか』などの話をするんじゃないでしょうか」


「うっ!?」


確かに。


「それに『証拠あんのかい』なんて言いませんよね…? それって盗まれたことが確定して、さぁ犯人探しだ! というところまでは認めちゃうわけですし…」


「ぐぐっ…!」


一つ一つが合っている気がします。


「ここから察するに…」


「う、ううっ…」


カシコさんは女にたいして、真実を射抜くような目を向けました。

そして、こう言い放ちました。


「あなたは気が弱くて、疑われたことを否定するのが苦手な人ですね!?」


「……はい!?」


「はぁ!?」


僕も女も、思わず聞き返す。


「いえ、気が弱いから、疑われたら反論するのが苦手で、さらに動転して…! だから『証拠』とか、ヘンなことを言っちゃったんですよね…! 本当は盗んでないのに…!」


そうかな!?

それはあまりに性善説に寄りすぎじゃないですかね!?


「だから心配しないでいいんですよ。あなたは盗んでません! というかそもそも盗まれてません! 魔法か何かで、どこかに行っちゃったんです!」


「あ、あぁ…。そ、そういうことでいいなら、それでいい…よ…」


赤髪の女は、毒気が抜かれたような顔をしていました。


「良かった…」


カシコさんはホッとしたような顔をしています。

このコは、たぶん根本的な鋭さと、人を疑うことを知らない、よく言えば純粋さ、悪く言えばアホさを合わせ持っているんだな、と思いました。


「くっ…! ちょ、調子狂うねぇ…! ほ、本当は…。ラクガキ顔のアンタが間抜けな顔してるのがもう一度見たかったんだけど…。落としちゃったみたいだねぇ…!」


「えっ…!? なんで私がラクガキをしてるって知ってるんですか!? 朝はいなかったのに…! それに『もう一度』って…!」


「あ、あぐっ!」


バカなのかな。この赤髪の人は、普通にバカなのかな。


「そ、それって…! 私がラクガキされたとき、見てたんですか!? 犯人を知ってるんですか!?」


こっちもアホだ。なぜこの状況でこの女が無罪だと信じられる。

その女は何とか話を合わせます。


「えっ!? あ、ま、まぁ、そうだね…。見て…たかも…」


いや、たとえそうだったとしても、止めろよ、と。

見逃してる時点でもう共犯じゃん、と。


「な、なんだか本当に…。調子が狂う女だねぇ…! んっ…?」


「えっ…?」


手に水滴が当たる感覚がありました。

ぽつん、ぽつん。


「…?」


上を見ると、ほんのすこしだけ雨が振り始めたようでした。


「こ、このままじゃ濡れちゃうね…! まぁ、アタシはとにかく一足先に試験会場に行くよ! ここでダラダラして失格になりな!」


そのまま彼女も、教会の地下階段に向かって走り出します。


「あっ! ちょっ…! 荷物取り返さなくていいんですか…!?」


僕の言葉に、カシコさんは不思議そうに言います。


「荷物…? なぜ…? 彼女が何かの関係を…?」


やばい。

本気だ。本気で理解していない。


そうこうしているうちに、大半の受験者たちが、すでに地下階段に向かっていました。

ただ、なぜかこの場に残っている人も一定数いました。


みんな…。

状況が理解できないんですね…。

僕はそれを見て、少しだけ安心しました。まだ自分は大丈夫。この人たちよりは上です。


ただ、僕たちもゆっくりはしていられません。

時刻を見ると、12時55分になっていました。


「い、急ぎましょう…! もう時間もないですよ…!」


13時10分が試験開始で、あと15分です。

モタモタしていられません。


「…!」


しかし、カシコさんは、何かを考えているようでした。


「12時55分…。集合時刻は13時…。試験開始は13時10分…」


それと同時に、彼女は眉間をトントンと人差し指でたたき始めました。


「カシコさん…?」


「しっ…! すみません。記憶を整理しています…!」


「…?」


「ごめんなさい。私いつもこうなんです。全部を整理したくなるんです…」


「でも、時間が…!」


「すみません! まだ納得できてないんです…!」


「…」


荷物を盗まれたことはあれだけ納得できない展開にさせつつ、賢者検定に関しては納得できてないのがおかしい。


僕はそう思いますが、彼女は気にせず言葉を紡ぎます。


「わ、私…。興味ないことはどうでもいいんですけど…。こういう誰かが出した謎解きみたいなのって、つい納得できるまで考えちゃうんです」


「な、謎解き…?」


「そうです。賢者検定だけに、謎なんじゃないですか…?」


「う、うーん…」


そうだろうか。

考え過ぎなんじゃないだろうか。


「じょ、情報をまとめます…!

・賢者検定の集合時刻は13時

・開始時刻は13時10分

・検定会場は、 教 会 の チ カ です。

・今は12時55分

・『時間は厳守』というヒント

・『この街の天気は変わりやすい』というヒント

・雨が少し降り出した……」


それを聞いて、僕は言いました。


「なるほど…。確かに突然に雨が降ってきたということは、『天気が変わりやすい』というのは合ってたんですね」


「…そう…。そして、それが、ヒントになっている…」


彼女はぶつぶつと繰り返しています。

僕は沈黙に耐えられず、言いました。


「でもほんと、ラクガキを水で落としておいて良かったですね。今もラクガキが残ってたら、あの人、さらにバカにしてきたでしょうし…」


「!?」


その瞬間に、彼女の目が明るく輝きました。


「それです!」


「えっ…?」


「謎はぜぇんぶ、解けましたぁぁ!」


少しずつ強まる雨の中、彼女の目は太陽のように光っていました。


(つづく)





小さな話ですが、今回で20000文字を超えました!

カクヨムさんの「賢いヒロイン」コンテストの応募資格を満たしました! やりましたー!

改めましていつも読んでくださるみなさま、本当にありがとうございます~!

遅筆ですが読んでくださることに感謝いたしますー!

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