第3話★女賢者が全部盗まれたって何ですか!?
「と、とりあえず、これどうぞ」
僕はそう言いながら、美少女にハンカチを渡します。
すると彼女は、僕の目を見て不思議そうな顔をしました。
「え、このハンカチ、くれるんですか? なぜ?」
いや、ちょっと待ってください。
「いや、あげるんじゃなくて。このハンカチで顔を拭いたらどうですか、って意味です。そのアホ…もとい、ラクガキを消すために」
「あ、あーーっ! そっち! そっちの!」
むしろ、そっち以外の意図が知りたい。
いやホントに、突然に使い古したハンカチをプレゼントする男だと思ったんだろうか。ナンパ男なのか変質者なのか。
とにかく彼女はハンカチを受け取ると、顔をゴシゴシと拭きました。
「あぁ良かった! 取れた!」
取れてませんでした。
ただラクガキの黒いインクが、顔中に広がっただけでした。やはりカラ拭きでは限度があるのでしょうか。よりひどいことになっています。
「い、いや、すみません。あちらの水場でしっかり落とした方が…。この手鏡、貸しますから」
「そ、そうですか!? すみません!」
そして彼女は水場に走ります。そしてバシャバシャと洗うと、戻ってきて、嬉しそうに言いました。
「落ちましたか?」
見ると、ラクガキは落ちて、スッキリ綺麗になっていました。
いや…。
綺麗すぎました。
ラクガキがあった時点で美少女でしたけど、ないと、さらに美しかったです。当然です。
そもそも肌が真っ白で、目がくりくりっと大きくて、鼻は小さくかわいく整ってる。
顔のラインはシャープで、小顔で、それでいて、ほっぺたはぷくぷくと柔らかそうです。
触ってみたい。
そんな気持ちになりました。
いえ、平凡な常識人なので、そんなことはしませんけども。
「本当に! 本当にありがとうございます!」
「い、い、いえいえ、そんな…」
「で、私…」
あ、またこのパターンだ。
「賢者になりたいんです!」
今回は先に言うのが間に合いませんでした。
まぁ、今回は顔にラクガキがないので、それなりにセリフとしては成立していました。
「け、賢者になりたいんですね」
こんなときは、とりあえず同意と共感です。
「はい! 賢者に…」
そこで僕は言いました。
「いや、僕もです」
「えっ!?」
そうです。
僕も賢者になりたくて、この街に来ました。
彼女はさらに目をキラキラさせて言いました。
「すごい偶然ですね!」
いや、そうでしょうか。
僕は彼女に告げます。
「偶然…ではないかと…。そもそも今、この街は、『賢者志望』であふれてると思いますよ」
そうです。
実はこの街は『賢者検定』が行われる街だからです。
あ、ここで、賢者について説明しておきましょう。
そもそもこの世界が、他の異世界と違う点。
それこそが、
『賢者こそが至高の職業』
というところです。
賢者になれば、それだけで普通の人よりずっと多くの収入が得られますし、社会的にも高い地位に就くことができます。また周囲から多大な尊敬も受けます。
誰もが憧れる職業です。
そして賢者は、基本的に『資格制』です。免許のようなものです。
賢者ギルドが定める『賢者検定』で、『合格』しないと、賢者になることはできないのです。
中国の『科挙』みたいなものです。
たとえがマニアックすぎますか。すみません。
その賢者検定が、年に一度だけこの街、『スマーテスト』で開かれるため、多くの賢者志望の人間が、この時期にここに集うわけです。
逆にいえば、この街にいるのは、基本的に、賢者志望か街の人だけです。
「おお、お兄ちゃんとお姉ちゃん! これ食ってくか!?」
通りの向こうの屋台から、威勢のいい声がします。
50代くらいの、体格のいいおじさんでした。
声はしゃがれており、何度となく同じセリフを繰り返してきたんだな、と思われます。
「これ! 賢者まんじゅう! これ食えば、賢者検定、合格間違いなしだぜ!」
このように、この街は、まさに賢者検定で栄えています。
賢者志望の人たちに、『賢者』の名の付いた、ありとあらゆるグッズを売っています。
賢者まんじゅうの他に、賢者パン、賢者サンドイッチ、賢者タマゴ…。
名称から一切の賢さを感じさせない気がするんですが、とりあえず商魂のたくましさだけは感じます。
僕自身が昨日泊まったホテルも「賢者ホテル」でした。
いえ、もちろんホテルはたくさんあるので、他にも「元祖・賢者ホテル」とか「本家・賢者ホテル」とか「新・賢者ホテル」とかもあります。賢者ってつけなきゃいけない呪いでも掛かってるんでしょうか。
「あ、ああっ! 確かに賢者検定の街ですからね…! どうして私、こういうこと忘れちゃうんだろう…!」
本当に聞きたい。どうして忘れちゃうのか。
そして、にもかかわらず、どうして賢者になりたいのか。
「そうだ! それで私、困ってるんです!」
「困ってる…? 何にですか…?」
「い、いえ、それで私も賢者検定を受けにきたんですけど…。方向オンチで…! 会場の場所が分からなくて…!」
方向オンチ。
色々と重い十字架を背負ってるコだな、と思いました。
「そ、それなら大丈夫ですよ…。僕も今からその会場に行くところですから、一緒に行きましょう」
「ええっ!? いいんですか!?」
美少女の顔が、ぱあっ! と明るくなりました。
どんな顔のコでも、笑うと魅力が倍くらいになりますよね。それが美人ならなおさらです。
僕は女の子にここまで喜んでもらった経験がほぼなかったので、とても嬉しくなりました。
ただ、気になる疑問を放置はできませんでした。
「で、でも…どうして顔にラクガキをされてたんですか…?」
「あ、うーん…。思い当たることも、特にないんですよねぇ…」
「は、はぁ」
「私、昨日この街に来たんですけど…。レストランで夕食をとっていたら、ノリのいい女の子が声をかけてきて…。そのコも賢者志望みたいで、すごく意気投合したんです」
「へぇ」
「そしたら、その女の子が、すごく甘いけど少し不思議な味のするジュースを勧めてきて…」
「ん?」
「それで、試しに飲んだら、なんかちょっと眠くなって、寝ちゃったんです」
「……」
「そして起きたらもう朝で…。その女の子はいなくて、さらに持っていた荷物が、全部なくなってたんです」
いやいやいや!
盗まれてないそれ!?
そのジュースって、薬か何か入ってたんじゃない!?
「それで今こうしてラクガキもあって…。不思議だわ…。誰が書いたのかしら…」
うん。
高確率でその女だね。
ていうか、盗むだけじゃなくて、そこまでの余裕があるとは…。
よっぽど熟睡していたんでしょうか。
「それで、起きたら時間もギリギリで、試験会場に間に合わないって思って…! さらに方向オンチだし…!」
「う、うん…」
「あぁでも良かったです! こんなに親切な人に会えて、会場に連れていってもらえるなんて! 私はなんてラッキーなのかしら!」
………。
このコは、疑うということを知らないんだろうか。
僕はそう思いながら、彼女の人生が心配になりました。
(つづく)
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