第4話★女賢者が落第するって何ですか!?
「えっと、これからよろしくお願いします、えっと…」
女賢者志望の美少女は、僕に向かって話しかけます。
「あの、えっと、なんて呼べばいいだろう…。なんかとりたてて特徴のない、少しボサッとした雰囲気の、20~30歳くらいのお兄さ…」
「あ、ボンです」
僕は自分から自己紹介しました。
自分から自己紹介って、軽く「頭が頭痛」みたいですけど、まぁとにかく、一刻も早く紹介しないと、どんどんネガティブなことを言われる気がしたので、とにかくスピード勝負、みたいなニュアンスで言いました。
「あぁ、ボンさんって言うんですね! よろしくお願いします!」
ちなみに、自分のここでのフルネームは、「ボンペイ・タイラー」です。
転生前の名前が「平 凡平(たいら・ぼんぺい)」だったので、なんかね、すごい、そのまんまです。
転生の際に、よくある神様みたいなのに会った記憶はないんですけど、もしいたとしたら、すごい適当ですよね。
適当なのか偶然なのか分かりませんけどね。
こっちの親に『自分の名前、なんでボンペイにしたの?』って聞いたら、『なんか雰囲気で』『顔見たらボンペイって名前がしっくり来た』とか言ってたんで、たぶん神様の意図か何かが働いたんだと思います。なぜそこを合わせたのだろうかと。
あと名字の平がタイラーとか、ちょっとだけバリエーション持ってるのも、軽くハラ立ちますけどね。少し変えといたからいいだろう、みたいな。
何にせよ、転生前も、転生後も、小さいころからよく「ボン」って呼ばれていたので、名乗るときは基本「ボン」です。『ボンペイ』って発音しづらいですからね。濁音の半濁音の組み合わせがね。『ボンベイ』または『ポンペイ』みたいに、濁音か半濁音で統一されてたら良かったんですけどね。どっちも都市名として名高いですしね。まぁ都市名の名前もイヤですけどね。
何にせよ『ボン』で通してます。
「私は、カシコって言います! カシコ・アナカシコです!」
カシコ・アナカシコ。
「は、はぁ、カシコさん…。韻を踏んでいて、ステキな名前ですね…」
「へへっ…そうですか…? カシコって名前は、母が言うには、『賢いコになってほしい』って言う願いで名付けたそうです!」
あぁ、それすごいプレッシャーかかるやつですよね。
僕も子供のとき、「美子(よしこ)」さんって友達がいましたけど、『すごい美しさを期待されるからやめてほしかった。心の美しさとかでカバーするのも限界がある』って言ってて、名前って本当に難しいなって思いました。
「プレッシャー、かかりません…?」
僕の質問に、彼女は不思議そうな顔で答えました。
「何でですか? 嬉しいですよ! どんどん賢くなるって運命が決まってるみたいで、楽しいです!」
あぁ、無敵なやつだ。
そこに賢さがあるのかは分からないんですけど、いや、もしかして一周してこういう無垢さが、真実の賢さなのかもしれません。
「あ! そういえば今、何時ですか!?」
彼女は思いだしたかのように聞いてきます。
「えっと…」
僕は懐中時計を取り出して見てみます。
時刻は、12時を少し回ったところでした。
「ごめんなさい。私も時計を持ってたんですけど、朝起きたら、全部なくなってしまっていて…。本当に、どこに行っちゃったのかしら…」
彼女はそう言いながら、少しだけ悲しそうな目をします。
「いや、それ、盗まれたんじゃないですか…?」
「やっぱり…そうなのかな…?」
「何にせよ今は、12時を少し過ぎたところですね…」
「えっ! 確か集合時刻は…」
僕はあらためて、賢者検定の詳細について記した紙を取り出します。
賢者検定の受験申込の手紙を出すと、この詳細の紙が届いたのです。
少し古ぼけて、赤茶色の紙です。
「…この紙もなくしてしまったんですか…?」
「はい…。やっぱり朝起きたら、なくなってて…」
悪質ですね。
その一緒に飲んでいた女子も賢者検定を受けるなら、少しでもライバルを減らそうとしていたのかもしれません。
「ただ、内容は一応、覚えているんです」
「えっ?」
「『賢者検定へのお申し込み、本当にありがとうございました。
詳細は以下となります。
集合場所…賢者の街スマーテスト 教会前の広場
集合日時…賢歴2023年 3月31日 13時
試験の詳細は、上記場所・上記時刻で発表されます』
ですよね…?」
すごい。
「い、一言一句、その通りです…」
「あと追伸として、こう書いてありました。
『追伸。時間があれば、スマーテストの街を、素直な気持ちで楽しんでください』」
「た、確かに…」
その紙には、実際そう書いてありました。
「良かった。私、文字とか見たものを記憶するのは得意なんです」
「す、すごいですね…。じゃあ今まで、どんな試験も余裕で合格できたのでは…?」
「い、いえ、でもすごい方向音痴で、試験会場にたどりつけないことが多くて…」
「は!?」
「それに、たとえば今回みたいに13時が集合時刻だと知ってても、じゃあそのために何時に準備して何時に出て、みたいなことを考えるのがすごい苦手で…。遅刻しちゃうことも何度もあって…」
なんか、現実世界に、そういう病態があったな、と思いました。
逆に自分自身は何かを記憶するのがそんなに得意ではないので、名前は忘れたのですけども。
「だから今まで、学校の試験もほとんど不合格で…。今まで通っていた学校も、落第しちゃったんです…」
か、悲しい。
でも、記憶力自体はすごいので、すごいのかすごくないのか分かりませんでした。
「で、でも…。賢者検定の詳細も、そんなに明確に記憶していたのなら、聞くまでもなかったのでは…?」
「いえ…。でも不安で…。文字が突然に変わることだってあるかもしれませんし…」
何を疑っているのか。
このコは頭がいいのかアホなのか分かりません。
すると彼女はさらに不安そうな表情になって、質問してきました。
「ち、ちなみに今日って賢歴2023年 3月31日であってますよね?」
「は、はい。あってます」
そこも疑うのか。
ちなみにこの「賢歴」は、この国で使われている暦です。
最初の賢者が生まれた年が0年とされています。
そして今年は賢歴2023年。3月31日は本日。すなわちまさに、今日この日です。
「良かった…。二日か三日、寝込んでた可能性もありえたもの…」
「さ、さすがにそれはないんじゃないでしょうか…。もし本気でそんな日数寝込んでたら、飲まず食わずで体も弱って、ここまで元気じゃないと思いますし…」
「あ、そっか」
「まぁ、とにかく集合場所に向かいませんか?」
僕がそう誘います。
彼女がアホなのかそうではないのかよく分かりませんが、ただ一緒に行動すれば、一人よりは心強いような気がしてきました。
その瞬間です。
「何だよ、もう行っちゃうのかい? 賢者まんじゅう、食べていきなよ! 合格間違いナシだぜ!」
先程の屋台のおじさんが、再び声を掛けてきました。しつこいです。
「さぁ、気にせず、とにかく行きましょう」
「あっ、えっ…! あの…!」
カシコさんは、少しだけ体を震わせています。
「えっ!? 何ですか?」
どうしたのだろう。そう思った瞬間、彼女は言いました。
「あ、あの…!」
「は、はい!?」
「そこのおまんじゅう、食べていきませんか?」
なぜ。
僕は彼女と行動しはじめたことを、さっそく後悔しかけました。
(つづく)
読んでくださった方、本当にありがとうございます!
気に入られましたら★やハートなどいただければ幸いです。
重ねて本当にありがとうございました!
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