陽の章 第十一項 ~黒衣~


「だから、もっと時間を掛けたほうが良いって言ってるの!」


「時間を掛ければ、反対の者が意見を変えるだけの材料が増えるのか?」


「材料とかじゃなくて、気持ちの整理のために時間が必要なんだってば!」


「気持ちを整理したところで、反対が賛成に変わるわけではないだろうに」


「だーかーらー!」


「まぁまぁ、フィアーナ様……」


いつものように、平行線のまま白熱する二人の議論。

眉を困らせたリリィが仲介に入るのもいつものことだ。


「リリィ、貴女からも何か言ってやってよ。

 本当に人の気持ちってものが分からないんだから、こいつ」


いつものように口を尖らせ、呆れた調子でぼやくのは、

リリィの仕える主であり、畏れ多くも無二の友と呼ぶことを許された、

第一王女フィアーナ。

人の心を慮ることを忘れない誠実さは美徳であり、

リリィも忠誠を疑うことは決して無いのだが、

やや情に流されやすい性質であることは否めない。


「分かっていないのは君の方だろう。

 君が王族である以上、どれだけ己が意に反するものでも、

 最終的には誰もが君の命令に従わざるを得ない。

 ならば……」

 

「まぁまぁ、兄さんも……」


「リリィ、お前からも言い聞かせてやれ。

 彼女の物事の進め方は全く合理的ではない」


いつものように仏頂面で、平静な調子で語るのは、

リリィの血を分けた兄であり、今や唯一の肉親となってしまった、

騎士レナード。

文武の全てを理で語る一貫した在り方は模範であり、

リリィも敬愛を絶やすことは決して無いのだが、

機微に疎く軋轢を生みやすい性質であることは否めない。


「だーかーらー!

 理屈だけで人は動かないって何度言ったら分かるのよ!」


「感情だけで政を動かすなと何度も言っているのだが」


「まぁまぁ、二人とも……」


「……」


そんな三人の様子を、遠目から我関せずといった様子で見守るのは、

フィアーナの教育係を長く務め、

今はフィアーナの片腕として辣腕を振るう、騎士レイル=ガーニス。


彼の立場からすれば、

王女のレナードに対する粗野な態度は諫言すべきもので、

レナードの王女に対する不遜な態度は叱責すべきものだが、

言っても無駄だと知れているのならば、

黙って印の一つでも押していた方が有意義だ、と不干渉を決め込む。


結局、最後にはリリィの困り果てた様子を見て、

二人ともが折れて妥協し、お互いを納得させる折衷案を導き出す。

それがいつもの顛末であり、今回もきっとそうなる。

そもそも今回の議論の主題も、全く大した話ではないのだ。

あれは謂わば、あの三人の意思決定の手順のようなものであり、

外から誰かが口を挟む必要はない。


ただ、毎度毎度、

それこそ今にも泣き出しそうなまでに狼狽する羽目になるリリィには、

些か不憫に感じる部分が無いわけではない。

どれ今回は程々のところでリリィを出しに二人を諌めてやろうか、

そうすれば結論が導き出されるのも少しは早まろう、などと、

そんなことを薄ぼんやりと思索しながら、

レイルは手元の書類をてきぱきと片付けるのだった。




陽の章 第十一項 ~黒衣~




「良いお天気ですね……」


「なのだ~……」


イグリオール王城の中庭の芝生の上に、二人の少女が寝転がっている。

一人は、いずれこの城の主となる白の王女、フィアシス。

一人は、何故か既にこの王城に居ついて三日目になる緑の王女、ニニル。

二人は昼間から何もせず昼寝、という怠惰な生活を送っている。


「白の国は風が気持ち良いのだ~……」


「ええ、風の国ですからね……」


ニニルが興味を引きそうなものは、

彼女の来訪の初日に凡そ見て回ってしまった。

フィアシスの侍従達や、訪れた各所の責任者には、

酷く心労をかけてしまい気の毒だったが、

今はこうして、城内の者達も遠巻きに見守るのみで、

場内はすっかり落ち着きを取り戻している。


「緑の国は景色が綺麗ですよね……」


「王城からの景色はまさに絶景なのだ~……」


緑の王女の襲来当日。

発見の報を受けたレフィアは速やかにファナンへ文を出し、

緑の国からの迎えが来るまで、

彼女の身柄を白の王城で匿うことを即断した。

厳重に護衛を付けて送還する、という手もあっただろう。

だが、先日のクレミアの一件が記憶に新しい今、

幾ら警戒しても、し過ぎるということは無い。


緑の国は、敵国である。

時代をほんの少し遡るだけで、

白と緑との戦で命を落とした兵の名は幾らでも挙げられる。


「フィアシスは、いつも本を読んでるのだ?」


「そうですね。大体いつも書庫にある本を読んでいます」


次代の女王フィアシスの傍にあっても、

安全が保証されるわけではない、

ということは、先の一件で知らしめられた。

故にレフィアは、害意ある者が城内に入り得ないよう、

平時よりも入城の規制を強めている。


「ニニルは本があんまり好きじゃないのだ……」


「楽しいですよ? 教養も身に付きますし」


現在の入城の規制強化については、

クレミアの件で強い自責を抱いていたフィアシスにも伝えられた。

と同時に、ファナンはフィアシスに対して、

いざとなればニニルを守るように、とも言い含めており、

これはフィアシスにとって、ある意味で挽回の機会でもあった。


「う~ん、文字ばかりの本は退屈なのだ……」


「そうですね。

 読書好きでない人には、少し退屈かも知れないです」


レフィアからフィアシスへの言葉は、

傍にいたニニルも聞いていたというのに、

クレミアの件についても改めて説明されたというのに、

彼女はまるで安心し切った様子である。

きっと、つい先日までの自分もまたこんな風だったのだろう、と、

腕を組み眉間に皺を寄せるニニルを見ながら、フィアシスは苦笑する。


王城は今もなお静粛に厳戒態勢であり、

フィアシス達がいるのは王城の中心に近い中庭。

中庭への出入り口となる箇所には、全て見張りが立っている。

だから、


「そうそう。

 だから本を読む時は、寝心地の良いソファに寝転んで読むのを、

 俺はおすすめするねぇ」


自分達の傍に近付く者など、いるはずがなかったのだ。


「っ!?」


知らない声。

すぐ横に寝転ぶニニルとは全く別の方向、

フィアシスの頭の上方から訪れた声は、

確実に男性のそれと分かる声色だった。


フィアシスは草食獣もかくやという動きで跳ね起き、

声の方向へ体を向ける。

多少気が緩んでいたとはいえ、全く警戒していなかった訳ではない。

それでも、気配と呼べるようなものはまるで感じなかった。


心臓が早鐘のように五月蝿く鳴り響く。

自然と呼吸が浅く早くなり、知らず眼を大きく見開いていた。


首を動かさず横目にニニルの姿を確認する。

狂人族ゆえの本能だろうか、

ニニルはフィアシスよりも早く立ち上がっていたようで、

困惑の表情を浮かべながらも、既に警戒姿勢を取っている。


「……」


立ち上がったフィアシスとニニルの眼前に、

確かに声の主と思しき人影があった。

幻聴を聞いたわけでもなく、

知った誰かの声を聞き間違えたわけでもない。


その風体を一言で表すならば、黒。

頭の先から足元までを覆う黒布の外套。

外套から覗く足先もまた黒革。

顔も大部分が外套で隠されており、およそ伺い知れない。

辛うじてその隙間から覗く瞳の色は、白か黒か。

見えている筈なのに、霞がかかったように判別できない。


「どちら様でしょうか……?」


周囲の風が一気に殺気立つのを感じる。

城内で二人を見守っていた者達が異変に気付き、動き始めたのだろう。

それを意識して初めて、

フィアシスは今が考え得る最悪の状況ではないことを知る。

少なくとも、今ここに立つ侵入者は、

見張りや護衛の者達を全員無力化して辿り着いたわけではないようだ。

その可能性すら有り得たのか、ということに気付いたフィアシスは、

背筋が凍るような恐怖を必死に押さえ込み、

極めて冷徹な声を出すように努め、謎の侵入者にその素性を問う。

しかし、なけなしの勇気を振り絞った筈の声は、存外にか細く震え、

怯えを隠そうとしています、と言葉にしているような有様だった。


「……」


そんなフィアシスの儚い問いへの答えは、沈黙。

陽光の中に立体として浮かび上がった影のように、

まるで先程の言葉を放ったのが自分ではないというかのように、

黒衣の人影は物言わず身動ぎもしない。


「どこから入られたのですか?」


「……」


フィアシスは更に問いを重ねる。

二言目は、先程よりも少しだけ強く発する事ができた。

それでも声色には恐怖が強く滲んでしまう。


「私の問いに答えて下さい。

 貴方は誰で、どこから入ったのですか?」


「……」


唇が震える。指先が頼りなく揺れる。目眩すらも覚える。

それでも、今度はもっと強く言い放った。

退くわけにはいかない。

相手が誰であろうと、今は絶対に退いてはならない。

今まさに読み進める『フィアーナ戦記』の影響もあっただろうか。

ただ、それよりもフィアシスの脳裏を過るのは、

あの日、自分の目の前で、血を流し蹲ったクレミアの姿だ。


「もう一度問います。貴方は……」


あんな姿は、あんな想いは、二度と。


「……しい」


「え?」


決死の覚悟を振り絞り、

知識でしか知らない戦いの姿勢をフィアシスが取ろうとした矢先、

ようやく、目の前の黒い人影が、再び言葉を発した。

ただ、その声は呟きのような声量で、

フィアシスの耳には、語尾が辛うじて届く程度でしかない。

半ば反射的にフィアシスはその言葉を聞き質そうとするが、


「いやぁ、芝生に寝そべって寛いだ微笑みも美しいが、

 そうやって毅然とした表情も、更に美しさが際立って良い」


今の今までの沈黙は、一体何だったのか。

次に黒衣の人影が発したのは、最初に不意打ちで浴びせられたのと同じ、

軽薄という言葉を音にしたような男声だった。


「あ、あの……」


「いやぁ失礼。

 少しばかり貴女様の美しさに見惚れていたもので。

 フェナス、と申します。

 以後お見知り置きを、フィアシス様。

 それと、ニニル様」


あまりの態度の急変ぶりに狼狽するフィアシスに対し、

黒衣の人物はさらに浮薄な言葉を並べ立て、

それでも外套で顔は隠したまま、腰を折り、恭しく頭を垂れる。

全身が覆い隠されていても、その一連の所作が洗練された、

身に染み付いたものであることだけは分かった。


「は、はぁ……」


毒気を抜かれた、というわけではないが、

怪しさを胡散臭さで上塗りしていくような男の態度に、

フィアシスの中では、警戒したことそのものへの徒労感が勝っていく。

もし、それがこの男の狙いであるならば、

まんまと術中に嵌っているのかも知れないが、

少なくとも、フェナスと名乗った目の前の人物が、

直ちに攻撃的な意志を見せる気配は感じられなかった。


「おっと?」


外套を纏う肩を大袈裟に竦めながら、

フェナスが首を回し周囲を見渡す。

中庭の警護にあたっていた者達が四方から続々と集まり、

意思疎通の取れた動きでフェナスを取り囲みつつ、

フィアシス達とフェナスとの間に割り込んだ。

未知の相手に対峙するのが自分とニニルだけという状況を、

一先ずは切り抜けたと、フィアシスは心中で胸を撫で下ろす。


「まだ王女様とお話中なのに、無粋だねぇ。

 あぁそうそう、入ってきたのは門からですよ。

 上を飛び越えて入ったんですがね」


殺気を顕に自分を取り囲む者達をわざとらしく嘲笑い、

フェナスは正面に立つ兵の肩から顔を覗かせるように背伸びして、

フィアシスに向けて言葉を投げる。

確かにフィアシスは「貴方は誰か?」「どこから入ったのか?」と、

二つの問いを投げかけ、

それに対して、フェナスの回答はまだ己の名のみだった。

律儀と言えばそれまでだが、この男の態度から察せられるのは、

周りの者達の怒りを煽らんとする悪意ばかりだ。


「つまり、不法侵入という事ですね?」


後は周りの者達に任せても構わなかった。

だが、フィアシスは自分に向けられた言葉を捨て置かず、

真っ直ぐにフェナスを見据えて問う。

自分が会話を終わらせれば、きっと次の言葉を待たず、

彼女らはフェナスを取り押さえにかかるだろう。


それは、怖い。

不詳に過ぎるこの男の出で立ち、

全身を露骨なまでに黒一色で覆い、顔を隠した姿は、

否が応でもアルムを想起させる。

完全に包囲されてなお、意にも介さぬ態度もまた。

ならば、その実力は。


「あぁいや、城門をこじ開けても良かったんですがね。

 ちょいと疲れそうだし、もし後で直せと言われても面倒だし。

 だからまぁ、止めといた方が良いかなぁ、なんて思いつつ、

 つい、ピョーンと」


そんなフィアシスの詰問に対して、

フェナスはいかにも軽々しく答える。

イグリオール王城の城壁の高さは、低い場所でも、

大人の男を縦に十人は並べたような高さがある。

城門の上を飛び越えようと思ったならば、

よほど強力な白の紡月か、

それに代わる跳躍、ないし浮遊の手段が無ければ不可能だ。

ただ、フィアシスにとっては驚きに値しない。

やろうと思えば自分にも出来る芸当だ。

実行したこともある。無論レフィアに厳しく叱責された。


「それで、この王城に何の御用ですか?」


周囲の者達は動かない。

フィアシスがこの男との対話を続ける意志を見せた以上、

その意に沿うのが彼女らとしては正しい判断だ。

フィアシスは、所在なく揺れていた指を軽く握り直し問う。


「それはもちろん、貴女様に会う為に」


「……」


問に対する答えは、浮ついた媚びの言葉。

外套に隠され表情が見えずとも、

それが本心でないであろうことは誰にでも分かる。

露骨なまでの侮り、嘲りの態度。

これが、この男の他者に対する接し方なのだろう。

そう結論付けた時点で、

フィアシスは知らず、眉間に皺を寄せていた。


「やだなぁ、睨まないで下さいよ。

 いやまぁ確かに、他の目的はちゃんとありますけど、

 ついでにフィアシス様に会っておきたいな、

 と思ったのは本当ですよ」


「なら、他の目的というものを言って下さい」


自分が人を睨んでいる、ということを、

フィアシスは指摘されて初めて気付いたが、そこに驚きは無かった。

このフェナスという男に対し、

自身の内に巻き起こる感情を、フィアシスは自覚している。

嫌いだ、と。

軽蔑の対象だ、と。

生理的に受け付けない、と。


「実は、友達に会いに来たんですけどね。

 どうにもそれが見つからなくて、

 そしたら先にフィアシス様を見つけちゃったんで、

 じゃあ先にご挨拶を、と思った次第で」


自身の嫌悪感を認めてしまった以上、

もはや、フェナスの口調や言葉選びについては、

雑音程度の情報として無視できる。

幾ら過保護に育てられてきたフィアシスといえど、

話していて不快な相手など、今までにも幾らでもいたのだ。


「……友達、というのは?」


最も重要な言葉だけを選び取って、耳に入れれば良い。

フィアシスは自分の心が急激に冷え、沈着していくのを感じていた。

だから、


「あぁ、アルムちゃんって言って、

 真っ黒な鎧を着てるはずだから、

 すぐに見つかると思ってたんですけどね」


「……アルム様」


良く知った、自分が強い想いを寄せている相手の名さえ、

自分でも驚くほど静かな声で放つことが出来た。

少なくとも目の前の男が、今の声だけで、

フィアシスがアルムに寄せる感情を察することなど、

出来はしないだろう。


「ご存知で?」


「ええ、アルム様は私の親衛隊の隊長です」


「親衛隊! これほどまでに美しいフィアシス様の親衛隊っ! 

 あぁ、何て羨ましい……俺も入りたいなぁ……」


外套で包んだ身を捩るこの男は、アルムを友と語った。

フィアシスからすれば、俄には信じ難い言葉である。

王族を相手にしても不遜な態度を貫く、

という一点においては、確かに両者に共通と言えよう。

だが、あのアルムが。

この軽薄な男と。

親しくしている様は、あまりに想像し難いものだった。


「……」


とはいえ、全身を黒で覆った出で立ちを見れば、

寧ろ真っ先にアルムとの関連を疑うのが筋でもある。

ともすれば、この男からアルムの素性についての情報を、

引き出すことが出来るかもしれない。

フィアシスは気を改め、意識的に表情を強張らせる。


「あぁ、すいません。それでアルムちゃんはどこに?」


その固く結んだ口元を、眼差しを、不快感によるものと捉えたか、

姿勢を正したフェナスの声色は、些か落ち着いたものだった。

アルムの所在を知りたい、という意図が、

どうやらこの男の本心であるらしいことも伺える。


「アルム様は今、王都を離れています」


アルムは誰なのか。

アルムは何処から来たのか。

アルムと何処で知り合ったのか。

そう問いたい気持ちが滲み出そうになる。

ただ、少なくとも今はその時ではない。

努めて事務的に。

フィアシスは自らを律し、淡々と事実を答える。

自分でも驚くほど冷淡な声だった。


「出掛けてる?」


「ええ、行き先は聞いていません。ただ暫く留守にする、と」


「って事は……参ったね、すれ違いか」


虚空を見上げるようにして、フェナスは溜息混じりの呟きを漏らす。

その声色は、フィアシスと対話する声よりもよっぽど誠実に感じられた。


「んじゃ、帰ってくるまで、

 ここで待ってて良いですかね?」


「……」


個人的な感情で言うならば、

これ以上この男と言葉を交わすのは嫌だった。

だが、城壁を飛び越えたと自供し、アルムの友を自称する者は、

フィアシスにとっても、白の国にとっても、

到底捨て置けるものではない。


「女王にご判断いただきます。

 判断が下るまでは、我々の監視下に身柄を置かせていただきますが、

 依存はありませんか?」


今まで二人のやり取りを妨げず、

頃合いを見計らっていた護衛のうち一名が、

フィアシスの一存で回答できぬ問いを好機と見て割り込んだ。

かつてフィアシス=イグリオール親衛隊隊長を務めたザマロだ。

アルムが隊長となって以後も、親衛隊の隊員として、

日々フィアシスの護衛の任を全うしており、

アルムが不在のこの場に於いては、護衛達の指揮を執る立場にある。


「ん~、まぁそれでも良いっちゃ良いんだけど……

 折角だから、一緒に女王様に会いに行っちゃ駄目かな?」


「なりません」


「そ。じゃあまぁ、それで良いや」


問答の間にも、更に十数名の兵らが駆けつけ、

フェナスの包囲と、王女達の防備を固めている。

身分不詳の不法侵入者に対して、

兵の取るべき行動は、通常であれば身柄の確保・勾留である。

もしもフェナスが抵抗の意志を示したならば、

彼女らは躊躇わず、武器を構えて取り押さえにかかるだろう。

それを見越してなのか、初めから通らない要求のつもりだったのか、

フェナスはあっさりと引き下がり、兵らに従う姿勢を見せた。

フィアシスからすれば意外ではあったが、

思えばアルムも、態度こそ横柄極まるものの、

規則や命令に逆らうような真似をするわけではなかった。

そう考えれば、この男がアルムの友、ないし関係者というのも、


「じゃあせめて、このままここで、

 フィアシス様とお喋りさせて欲しいなぁ。

 それで良いですよね、フィアシス様?」


「……」


いや、やはり疑わしい。

自分の中で納得し始めていた共通点だったが、

この男の図々しさと、何より不快感は、

到底アルムとは似ても似つかないものだ、と、

フィアシスは改めて心の中で頭を振る。


「私は、構いません」


フェナスの要求を跳ね除けてしまっても、問題はない。

だが、この男はフィアシスとニニルの傍に突如として現れ、

自らフィアシスに語り掛けてきた。

今も、フィアシスとの対話を続ける意志を見せている。

決して確証があるわけではないが、

この男は、自分が対話を拒んだ時点で、

姿を現した時と同じように、瞬く間に姿を消して去る。

故に今は自分が相対さなければならない。

そう、フィアシスは半ば確信に近い予想をしていた。


「ニニル様は……」


フェナスの要求がフィアシスとの対話であるならば、

ニニルはその限りではないはず。

フィアシスは、極力巻き込まぬようにと差し置いてきたニニルに、

ようやく顔を向ける。


「ニニルは、フィアシスの傍にいるのだ」


複数名の護衛にしっかりと守られながら、

未だ警戒の姿勢を保つニニルが応える声色は、

フィアシスに向ける表情は、いつになく硬い。

全くフィアシスの責ではないにせよ、

ニニルにそんな表情を浮かべさせているという事は、

フィアシスには酷く申し訳無さを感じさせるものだった。


「承知しました。ではお二人はこちらに。

 急ぎ私が女王に報告し、判断を仰ぎます」


他の者達に目配せをしてから、ザマロが走り去る。

フィアシスはその背を見送った後、改めてフェナスに向き直った。


事の次第を、口を挟むでもなく見守っていた不審者は、

未だ伺い知れぬその口元に、胡散らしい笑みを浮かべている。

フィアシスには、そう感じられてならなかった。

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