陽の章 第二項 ~女王~


あぁ、私のハーネスト。

私は何故、貴方を愛してしまったのでしょう。

下賎の者達から、私を守ってくれた貴方。

名だけを告げ、逃げるように去ってしまった貴方。

街に出る度、足が棒になるまで貴方を探しました。

それでも二度と、貴方に逢う事は無かった。

それがまさか、こんな形で出会うなんて……

あぁ、シルヴィエ様に背く、背教者ハーネスト……

私は何故、貴方を……



陽の章 第二項 ~女王~



イグリオール王城、謁見の間。

五段の階段の上の玉座には、中央に女王レフィアが、

右には王女フィアシスが徹夜明けの眠気も見せず、

にこやかな表情を浮かべ座っている。

男王が座するべき左の玉座は空席。

レフィアの夫であるウェイは既に亡く、

他にその席に座るべき者は、今は居ない。


「おい、貴様。今から女王が貴様に勅命を下さるのだぞ。

 その恰好は失礼だとは思わんのか!?」


女王の斜め後ろでは、二人の王とは対照的に、

この国の政策面で女王の補佐を務める大臣が肩を怒らせる。


「失礼、とは?」


己が身に向けて、殴り付けるように放たれた言葉を、

さして深く受け止めた風でもなく、アルムは首を大臣へ向ける。

問い返す声にも、緊張や気後れといった気配は感じられない。


アルムは今、身体には漆黒の鎧を、頭には漆黒の兜を被り、

レフィアとフィアシスに身体を向けて直立している。


「兜を脱いで片膝をつけと言っているのだ! 

 何故そんな当たり前の礼儀すら理解できんのだ!」


どんなに卑しい身分の者でも、

女王と王女を前にすれば、膝をつき、頭を垂れる。

例え正しい作法を知らずとも、出来る限りの正装を纏うし、

自ら進んで女王の気を損ねるような真似は、絶対にしない。

しかし、アルムの今の態度は、

まるで立場の差など無いとでも言わんばかりの、不遜で尊大なものだった。


「大臣……耳元で大声を出さないで下さい」


「はっ。申し訳ありません」


しかし、総じて気性の穏やかに過ぎるイグリオールの女王は、

本来ならば、幾度極刑を与えられるかも分からぬような身分不詳の剣士に対し、

傲岸たる彼の者の態度を叱責するどころか、


「アルム。気にならさないで下さいね? 

 礼儀など、大して重要な事ではありません」


事もあろうに、レフィアは己の腹心たる部下の非礼を詫びた。

一国の女王から配下の兵への謝罪など、

そうある事でもなく、あって良いものでもない。


「では、本題に入りましょうか。

 剣士アルム。

 昨日も伝えましたが、貴方には今日から、

 ここにいる、フィアシス=イグリオールの親衛隊隊長として、

 この王城に仕えて頂きます。構いませんね?」


「ああ、異存無い」


事務的に引き締まった表情を作り出したレフィアの言葉に、

やはりアルムは、敬語など使いもせずに答える。


「貴様っ! 女王に何という口の利き方を!」


それは当然、女王の傍に仕える大臣にとって看過できる事象ではない。

大臣は再び声を荒らげ、アルムを怒鳴りつける。

その割れんばかりの声量に、レフィアとフィアシスは同時に耳を塞ぐ。


「大臣……お願いですから大声を出さないで下さい」


「はっ。いや、しかし……」


ややわざとらしく耳を塞ぐ姿勢を保ったまま、

レフィアは大臣に自重を求める。

それは、大臣からすれば理不尽極まりない叱責であり、

反射的に肯定した直後、大臣は言葉を返そうとするが、


「話を戻しますが」


レフィアは大臣の言葉を待たず、アルムへの勅命を続けた。


「その職務を全うするにあたり、

 今日はフィアシスと侍女二人に、この王城を案内させます。

 あっては困りますが、この王城に他国の兵が攻め込んで来た時、

 この王城の地理を知り尽くしていなくては、逃げる事は不可能です。

 この国の次の代を担うフィアシスを、有事の際に守る為……

 という建前もありますから、どうぞ気兼ね無く、王城を散策して下さい」


「……その必要は無い」


レフィアが与えた指示に、

少しばかり言葉を選んでいた様子のアルムだったが、

兜の奥の唇から小さく息を吐くと、

無造作な、呆れすら感じられる声でレフィアの指示を拒絶した。


「貴様っ!」


不遜な態度のみならず、

女王の勅命を不要とまで言い放ったアルム。

超えてはならぬ一線を超えた、と、

大臣はいよいよその首を刎ねるべく腰の宝剣に手を掛けるが、


「ガーニス卿っ!」


「っ……!」


その挙動は、レフィアの一喝によって静止させられた。


「ごめんなさい、アルム。

 しかし、何故王城の地理を把握する必要無いのですか? 

 日々の生活の中でも、知っておいて損は無い筈ですが」


レフィアも、ただアルムに楽をさせようと言ったわけではない。

遥かな昔からこの地に在り続けるイグリオール王城は、

王族を守る城として、複雑な造りになっている。

主要な施設こそ大廊下で繋がっているが、

枝のように伸びた通路と階段の複雑さは、

一朝一夕で全ての道を歩く事が出来ないとまで言われており、

過去に記された地図は残されているものの、

地図からは省かれた、迷路のように入り組んだ隠し通路なども存在し、

中には、王族のみが口伝で知る抜け道などもある。


「有事の際に、と言ったが、

 そんな時に道を選んだところで何の意味も無い。

 日々の生活の点では、都度誰かに尋ねれば済む話だ。

 無論、王城を散策しろと命令するのであれば、私はそれに従うが……」


イグリオール王城の歴史すらも否定するアルムの言葉は、

あくまでレフィアに対して反抗的・挑戦的なものだ。

立場を逆にすら感じさせるアルムの態度を受けて、

レフィアは右手を頬に当て、微かに困ったような様子を見せたが、

すぐにアルムに微笑みを向け直すと、唇を開いた。


「そうですか……分かりました。

 それでは、早速貴方には仕事をして頂きましょう。

 まあ仕事と言っても、フィアシスの遊び相手をする事と、

 フィアシスと一緒に城内を適当に巡回して頂くだけ、ですけどね」


「お母様っ!? 何を……」


今までの、ある程度事務的な口調とは打って変わって、

明らかに愉悦を感じさせる声。

アルムへ語られた「仕事」の内容に対して、

抗議の声を上げようとするフィアシスだが、


「それは命令なのか?」


アルムから言葉が発せられることで、それは続けられなかった。

輪をかけて怪訝な語調は、レフィアの言葉の内容にも態度にも、

まるで真剣味がないためだろう。


「ええ、命令です」


「……了解した」


レフィアが目を細め、きっぱりと言い切ると、

アルムは露骨なまでに機嫌の悪い声でそれを承諾した。

好感を覚える要素など見当たらないアルムの言動だが、

レフィアは何処か嬉しげに目を細める。


「という事で、フィアシス。

 早速アルムと一緒に、城内で遊んでいらっしゃい」


子供が友達と遊びに行くのを送り出すような、レフィアの口調。

先程の静止より沈黙を保っている大臣は、

レフィアの意図を測らんと思いを巡らせていたが、

ここに来て彼の混乱は頂点に達した。


今までレフィアは、フィアシスと自分以外の誰かを、

あまり積極的に近付けようとしていなかった。

まして「一緒に遊んで来い」などと言った事は、

少なくとも彼の記憶の中では、ただの一度も無い。


「あ、遊ぶって……お母様?

 私はもう十八になるんですよ?」


その混乱は、フィアシスにとってもまた同じことだった。

レフィアらしからぬ、とも思える発言に、

フィアシスは取り敢えず、

最も自分の気に召さなかった部分への指摘を始めてみたが、


「貴女の場合、精神年齢が五つは低いでしょう? 

 いつも非現実的な恋愛小説ばかり読んで……

 そんな時間があれば、もう少し王女としての勉強をしなさい。

 大体フィアシス、貴女は……」


フィアシスの抗議を待っていたと言わんばかりに、

レフィアからは日頃のフィアシスの態度に対する説教が溢れ出た。


その気弱な性格とは裏腹に、フィアシスには怠避癖があり、

王女として国学や政治学、宗教学、礼儀作法など、勉強の時間になると、

書庫や他の、取り敢えず人の訪れない場所へ身を隠す事が多い。

ある時には、件の隠し通路すら使用する事もあったほどだ。

無論、それはレフィアに厳しく咎められ、

今もなお、有事の際以外の隠し通路の使用は禁じられている。


「アルム様、行きましょうか?」


レフィアの話の長さは、フィアシスが一番良く知っている。

それこそ一度は、食事から食事の間、

フィアシスに抵抗する隙も与えずに説教と愚痴を続けた事もあった。

しかも、それだけの時間、様々な喩え話や教訓を交えつつ、

結局は同じ結論の話を延々と聞かされるのだ。

よくもまあ、そこまで次から次に言葉が湧いてくるものだと、

感心しないこともないではないが、やはり拷問に等しい時間。

このままではレフィアの言葉に囚われると確信したフィアシスは、

すぐさま玉座から立ち上がると、小走りで階段を駆け下り、

軽快な足取りでアルムの傍まで走り寄る。


「了解した」


目線の高さにあるフィアシスの頭に視線を向けると、

アルムは小さく頷く。

語調から感情の起伏こそ読み取れないものの、

この場に居合わせた全員が、アルムのフィアシスへの態度に、

レフィアへ向けるそれとの違いを感じ取っていた。


「ではお母様、行って来ます」


「はいはい。楽しんでいらっしゃい」


送り出すレフィアの言葉も待たず、フィアシスは早足で謁見の間を退出する。

説教から逃げる幼子のようでありながら、

しかし彼女の居姿から、王族としての気品は失われないままだ。

付け焼刃で身につけた作法では決して至るまい。

産まれてより現在に至るまでの、己を取り巻く全てが、

フィアシスの無意識、条件反射にまで品位を染み込ませている。

アルムは一礼もくれずレフィアに背を向けると、

歩幅の違うフィアシスに速さを合わせ、

斜め後ろに一歩下がった位置で、その背に続いた。




「レフィア様、どういうおつもりで?」


扉が閉まり、静寂が訪れるやいなや、

大臣はアルムの挙動を睥睨していた視線をレフィアに移し、

言葉にせずとも悟れと言わんばかりに怪訝な声を投げ掛ける。

無論、一昨日より続く、一連のレフィアの言動に対してだ。


「少々、長くなりますけれど……」


「構いません」


瞼を伏せ、頤を引き、諦めにも似た声を大臣は漏らす。

十の代に亘って白の王族に添い従うガーニス家の、

その嫡男であるこの男は、即位以前よりレフィアを知り、

彼女の教育係を務めた時期もある。

故に、レフィアの頭脳が凡百のそれとは異なる指向を持つことも、

彼女の推し進める事象が必ず好ましい結果を齎すことも、

彼女が他者に判断を委ねないことも、全て知っている。

そして、レフィアの娘であるフィアシスよりも、

遥かに多く、長く、彼女の愚痴や説教を聞いている。


「フィアシスの為、そしてこの国の為……です」


「……」


「……」


「……? 終わり、ですか?」


「ええ、一応」


長くなる、とレフィアが言った手前、滝を落ちる水の如く、

言葉が次から次へ襲いかかるものと身構えていた大臣は、

たった二言だけで結を迎えたレフィアの言葉に拍子抜けし、


「昼食前まで話されるのでは?」


墓穴を掘った。


「話します?」


よほど誰かに聞いて欲しかったのだろう、と。

眦を下げ、口元を緩ませた、

悪戯の相談をする幼児のようなレフィアの笑みに、

大臣は心の内で苦笑する。

昼食までの執務の予定をどのように繰り下げるか。

もはや、明日の起床までの時間の再計算は、

大臣にとって急務とすら言えるものだった。


「いえ、そこまでは。

 ですが、流石に今の二言だけでは、私には理解が……」


せめてレフィアの言葉を最低限の時間に抑えようと、

十分に選びながら次の言葉を発していく大臣だが、

既にレフィアの中で決定した事項を変える事は、何人にも叶わない。


「では話しましょう。

 先ずは、私が何故アルムを信用したのか。

 大臣、貴方なら理解していると思いますが、

 アルムが他の国の刺客であるという可能性は?」


まだ話したい箇所ではないのか、

ゆったりとした口調で、レフィアは大臣に解答を求める。


「私個人としては、低いと考えております。

 赤の国は闘う事に誇りを持つ国。

 刺客を放つくらいなら、

 国の全兵力を結集して挑んでくるでしょう。

 緑の国は重装を好みません。

 中には鎧を纏って戦場に立つ変わり者もおりますが、

 黒鉄の重甲冑など、彼奴らの領分ではありません。

 そもそも、黒鉄の鎧というもの自体が悪い冗談でしかない。

 重ねて、背信者アルム。

 禁忌の名を騙り、剣術大会に参加し、わざわざ衆目に触れ、

 まるで警戒してくれと言わんばかりの所業です」


「そうですね。

 アルムは全く信用出来る要素のない者ですが、

 その目的は私も推し量り兼ねているところです。

 故に。下手に市井にのさばらせておくよりも、

 王城の侍従たちの監視下に置くことを選びました。

 フィアシスの親衛隊長として任命したのは、フィアシスの為です。

 フィアシスの感性は独特ですからね。

 その代表的なものが『アルム』。異邦人『アルム』。

 フィアシスは彼の事を随分と熱心に調べているようです。

 それはもう、シルヴィエ様の神教なんてそっちのけで。

 そしてフィアシスは、何を識り間違えたのか、

 『アルム』を信仰の対象として、自分の中で位置付けました。

 この世界を陵辱した、あの『アルム』を、です。

 無論、このリハデアの誰にも認められるものではないでしょう。

 しかしフィアシスのアルムに対する想いは、

 自然に萎えるどころか、寧ろ日々増していく一方。

 私も些か困っていたところに……アルムの名を騙る剣士が現れました」


「フィアシス様は深く関心を抱かれる。

 そして、自らの持つ信仰を隠さず語る事が出来るという事ですね?」


「ええ。

 そしてフィアシスは、己が信ずる『アルム』をアルムに重ね、

 きっとその想いは、アルムへの恋愛感情に昇華される!

 幸いな事に、アルムは素性の一切を鎧と兜に隠している。

 まさに、フィアシスの幼い非現実の恋愛感情を、

 現実のものにするには最適の相手!」


「……」


敢えて口は挟まない。

それが最傍の従者としての彼の判断だった。

レフィアの陶酔し切った横顔を見るに、

どうやら彼女の言葉の半分以上は本気らしい。

フィアシスの前でこそ見せないが、

この悪癖はレフィアの少女時代からのもので、

本当にどうでも良い話題から、国議に至るまで、

場を選ばず極めて突発的に、レフィアは錯乱状態に入る。

性質が悪いのが、このような振る舞いをしつつも、

彼女が十分に思慮を巡らせているところだろう。

本気か冗談かの判別がつかないという点を踏まえ、

大臣は、彼女が自分の真意を見せないために、

わざとこのような痴態を演じているのだと思うようにした。


「そして二人は恋に落ちます!

 私を遥かに上回る紡月力を持つフィアシスと、

 更にそれ以上の紡月力を持つ剣士アルム!

 そんな二人が恋に落ちるなんて……あぁっ! 

 イグリオールの未来は、なんて輝かしいものにな……」


「じょ、女王! 今の話は本当ですかっ!?」


まるで劇の台詞のように言い放ち、大袈裟で無意味な身振りを交えて、

眩い輝きを纏った瞳を、謁見の間の豪奢な天井の先に向けるレフィア。

そんなレフィアの妄言に対して、大臣はその一片にのみ驚きを示し、

レフィアが大演説の只中にあるにも関わらず、思わず悲鳴に近い声を漏らした。


「えぇ! きっとあの二人は恋に!」


しかし、その大臣の邪魔を受けたレフィアは、

口を挟まれて気を悪くするどころか、玉座から立ち上がり、

より激しく、より高く、感情を昂ぶらせ、瞳を輝かせる。


「そこではありません!

 奴が、アルムが、あのフィアシス様以上の紡月力を持つというのは!?」


怒鳴るような口調で、言葉の真偽を問う大臣。

先のレフィアの言葉の通り、フィアシスの持つ紡月力は、

フィアシス自身こそ理解していないものの、

レフィアを大きく凌駕している。

決して、レフィアの紡月力が低いわけではない。

歴代のイグリオール女王達と比べても遜色ないだろう。

しかし、その倍以上とも目される、異常とも言えるほどの力を、

フィアシスはその気弱な精神の奥に秘めている。

今のリハデアで最も高い紡月力を持つ者は、と問われれば、

フィアシスを知る者は躊躇いなく、

白の王女フィアシス=イグリオールだ、と答えるだろう。


「ふふ、貴方はまだ気付いていませんでしたか。

 史書に残る、青の国『ツキカゲ』のそれと酷似した、

 片刃の長剣を用いたあの剣術もさる事ながら、

 内に秘められたあの溢れ返らんばかりの紡月力。

 果たして、アルムの真骨頂はどちらなのでしょうね」


だがそれでも、アルムの紡月力がフィアシス以上だと、

疑う余地さえ与えぬ語調でレフィアは言う。

その言葉には不安や危惧といった気配は無いが、

大臣の胸に渦巻く不安は、より深く重くなるばかりだった。


「グレイスの『緋鳳』ティニアでさえ、

 アルムと一対一で対峙したなら、地に伏す事になるでしょう。

 技の差も力の差も、私の見立てでは圧倒的な筈です」


個人として今代最強と呼ばれるのが、

赤の国グレイスの第一王女、ティニア=バーナ=グレイスである。

彼女は王女でありながら、戦時には最前線で闘い、

近接戦闘に於いて、彼女の二刀流の剣術は負けを知らない。

紡月力にも秀でており、彼女の持つ最強奥義『緋鳳斬』は、

イグリオールの一軍を一撃のもとに継戦不能にさせる。

しかし、広く語られるティニアの強さを知りながらも、

大臣はレフィアの言葉の信憑性を疑うには至らなかった。


「……今更ですが、敢えて問います。

 奴を『白星騎士団』に配属し、前線に送ろうとは思わないのですか?」


レフィアの夫、ウェイも嘗て隊長を務めた『白星騎士団』。

最強の前線部隊と確かに呼ばれている白星騎士団だが、

今回のアルムのように、秀逸な力を持つ者達は、

レフィアの独断で、フィアシスの親衛隊に配属されている。

人数の違いから、あくまで最大戦力の座は白星騎士団が譲らないが、

個々の練度で勝るのは、フィアシス=イグリオール親衛隊だ。


「大臣。慈愛の風を身に宿すイグリオールの民が、

 他の滅びを望んでどうするのです。

 その為に私は、アルムをフィアシスの親衛隊にしたのですから」


含みのある嫋やかな笑みを浮かべるレフィアは、

全てを語る事無く、その真意を大臣に伝える。

言葉足りないその説明に、大臣はレフィアの意を知った。

フィアシス=イグリオール親衛隊は、

設立以来、常に最強の練度を誇りながら、

ただの一度として戦場に出陣したことがない。

護るべきフィアシス自身が出陣しない以上、

彼らが戦場にその役目を与えられることはないだろう。

そして、レフィアが女王の座を明け渡すまで、

フィアシスが戦場に立つことはない。


「そういう事、ですか……

 申し訳ありません、浅慮でした」


総じて厭戦派の白の王族だが、

夫を戦場で亡くしたレフィアは一際その傾向が強い。

詰まるところ、レフィアは新たな戦端を開きたくないのだ。

アルムの目的は不明だが、あれだけの戦闘能力を見せつけた以上、

その噂はすぐにでも風に乗り、国中に、他国に運ばれる。

警戒を強めるだろう。力量を測ろうとするだろう。

前線に立たせれば、まず交戦は避けられない。

ならば『決して前線に立たない立場』に据えればどうか。


「構いませんよ。私も考えなかったわけではありませんしね。

 何はともあれ、暫くは様子を見ましょう。

 全てはフィアシス次第になりますが。ふふ……」


喜びを感じさせる笑みを付け足すレフィア。

屈託のない笑みの裏に隠れた深い思案こそが、

彼女が『全能の王』と呼ばれる理由だ。

時には、余人の理解が及ばない判断をするが、

言葉を以ってすれば、必ず相手を納得させる。

彼女に仕え数十年。大臣は未だ、言葉を交わす度に、

己が王への忠誠を深くするばかりだ。


「では、話を続けましょうか」


「……はい」


そしてレフィアの話は、全く始まったばかりだった。

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