18

 パトカーは小菅生花店の側に停まる。山浦と栗本はそこから国道を外れた路地に入っていく。早朝の潤った空気の中、2人は注意深く周囲に目を配る。


「センパイ、あそこ」


 小菅生花店が見えそうな廃ビル。かつては幾つかのテナントが入っていたであろうビルの跡地。入り口にはガラクタが転がり、スプレーで描いた落書きがある。


「誰か入った跡があるな」

「行きますか」

「あぁ、行こう。すまないクリ、柳下さんに連絡してくれ」

「了解」


 山浦は息を殺しながら階段を上がる。拳銃の携帯許可を取っておけという柳下の指示で持ったニューナンブのホルスターを握り、拳銃のグリップの感触を確かめた。

 2階。2階の階段から中に入るドアは完全に閉塞している。山浦は諦めて3階を目指す。

 3階。入り口のドアは開いている。そこから中を見る。奥にある昔はスナックだった部屋。半開きになったそこを確認した山浦はホルスターから拳銃を抜き取る。


「お邪魔しますよっ…と」


 山浦は壁沿いに歩く。埃っぽい入り口の近くに背を当てて中の様子を見る。気配はする。あとは栗本を待とう。

 程なくして栗本がやって来た。山浦は胸を叩く。銃を抜けという合図。栗本は拳銃をホルスターから抜き、山浦の隣に並んだ。


「いる」

「マジすか」

「マジだ。3数えたら踏み込む」

「はい」


「3」

 山浦は安全装置をかちゃりと外した

「2」

 栗本も同じく安全装置を外す。

「1」

 山浦と栗本は脚をくっと上げる。


「0」

 2人はドアを思い切り蹴破った。上がる埃に咽せながら山浦と栗本は拳銃を構えた。


「そこまでだ!逃げらんねぇぞ花屋のシンちゃん!」

「だっさ!何だそれは!」


 犯人と思しき影は言った。間違いなく目の前にいる人間が夜叉ヶ池八郎と、斑鳩カオリを殺害した犯人だ。


「まさか、アンタが犯人だったなんてな」

「何だ、知らないでここまで来たのか」

「生憎、うちのボスはカンが鋭いけど、肝心な事は教えてくれなくてな」


 犯人、花屋のシンちゃんは目の前にある黒い暗幕のような布を掴んで剥がす。目の前には口をあんぐりと開いた1人の男。


「死んでるのか?」

「いや、気絶しているだけだ。しかし、変なことをしてみろ。コイツは殺す」


 白い手袋には黄色と黒のトラロープが握られている。そして…


「この花、分かるか?」


 花屋のシンちゃんは一輪の花を弄びながら言った。


「この花、マツバギクの花言葉は【怠惰】。ふふっ、コイツにピッタリの花言葉じゃないか」

「よせ、そんな奴を殺しても…」

「後にはもう退けないんですよ。刑事さん」


 すると、背後のドアからぬっと誰かが入って来た。まるで背後霊か何かが入って来たかのような感覚。


「そこまで。さぁ堪忍しろ」

 

 難事件向きの体質の刑事、柳下だ。

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