17
「主人ですか?あ、そういえば帰ってきてないかも」
庭付きの一戸建て。庭はあるが目隠しのカナメモチ以外は何もない。しかもカナメモチも手入れをしていなく、伸びた枝は自由に伸びている。
ドアにチェーンをしたまま三分の一くらいを開いた状態で話すのは、八木沼の妻であった。飲み過ぎたのだろうか、それとも朝早くでテンションが低いのか、腫れぼったい目をこちらに向けながら気怠そうなしゃがれ声で言った。
「いつものことなんですかね?」
「帰ってこないとかもありますよ。まぁ、あの人に浮気なんかできやしないでしょうからね?」
あんな男に限って、裏の顔があったりするんだよ。という言葉を山浦は飲み込む。そうですかという言葉が裏腹に口から出て来る。
「ご主人が、行きそうな場所は?」
「さぁ」
それにしてもこの妻は全く無関心なんだなという印象を受ける。恐らく八木沼は完全に財布としか見られていなさそうだ。
「分かりました。朝早くすいませんね」
「いや、大丈夫です」
そう言うと、八木沼の妻はまたドアを閉めた。門扉の足下にはちゃっかり出前寿司の寿司桶が置かれている。
「あ〜、彼女が家庭的でよかったわマジ」
「まぁまぁ…」
「八木沼がいないのは分かったけど、肝心の柳下さんからは何も聞かされてないんだよなぁ」
「そうですよ。多分川崎もただ振り回されてるだけで」
「あいつはいいんだよ。筋肉さえ動かせりゃいいんだから」
「そんなもんですか?」
「そりゃそうさ。あ、ちょっと」
山浦のスマホが鳴動をしはじめた。柳下からだ。
「あい」
【山浦、お前今どこだ?】
「八木沼の嫁さんに話を聞いたとこです」
【で?】
「帰ってないって」
【そうか、ちょっと急ぎで向かって欲しい場所があるんだが、いいか?】
「はい、どこですか?」
【小菅生花店の近くにある、もう誰も入ってない様な廃ビルとか】
「うわ、ざっくりっすね」
【しょうがないだろ。調べて向かってくれ。分かったら連絡しろよ】
「わかりました」
それだけ言うと柳下は通話を切った。山浦は肩を竦めて栗本に言った。
「小菅生花店の近くの、誰も入らなそうな場所だってさ」
「へぇ、どしたんですかね」
「だなぁ、何でそんな場所を…」
「山浦センパイ、まさかそこに犯人がいて…」
「…マジか」
「急ぎましょう。おれにはとりあえず、心当たりはあります」
「やるな」
「えぇ、ただ、何でそこに犯人がいるかとかは知らないですがね」
「だよな。よし、行こう」
栗本はパトカーのパトランプを回した。けたたましいサイレンと共にエンジンを唸らせたパトカーは走り出す。
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