15

 山浦と栗本は横並びにカウンターに座っている。人を待っているようだ。手酌でお互いにビールを注ぐと、小さく乾杯をする。口はまだつけない。

 ほどなくしてやって来たのは小菅だった。小さく頭を下げながらこちらに来る。山浦は手招きをして誘った。


「いいんですか、こんな…」

「仕事は関係ない、プライベートですよ」

「にしても、あたしみたいな奴を…」

「いいじゃないすか水臭い」


 飲みますよね?と言うと、答えを聞かないまま小菅にグラスを渡し、ビールを注いだ。


「僕らも喉が渇いてましてね」

「はぁ」

「にしても、お店を開くって大変ですよね」


 栗本が言った。注文したししゃもを頭から齧る。


「うちも、実家が喫茶店をやってましてね。自分で何から何までやるのって、子供ながらに大変だなって思ってましたね」

「そうなんですね」

「小菅さんも、お花屋さんは…」

「親父の代からですね。暫くして結婚して、もうその頃には軌道にしっかり乗ってましたから。ほどなくして、妻がお店を出したいって、カフェを出したんですよ」

「え?そういやあそこに前あったカフェ、いつの間にか閉店になって、残念だったんですけど、あれ、まさか」

「そうですよ。うちの妻の…まぁ、妻はもう亡くなりましたがね」

「そうでしたか、それは…」

「まぁ、折角誘ってくれたんだし。しみったれた話はもう…」

「ですね、おやじさん、冷やくれますか?」

「弱いくせにですか?」

「うるせぇなクリ」


 小菅は笑いながら言った。


「なんだか、仲良さそうですね」

「まぁ、こいつとは長いですから」

「あの痩せた、髭の刑事さんも?」

「まぁ、あの人もその、変な人ですから」

「見てる分は、飽きないっすね」

「ちょ、山浦センパイってば!」


 小菅もビールをおかわりした。お品書きをじっと見ている。


「ここ、揚げ出し豆腐がめっちゃ美味いんです」

「ホントですか?」

「そうです。今度あの真波ちゃんでも連れて…」


 小菅は笑い出した。


「そうですね、あいつもお酒は好きですからね」

「可愛くて、しょうがないでしょう」

「そりゃ、もう」


 小菅はお品書きを閉じると、遠い目をして言った


「血のつながりは、ないんですがね」

「まぁまぁまぁ」

「あの時、正直ドキッとしたんですよ。刑事さんに指摘されて」

「まぁ、でしょう」

「いつか、真波には、お父さんって呼んでもらいたいなって…あはは、難しいですね。いや、忘れてください」

「おれは、無理じゃないと思いますけどね」


 栗本は真面目な顔をして言った。


「誠実ささえあれば、大丈夫ですよ」

「クリ?」

「大事なのって、接した時間の密度じゃないですか?」

「…」

「おれは、そう思いますけどね」


 小菅は少し涙ぐんでいる。山浦は隣に座った栗本に言った。


「どうした?お前」

「いや、何がですか?」

「らしくなく、熱いぞ。飲み過ぎた?」

「センパイじゃないんすから、おれだって、真面目に話しするときもありますよ」

「渋いな」

「でしょ?」

「髭、濃いくせに」

「それ、ぜんっぜん関係ないっす」

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