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 夜叉ヶ池の事務所には、よく見ると2人の男がいた。先日訪れた時にはいなかった男だ。2人とも黒いスーツを着ている。片方は細いつるの眼鏡をかけており、もう片方はややがっしりとした短髪の男だ。2人とも背は高くない。

 訪れたのは、柳下と川崎だ。川崎は夜叉ヶ池の事務所のドアを開く。


「ごめんください」

「はい?」


 川崎と柳下は警察手帳をちらりと見せた。男は2人とも顔をやや硬らせ、デスクから名刺を取り出す。


「夜叉ヶ池事務所の神原かんばらです」

曽根田そねたです」


 細いつるの眼鏡をかけたほうが曽根田、がっしりしたほうが神原だ。昔は柔道かレスリングでもしていたのだろうか。川崎のように耳がつぶれている。

 曽根田は座る様に促す。どうもどうもと言いながら柳下はパーテーションの向こう側に腰掛けた。


「あれ、八木沼さんはどちらに?」

「八木沼は今、出払っておりまして」

「左様ですか。いやぁ、この度は大変でしたねぇ」


 柔和な声で柳下は言った。恐縮した顔で曽根田ははぁと答える。奥の流しで神原はコーヒーを淹れている。川崎はお構いなくと言ったが、耳に届いていなかったようだ。ほどなくしてコーヒーが4人分完成した。


「代表が亡くなっただけでも悲惨なのに、秘書まで。何だか呪われてるんじゃないかって気分ですよ」

「ほぉ、何か心当たりは?」

「まぁ、本人がいませんから言いますけどね」


 神原は口を開いた。曽根田はヒヤヒヤしたような表情で神原を見ている。


「親の七光とはよく言いますがね。あれは酷かったですよ。全部こっちに仕事を押し付けるだけじゃなくて、挙句の果ては女癖も悪い」

「ほぉ、なら斑鳩さんも?」

「まぁお察しの通りですよ」

「ちょ、神原……」

「いいじゃありませんか。代表もいなきゃこの事務所は解散ですよ」

「そうですか。んで、さっきの話ですがね」


 柳下は目線を神原に向けた。


「仕事をこっちに任せっぱなしと言いましたが、具体的に?」

「まぁ、この街の新規プロジェクトってやつですよ」

「と、仰ると?」

「街のランドマークを作るとかいう名目の、いわば大規模なマンション計画です」

「それは?」

「ここですよ」


 神原は地図を広げて、ある場所を指差した。


「この辺のお店に撤退戴いて、高層マンションを建てようって計画ですよ」

「ほぉ、でもマンションなんかできていませんが?」

「頓挫したんですよ。撤退させるだけ撤退させといて」


 曽根田も苦虫を噛み潰した様な顔をして言った。


「マリンタワーとかいう名前で、ゼネコンと結託して、計画だけは進めておきながら、夜叉ヶ池さんも、面倒になったんですかね。全部こっちに丸投げ。それを代表してやってたのが、八木沼ですよ」

「八木沼さん?」

「まぁ、あの人は夜叉ヶ池の犬みたいなもんですからね。弱味でも、握られてたんでしょうかね」

「ま、しゃあないです。あの人もなんだかんだで、めんどくさがりな人ですしね」


 言うだけで言ってさっぱりしたのだろうか、神原はコーヒーを熱いまま半分飲み干す。


「あぁ、こりゃまた有益なお話をありがとうございました。ところで、もうひとつ。お話を伺いたいのですが…」


 柳下は体をぐっと前に押し出す。コーヒーで唇を潤すと、低い声でつぶやく様に言った。


「お時間はとらせませんから」

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