12

「あっ、こりゃどうも」


 相川はタクシーの中で煙草に火をつけていた。隣を通りかかった柳下はタクシーに乗り込む。勿論柳下も煙草を咥えている。柳下は相川にライターを借りた。


「刑事さん、小菅さんは?」

「大丈夫、容疑もありませんから。すぐにお帰りになりますよ。真波さんもね」

「そうですか…」

「それはそうと、相川さんは斑鳩さんの事はよくご存知で?」

「え?えぇまぁ、この街でしがないタクシー運転手してりゃ、顔馴染みは…」

「ですよね。斑鳩さんも貴方の事をご存知でしたし」

「何が仰りたいんで?」


 柳下は相川にかからないように斜めに煙を吐き出した。


「顔馴染みなのかなと」

「あたしゃね刑事さん。こう見えても意外に人気があるみたいでね。自慢じゃありませんが、お客さんの顔もよく覚えてんですよ」

「ほぉ、そりゃ凄いですね」

「あの斑鳩さんも、よくご利用なさいますもんで」

「それじゃ、夜叉ヶ池議員も?」

「ですね、数回はお乗せ致しましたね」

「なるほど、ご一緒に乗られたって事は?」

「ありますよ。そりゃもう、仲睦まじいご夫婦かと思えるくらいに」

「え?ってことは?」

「そう、だったんじゃありませんか?」


 柳下は煙草を苦々しげに揉み消した。


「あの…タコ親父が」

「ん?」

「いや。いやいやぁ。あはははは」

「そりゃ、わかりますよ」


 相川は煙草をふかす。もうフィルターのあたりまで煙草はちびている。


「あの方には、市民の姿は見えてないんでしょうね」

「んなこたぁないでしょ」

「そう、皆は思っておりますよ」


 柳下はふっと鼻で笑った。


「いやいや、すいませんね。無駄話なんざしちゃって」

「刑事さん、あたしから言うのもなんですが、小菅さんも真波ちゃんも、人殺しなんかできる訳がない」

「まぁ、貴方が仰るなら」

「どうか、お願いしますよ」

「えぇ、ところで相川さん、お仕事は?」

「小菅さん、お帰りになりますよね?それまで、待っていますから」


 柳下は頷き、タクシーを後にした。ポケットに入れている紙パックのジャスミンティーを取り出すと、植え込みに腰掛けてストローを突き刺す


「ジャスミン、か」


 柳下はそれをちゅうと吸い込む。


「芳香剤みたいな匂いしかしねぇ」

「おい柳下さんよ」


 隣にやって来たのは鑑識の浜岡だ。にやにやしながら柳下を見ている。


「味しない飲み物なんて、らしくないね」

「いや、ジャスミンなんて口にして、ガイシャはどんな気分だったのかなって」

「変態だなアンタは」

「そっくりそのまま返すわ」


 無意識に浜岡は胸元のポケットを気にする。


「禁煙なんてできねぇじゃねぇか」

「まぁな、アレがないと、頭が回らない」

「一緒だな」

「ところで、斑鳩カオリの状況は?」

「あぁ、間違いなく絞殺。木に吊るされたのはその後だ」

「だよな」

「じゃなきゃ、ジャスミンは口に入れられないしな。って柳下さんなら分かるか」

「当然」

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