5
郊外の海沿いの街だとはいえ、人通りが割と多めの駅前の通りはそのへんの地方都市と然程変わらない。川崎の運転するパトカーは町の花屋さんの駐車場に停まる。店はそこまで混んではいないようだ。
その店の名前は小菅生花店といった。昔ながらの店構え。確かこのすぐ近くにこぢんまりとしたカフェもあったのだが、今はもうなくなっている。
山浦と川崎はその店の木のノブを引いて開ける。中には花の芳しい香りに混じり、植物独特の青臭い匂いがふわりとした。
「いらっしゃい」
一度見たら忘れなさそうな顔である。善人を絵に描いたような柔和な顔つきにふくよかな体型。ハスキーでやや甲高い声の中年男性。店長だろう。
「C市警の、山浦です」
「川崎です」
「はぁ、警察さん…」
店長の小菅は少し恐縮したような顔をした。今まで警察とは無縁だったのだろう。
「このお店に、グロキシニアの花は売っていますか?」
「え、えぇ。ありますがそれが何か?」
「いやぁ、先日お亡くなりになった夜叉ヶ池議員の胸ポケットに、グロキシニアの花弁が入っていたんですよ」
「はぁ…グロキシニア…」
「ここ数日の間、このお店にグロキシニアを買いに来たお客さんはいましたか?」
「はぁ、まぁ、ちょっとお待ちくださいね」
山浦は腕を組んで小菅の様子を眺めている。川崎はキョロキョロと周りを見渡している。
「落ち着きねぇなお前」
「いっ、いや、自分、こういったところには無縁でして」
「だろうな。お前はな」
「うぅ、酷い。あ、あれですね」
鉢植えに植ったグロキシニアを見て川崎は言った。
「あんまりメジャーなお花じゃないんですよね。これ」
「はっ…」
川崎が振り返ると、髪を後ろに結んだ健康的な日焼けした女の子が立っていた。丸顔の八重歯が光る女の子。20歳そこそこくらいだろうか。
「刑事さんだよ、真波ちゃん」
「え?刑事さん?」
「あぁ、C市警の山浦と川崎です」
真波の顔が一変した。
「刑事さんが、何か?」
「いやっ、先日の夜叉ヶ池議員の事件のことで…」
「やだ、店長を疑ってるんですか?」
「いや、そんな事は決して」
「じゃ、なんで」
山浦は川崎の肩を叩いた。川崎はややテンパっている。余計な事を言いかねない。
「事件現場に、グロキシニアがあったんです。我々はグロキシニアを売ってるお店を探してましてね」
「うちだけじゃありませんよ」
「でも、ここを含めると市内には3件あるんです。まぁ、参考までにですね」
「あぁ刑事さん…」
小菅は頭を掻きながら言う。
「この数日のあいだには、グロキシニアはうちからは売れていませんね」
「そうですか、どうも有難うございます。お手数をかけて申し訳ない」
「いやぁ」
「また何かありましたら、連絡を。それじゃ」
山浦は川崎を連れて店を出た。
「ここじゃ、なさそうですね」
「あぁ、でもなんか気になるな」
「と、言うのは?」
「あの娘だよ。やけにビビってなかったか?」
「山浦さん、考えすぎっす」
「だといいんだがよ」
川崎の助手席に座った山浦は眉間に皺を寄せて言った。
「何でも気になっちまう性分ってもんだからよ」
「損してますね」
「馬鹿、刑事ってもんはそういうもんだよ」
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