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「どもども」


 柳下率いる班の部屋に入ってきたのは、鑑識官の浜岡秀彦はまおかひでひこであった。年齢は然程柳下と変わらないかと思われるが血色がよく引き締まった身体つき、長身の体躯をしている。だいたいの話は柳下と喫煙室で済ませるのだが、今回は違うらしい。


「どう、調子」

「どうもこうもないっすよ。浜岡さん」

「どしたん?」

「また妙な名前をつけるんすよ。犯人に」

「へ?」

「花屋のシンちゃんって、バカにしてますよね」

「なんっじゃそりゃ」


 小馬鹿にしたように浜岡は笑った。花屋のシンちゃんの異名をつけたのは、柳下をはじめとした猟奇殺人捜査班の上司である西川だ。肩を竦めて山浦が鼻を鳴らす。


「話も面白くなきゃ、ネーミングセンスもないって、どうしようもないっすよ。あの上司ってまじ」

「おい、聞いてるかもしんないからやめとけよ。んで、浜岡。どうした?」

「あぁそうそう。これ」


 浜岡が持って来たのは、数枚の写真だった。勿論、あの夜叉ヶ池議員殺害の件に関するものである。


「死亡推定時刻は、一昨日の夜、8時前後だな」

「ホトケさんの遺体には、花のほかに気になる事はなかったか?」

「気になるといえば、これかな」


 浜岡はスマホを取り出し、操作をはじめた


「この花、グロキシニアだよな」

「はぁ、ですね」

「これを売ってる花屋だが、この市内に3カ所しかないらしい」

「ほう」

「そこを片っ端から当たれば、犯人にぶつかるんじゃないかってことですか?」

「ふぅ、気が遠くなりそ…」


 ドアを開けて、肩幅の広いがっちりとした男が入って来た。最年少の川崎英人かわさきひでとだ。両手に某有名弁当チェーンの袋をぶら下げている。


「はっ、はぁっ、浜岡さん!」

「お、お前いたんだ?」

「す!すいません!一個すぐ買って来ます!」

「アホかお前ぇは、別に浜岡さんはここに飯食いに来たんじゃねぇんだぜ」


 山浦に言われ、あ、なるほどですねと川崎は頷いた。


「あ、あの夜叉ヶ池の事件のやつですか?」

「じゃねぇと来ないよ。なぁ浜岡」

「まぁな、今回はちっと特別だけどな」

「そ、そういえば今日、テレビでやってたんですけど…」


 川崎は袋から弁当を一個一個取り出し、輪ゴムに割り箸を挟みながら言う。


「夜叉ヶ池の秘書さん、むっちゃくちゃ美人なんですって!」

「はぁ?お前そんなとこしか見てねぇのかよ」

「で、でも捜査するにあたって、話を訊かないとダメじゃないですか?」

「まぁ、そうだろうね」


 栗本が言う。川崎は鼻息を荒くした。


「あ、あんな美人と、お話ができるって、なんか…」

「大丈夫。お前は事務所には連れてかねぇよ」


 山浦はバンと肩を叩く。


「おれと一緒に、花屋探しだ。事務所にはクリと柳下さんが行くだろうな」

「うぃっす。じゃ柳下さん。食ったら行きましょうか」

「まぁその前に重要な確認がある」


 柳下は眼光を鋭くして言った。


「誰に似てる?」

「ちょっとだけ、ですけど…ま、松嶋菜々子に…」

「よし、できたコだ」


 川崎はあたふたしながら頭を下げる。柳下はネクタイを珍しく気にして手直しした。

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