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 本来であれば警察署を使うべきところを、実家の喫茶店を内緒で使ってしまうところが栗本の気遣いだ。昔ながらの喫茶室と名付けられた煉瓦造りの店のドアを開けると、カランカランとカウベルが鳴り、中からはサザンが流れている。栗本はマスターの母親に手を挙げる。奥にある一目につかない席に通されると、第一発見者である男女に座るように勧めた。


「座ってください。大丈夫、ホントは署を使うべきなんですけど、特別に」

「はぁ…」


 男のほうは山浦よりもやや小柄で、山浦よりもぽっちゃりとしている。角刈りでチリチリした髪質。頬をヒクっと動かすだけで黒縁眼鏡の位置が直るタイプ。女のほうは、なんとなく垢抜けない感じの素朴な顔立ちだ。笑わなければ無愛想だと思われそうなタイプだ。


「コーヒーでも飲みながらじゃなきゃ、リラックスできませんものね?」

「おれはどっちかっつったらビールが…」

「だから肥るんだぜ山浦」


 柳下に言われ、苦笑いを浮かべる山浦。


「んで、詳しく話を聞かせてくれないかな?」


 栗本が柔らかな口調で訊いた。角刈りの男がはぁ、と口を開く。


「名前は?」

羽村尾道雄はむらびみちおです」

「馬鹿にしてんのかお前は」

「ほ、本名なんですって」

「そ、そんな苗字だったんだね?」

「う、うん…」

「なんだおたくら、初対面か?」


 柳下が訊いた。


「はぁ、その、合コンってやつで、その…」

「そんなこたぁどうでもいいか。話してくれ」


 羽村尾は話し始めた。隣に座る佐倉野花さくらのはなはじっと下を向いている。


「僕と、彼女が外の空気を吸いに行った時に、その、ゴミ箱に捨てられてるみたいになってたんです。夜10時くらいかな」

「他に、人はいなかったのかな?」

「えぇ、僕らしかいませんでした」

「なるほどね、物音も?」

「しなかったです」


 2人に訊いても何も分からなそうだ。単純に死体を見つけただけのようだ。柳下はあぁ、そうだと言って一枚の写真を取り出した。


「これ、何だかわかるか?」


 胸に入っていた花の写真だ。ちゃっかり柳下は携帯で撮影していたようだ。佐倉野花は首を傾げたが、一方の羽村尾がこれは…と身を乗り出す。


「グロキシニアですね」

「あ?なんだそりゃ」

「花の名前ですよ。これがどうかしたんですか?」

「ガイシャの胸ポッケにあったんだよ」

「そうなんですね、あ、因みにこれの花言葉って、分かります?」

「は?知らん」


 柳下は言った。羽村尾は声を落として言った。


「強欲」

「強欲…」

「そう、強欲です」


 得意気に言った羽村尾。それを見て乃花は口をあんぐりとさせている。


「なんで、そんなの知ってんだよ」

「そりゃ、こういうのを知ってたらモテそうじゃないですか」


 山浦は言う。


「そういうの、トリビアって言うんだよ。なぁお嬢さん」

「……素敵」

「は?」


 店を出た後、二人は寄り添い手を繋ぎながら歩いて行った。栗本は腕を組んで言った。


「最近は、ぽっちゃりがモテるんですかね」

「なんだよクリ、お前おれに言ってるわけ?」

「いや、いやいや、あははは」

「おい、調子に乗るんじゃねぇ。働けお前ぇら」


 そう言うと、柳下はいの一番にパトカーの後部座席にどっかと腰を下ろした。

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