1

 飲み屋街の一角に警察車両が停まる。コインパーキングの邪魔にならないように栗本将くりもとまさるはパトカーを停めた。後部座席に座っている山浦健基やまうらけんきはスマホを操作しながら、え?もう着いたの?と言った。


「着きましたよ。センパイ」

「おう、わりいわりい」

「センパイ、また肥ったんじゃないすか?」

「るせぇ、幸せなんだよ」

「まぁそりゃあ…」


 以前山浦達の担当した事件で知り合った女性、円と山浦は付き合い始め、早もう一年近く経つ。今やもうペアルック姿を待ち受けにするくらいであるが、これがまた美女とクマさんが並んでいるようにしか見えない。


「ほら、柳下さんにそんな顔見せたらネチネチ言われますよ」

「まぁ、んだな」

「ったく。あっ」


 栗本が敬礼をする。そこには既に痩せた髭面短髪の小柄な男が待っていた。彼等の上司の柳下政宗やなぎしたまさむね。ちゃんとしていればなかなかの良い男なのだが、顔色が悪いのとネクタイの巻き方がだらしないところがマイナスポイントとなっている。


「え〜い」

「柳下さん早いっすね」

「あったりめぇだろ。通報からすぐ飛んできたからな」


 さすがですね。と栗本は首を捻る。確かに柳下にはそういう独特の嗅覚のような感覚があるのかもしれない。


「ガイシャは…?」

「えぇ、あ、手帳はと」

「センパイ、いいっす。あっと、ガイシャの名前は夜叉ヶ池八郎やしゃがいけはちろう、議員ですね」

「あ?夜叉ヶ池?まじか」


 黄色のテープが張られた裏路地のゴミ捨て場に3人は入っていった。晴れているせいか饐えた匂いはない、ただそこにはゴミ袋に紛れた肥えた男があんぐりと口を開いているだけだった。


「あ〜あ、まさか死ぬなんてな」

「そうですねぇ、ナイフで刺しても死ななそうな感じだったのに」

「へぇ、センパイこの人の事は知ってるんですね?」


 夜叉ヶ池八郎。C市に昔から君臨する名士の何代目かである。


「もう60は超えてるのに、馬鹿息子って言われてるの、コイツくらいっすよね」

「阿呆、ホトケさんのことは悪く言うもんじゃねぇ」

「へいへい、合掌」


 そもそも彼の祖父、父親の代は不動産や街の福祉活動に力を注いでいた。中でも夜叉ヶ池八郎の父親である夜叉ヶ池福造やしゃがいけふくぞうは街のアピール活動や福利厚生の充実化に全力を注いだ名士であった、が…その息子である八郎に代替わりしてから地に落ちるようにその名声は転がり落ちた。議員になったのも明らかに父親の名声によるものが9割5分以上は占めているだろう。


「死因は絞殺か。抵抗した後があるな。ほれ、ナンタラ線ってやつがあるし」

「ナンタラ線すか?」

「何でも訊くな、そのスマホで調べるなりしろ」


 その【吉川線】を知ったところで捜査が捗るわけないよな。と山浦は思う。すると山浦は夜叉ヶ池のジャケットの胸元にある何かに目を向けた。


「あれ?これ」


 紫色のラッパ形の花が押し花のように潰され、ジャケットの胸ポケットをしっとりと濡らしていた。


「何すかね、これ」

「見たことはあるんですけどね。柳下さん知ってます?」

「知らん」

「ですよね」

「何だお前、馬鹿にしてる?」

「いやいや、でもあれじゃないすか柳下さん。これの花を一発で言い当てるとしたら、それはそれで、ちょっとアレっすよ」

「山浦、やっぱ馬鹿にしてるよな…」


 山浦はあははとはぐらかすように笑う。栗本が柳下さん。と一言告げる。


「第一発見者は?」

「あそこに」


 警官に脇を固められた男女。カップルというには少しアンバランスな感じがする。1人は太めの角刈り、分厚い眼鏡をかけた男。もう1人は黒髪セミロングの何となく美人ではあるが幸が薄そうな感じの女。


「話訊こうか」

「柳下さん、おれ行きますよ」

「だめだめ、ここは僕に任せてくださいよ」


 栗本がにっこりと笑って言った。髭が濃くなければ爽やかな好青年である。


「あの、ちょっとお話大丈夫ですか?」

「は、はぁ…」

「所轄の栗本です。ここじゃなんでしょうから、場所を移しましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る