第54話

 俺の目には、5メートルほど先で大剣を構えて待ち構えるジェネラルオーガが映っている。

 体長は2メートルほどあり、大剣の長さも体長とほぼ同程度。相手のリーチや攻撃スタイルを考えると、このくらいの距離は絶妙な間合いだ。


(やっぱり攻めて来ないか……)


 やっぱり、と言ったのは予想通りだったから。

 思わず俺は1週間前のキングオーク戦を思い出す。


(あのときも同じことを思ったんだっけ。)


 キングオークと同様にこちらの様子を伺って、仕掛けてくる様子のないジェネラルオーガ。

 他は分からないが、少なくともこの遺跡型において、ある程度の知能を持つ魔物は慎重に戦い始める傾向にあった。


 依然攻めてくる様子のないジェネラルオーガを横目に、俺は戦闘開始前のルーティンである深呼吸をしようと力を抜き、大きく息を吐く。


「陽向くん!?」

 

 唐突にカケルさんが大声で俺の名前を呼んだ。 

 俺はつむりかけていた目を慌てて開けて、ジェネラルオーガの方に意識を向ける。


(油断したっ)


 警戒して攻撃する意志のないように見えたジェネラルオーガが、勢いよくこちらへと向かってステップしている。

 大剣がすぐそこ、1メートルほどの距離まで迫ってきているだろうか。


 すごい迫力だ、と一瞬固まりかけた俺だが、すぐに我に返って右手を動かし、壁を使って攻撃を受け止める。


(危なかった……!)


 攻撃は重くない。

 続く連撃も落ち着いて対処すれば、難なく受け止めることができている。

 しかし先程の攻撃に関しては、まさに紙一重と言うべきものだった。


 もしカケルさんが居なかったら、そんなことを考える。

 たいした経験もないのに固定観念を持って挑んでしまったのは、完全に俺の失敗だった。


「陽向くん、頼んだよ!」


 そう言ってキングオーガの元へと足を向けるカケルさん。

 すでにジェネラルオーガはダーゲットを俺に定めており、隣を走り抜けるカケルさんには見向きもしない。

 

(まずったな……)


 チラッと見えたカケルさんの顔に浮かんでいるのは、俺を心配するような表情だった。

 無事にキングオーガの元まで送り届けるというミッションは果たしたが、カケルさんの心配事を増やしたという意味では内心複雑な気持ちである。


(心配ではあるけど……)


 ジェネラルオーガの奥にはキングオーガとの交戦距離まで一気に迫るカケルさんの姿が見えている。

 正直気になるところではあるが、俺は俺で目の前の敵に集中する必要があるのだ。



―――――



ゴンッッ


 鈍い音とともに、ジェネラルオーガの大剣が『全てを守る壁』へとぶつかる。


 交戦開始から15分ほどが経過しただろうか。

 ジェネラルオーガに関して言えば、動きは素早いが、その動きは決して複雑ではない。

 たまに視界に映る他のメンバーの戦い方と違って、俺が繰り広げているのは非常に地味な戦いだ。


(焦るな。焦るな……)


 自分に言い聞かせるように心の中で何度も唱える。

 壁を軸にして戦う俺の戦闘スタイルは、序盤に関してだけいえば完全に守備特化。

 左手に持つ剣で少しずつ傷を増やせてはいるが、致命傷と言うには程遠く、まだまだ時間がかかりそうである。


(タイミングを見誤るな!)


 俺の頭の中にあるのは、どのタイミングで攻撃に反転するか、ということである。

 早くジェネラルオーガを片付けてキングオーガ戦に加わりたい気持ちは山々だが、中途半端な攻撃をして倒しきれないとなると逆に自分の身が危うくなるかもしれない。


 そう考えている間にも、般若の顔を持つジェネラルオーガが、大剣を振り回しながら巨体を素早く動かす。

 対峙している俺は常にジェネラルオーガを体の正面に捉えられるように、なるべく少ない移動で丁寧な立ち回りを意識する。


(手応えは悪くないが……)


 一見最初と変わらないように見えるジェネラルオーガだが、よく見ると表情に僅かながら怒りが見え隠れするようになっている。

 自分の感覚では壁にジェネラルオーガを倒せるだけの力が溜まるまでもう少しというところ。

 そもそも攻撃を加える際に隙を見つける必要があることを考えると、壁に力が溜まったとしても幾分かは交戦を続ける必要があるだろう。


(焦るな……)


 俺は再度心の中でそう唱える。


 狙いたいのは、頭か心臓の辺り。

 自分より大きな相手であるため難しいことは分かっているが、一撃で確実に仕留めるためにはそこを狙うしかないのだ。


シュッッ


(おっ……)


 俺のすぐ近くを弾丸よりも速い速度で通り抜けて行ったのは、茜ちゃんがメインの攻撃手段として用いている魔力水晶だ。

 時折ボス部屋の中を駆け抜ける魔力水晶は、ほとんどがキングオーガと戦うカケルさんを援護するためのものである。


 魔力水晶に驚いて一瞬動きを止めたジェネラルオーガから間合いを取り、奥のキングオーガへと目を移す。


(おっ!合流したのか!)


 ジェネラルオーガの先に見えたキングオーガの側にはカケルさんと、そしてついさっきまで俺が戦っているのとは別のジェネラルオーガの相手をしていたヒカリさんの姿があった。

 どうやらカケルさんがメインで戦いつつ、ヒカリさんが遊撃のポジションに就いているようである。

 意外にも時折雄叫びを上げながら情熱的に戦っているカケルさんと、常に冷静になるべく音を立てないようにして戦っているヒカリさん。対象的なようだが、その相性は決して悪くない。


 事前の作戦ではヒカリさんはミサキさんの援護に回るはずだったが、予定を変更してカケルさんの援護に回っているようだ。

 ミサキさんが想像以上に善戦しているのか、ヒカリさんの勘なのか。

 真相は分からないが、その辺の判断をヒカリさんが間違えることはないだろう。


 俺は色々と情報を得たために逸る心に蓋をして、再び目線をジェネラルオーガに戻してから落ち着いて戦闘を再開する。


 一分、二分、三分。

 ジリ貧なのが分かっているのか、ジェネラルオーガの攻撃がこちらを何とか捉えようと大味になっていく。


「そろそろ行くぞ……」


 相手に聞こえない小さな声でそう唱える。

 壁には十分攻撃を吸収できているし、この大味な攻撃スタイルならば隙を見つけるのも難しくはない。


 俺は勢いよく振り回された大剣をこれまでのように受け止めるのではなく、素早く横にステップをして避ける動きを見せる。


(今だっ!)


 これまでと違う動きを見せた俺に、ジェネラルオーガは驚く表情をしながら勢いそのまま前につんのめる。

 体勢を大きく崩したジェネラルオーガに向かって俺は素早く、冷静に飛び込む。

 心臓のあたりを狙って『全てを守る壁』を勢いよくぶつける。


「よしっ!」


 驚きの表情のまま、粒子となって消えて行くジェネラルオーガ。

 想像していた通りの戦い、まるで完勝だ。


 少しだけ荒れた息を整える暇もなく、今度はカケルさんとヒカリさんの戦うキングオーガの下へと向かう。


 ふと後ろを振り返ると、グッと親指を立てる茜ちゃんの姿。

 走りながら、俺も茜ちゃんにグッと親指を立てて表情を緩める。最初の役目を問題なく果たせて、とりあえず一安心といったところだろうか。


(ミサキさんももうすぐかな)


 序盤は若干苦戦していたように見えたミサキさんだが、さすがのジェネラルオーガもすばしっこく飛び回るミサキさんを捉えきれず疲れを見せている。

 大きな決め手のないらしいミサキさんだが、この様子だとそう遠くないうちに倒し切ることができそうである。


「加勢しますっ!」


 キングオーガまであと10メートルほどのところ。

 俺は一度足を止め、2人に大声で呼び掛ける。


「陽向くんっ!しばらく頼んだ……!」


 俺の声に気付いたカケルさんがキングオーガの攻撃を避け続けながら声を上げ、勢いよく間合いから外れるように後退する。

 カケルさんの表情からは分からないが、声の強さはなく、疲れを隠せていない。


「行きますっ」


 自分を鼓舞するように声を出してから、カケルさんと入れ替わるようにしてキングオーガへと近付く。

 後退するカケルさんを追うようにして振られる大剣を、壁を使って正面から受け止める。


(重っ……くはないか。うおっ!?)


 これまで通り壁越しでの衝撃はない。

 ただ受け止めた瞬間から、これまで感じたことのない闘気ともいえるような圧をひしひしと感じ始めた。


(これがキングオーガ……)


 冷汗が全身から吹き出るような感覚。

 鳴り止まないアラームのように、警鐘が頭の中を揺らしている。


 カケルさんとは対象的な涼しい表情をしたキングオーガが、次の獲物を見つけたとでも言うように、ニヤリと口角を上げた。


(いや、こんなものか)


 冷汗を吹き出す体に反して、内心は意外にも冷静でいることができていた。


 決して強がりではない。

 これまでに感じたことのない威圧感だが、俺の中ではあくまでも想定内。

 一週間もの間、キングオーガと対峙するというこの瞬間を描き続けてきた俺にとっては、全く焦る状況ではないのだ。


 しかし、こんなものかと感じるのも当たり前だったかもしれない。

 まるで殺気のような闘気を受けつつも、大剣によるキングオーガの攻撃を難なく受け続けること数回。

 ジェネラルオーガとの戦いに比べて言うまでもなく明らかに、楽な戦いだった。

 俺は戦いながらキングオーガの様子を観察し、すぐにその違和感の正体に気付く。


(なるほど。一歩も動いていないのか……)


 遠くから眺めていたときにも感じていた違和感。

 巧みに大剣を振り回しこちらの体力を削りに来ているキングオーガだが、そのキングオーガ自身は初めの位置から全く動いていないようだった。


「舐めやがって……」


 後ろから耳に入ったのは、聞いたことのある声色からの、聞いたことのない口調。

 しばらく息を整えて戻ってきた、カケルさんのものだ。


「一度態勢を整えましょう」


 このままではいけない、と思った俺は振り向きざまにカケルさんにそう呼び掛ける。

 俺はカケルさんとそのすぐ後ろにいたヒカリさんが頷くのを確認して、一気にキングオーガの間合いから離脱する。


(やっぱり……)


 カケルさんとヒカリさんと3人で走り辿り着いたのは、つい先程俺がジェネラルオーガと戦っていたエリア。

 俺の予想通り、キングオーガはこちらを追うことなく、変わらぬ位置で悠々と我々を待ち構えている。


「どうしたものか……」


 どこかから、誰かの心の声が漏れ出るのが聞こえた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る