第53話

「ちょっと待って。」

「カケルさん?」


 扉の前で待機していたカケルさんに合流し、いざ扉に手をかけようというタイミング。

 気合いを入れていざボス戦に挑もうというところで、突然カケルさんが立ち止まって、そう言った。


「聞いて欲しいことがあるんだけど……」

「聞いて欲しいこと?」


 カケルさんの言葉に、訝しげな表情で返事をするミサキさん。

 カケルさんの声音は先ほどの勢いのある掛け声とは異なる、それはもう自信なさげなものだった。


(ん……?)


 違和感のある呼びかけに、俺の頭の中ではたくさんのクエスチョンマークが漂っている。

 返事をしたミサキさんもきっと俺と同じ気持ちだろう。


「このタイミングで言うことじゃないのは分かってるけど作戦の変更を提案したいんだ。」

「え……?」


(作戦の変更……?)


 耳を疑うというのは正にこのことかもしれない。

 何気ない感じで言ってのけたカケルさんだが、その内容は俺にとって衝撃的で理解しがたいものだった。


(他のメンバーは?)


 俺は目線だけを動かして他のメンバーの様子をチラリと確認する。

 まず俺が気になったのはカケルさんと俺以外の反応。俺が加入する前に考えられた作戦、何らかの理由で共有されていなかった作戦、色々な可能性が考えられなくはないからだ。


(いや、やっぱり……)


 唯一反応したミサキさんに、俺の両隣で佇むヒカリさんと茜ちゃん。

 表情を見ても、ずしりと重りを載せられたように、固まって返事すらすることができない様子である。


(当然のことだと思うけど……)


 今回の作戦はつい先程カケルさん主導で作戦会議を行い、カケルさんが最終決定をしたもの。その張本人が、なおかつこのタイミングで作戦変更をしたいと言っているのだ。

 有り体に他のメンバーの気持ちを代弁するならば、カケルさんは何を言っているんだ、というところだろう。


「皆の気持ちは分かる。だけどずっと考えていたことだから……」

「きもちなんて分かってない!」


 他のメンバーの表情を見て思った以上に理解を得られていないと思ったのか、弁明するように言ったカケルさん。

 その言葉を遮るようにして、茜ちゃんが感情的に声を上げた。


 ただでさえ精神的に不安定なメンバーを抱える中で、一つに纏まってようやくボス戦に挑もうというタイミング。

 何も言っていないだけで俺も、そしてミサキさんもヒカリさんも、茜ちゃんと同じ気持ちだ。


「……とりあえず作戦を聞かせてください。」


 茜ちゃんの反応を見て困った顔をしたカケルさんに、ヒカリさんがそう声をかけた。

 いつも通りの冷静な表情に戻っているヒカリさんは、どうやら一番最初に我に返ることができたらしい。


「僕が思うにさっき決めた作戦は、たらればが多い作戦だ。」


 ヒカリさんに促されたカケルさんは一人ひとりの顔をゆっくりと見回した後、今度はいつものような真剣な表情で話し始めた。

 作戦変更の提案を切り出したときの弱々しい顔と、作戦を話し出したときの優しげでいて強気ないつもの顔。正直俺には、今のカケルさんが冷静でいるのかということが分からなかった。


 (とりあえず聞いてみるしかないか……。)


「キングオーガの攻撃を陽向くんが一人で耐え、ジェネラルオーガと戦う他のメンバーの加勢を待つという受け身の作戦。どこか1つ綻びが生まれることで作戦は崩壊してしまう。」

「……それは承知の上で決めた作戦でしょ?」


 険しい表情でそう反応するミサキさん。

 作戦立案の段階でカケルさんのいう可能性を考慮していない訳がなく、俺たちがカケルさんに対して言いたいことは全て彼女の反論に集約されている。


「そうだね。だけどここで僕が発言したのはもっと安全な策を思い付いたから。キングオーガは僕が引き付けて、その間に君たち4人でジェネラルオーガ3体を倒してもらいたいんだ。」

「……え?」


 4人の口からほぼ同時に、先ほどよりも低い声で飛び出した疑問の声。

 俺がキングオーガを担当するという事前に決められた役割分担を根本から覆すものなのだがら、当然の反応といえるだろう。


(……どう返すのが正解なのか。)


 作戦会議では遠慮なく積極的に発言するようにしていた俺だが、今回に関しては何を言うべきかさっぱり思い付かない。


「前回の失敗を忘れた訳ではないのよね。」


 そんな中、俺には到底言いづらいことをズバリと言ってのけたミサキさん。

 そこまで直接的ではないものの、似たようなことを思っていた俺としては良く聞いてくれたという気持ちだ。


 確かにミサキさんの言う通り、前回の撤退はカケルさんの不注意によるところが大きかったはずで、その辺は是非確認しておきたいところだったのだ。


「もちろん。前回は油断があったと自覚しているよ。だけど今回は油断はしないしキングオーガの攻撃パターンも実際にこの目で見て予習済みだ。その点でも陽向くんよりイメージしやすいだろう?」

「それはそうかもしれないけど……」


 思ったよりもまともな返答を貰って、ミサキさんは一気に語気を弱める。

 俺たちはカケルさんの言葉を噛み砕くようにして考えにふけり、辺りには再び無言の空間が漂い始めた。


(どうしたものか……)

 

 頭を空っぽにして考えればカケルさんの提案は俺にとって悪いものではない。

 ジェネラルオーガはここより前の階層で、すでに単独撃破の経験がある相手だ。自信があるとはいっても不安要素の残っているキングオーガの相手をするよりも、ジェネラルオーガを相手にする方が気持ち的に楽であるのは間違いない。


 それに加えてカケルさんの言うことも一理ある。

 話を聞いただけでほぼ初見で挑む俺に対して、カケルさんは一度キングオーガの戦いぶりをその目で確認することができている。

 初見か、そうでないかで大きな違いが生まれることは言うまでもないだろう。


 ただそれでいいのだろうか。

 信頼してほしいという気持ちなのか、ここで譲るわけにはいかないというプライドなのか、はたまたカケルさんに対する不安なのか。

 とにかくいくら考えてもカケルさんの提案を素直に受け入れられるだけの余裕が、今の俺にはないようだった。


「分かったわ。」

「え?ミサキさん?」


 そう頭の中で考えを纏めたところで、渋い表情で頭を抱えるように考えていたミサキさんがハッキリとした声で了承の返事を唱えた。

 思わず名前を呼んでしまった俺や茜ちゃんが何か言おうとするのを静止し、陽向くんには申し訳ないけど……、ミサキさんはそう断りを入れた上でこう続ける。


「リーダーのカケルがここまで自分の意見を押し通そうとしたことはないから。」


(……なるほど。)


 その一言で俺はミサキさんの言わんとすることをある程度理解することができた。


 我々ダンジョンゲーマーズは人気拠点専属の能力者パーティー。

 冷静に考えてみて、今回も第20階層の攻略に失敗するとなると厳しいものがある。

 もちろんそれは会社専属という立場で考えてみても、そもそもパーティーとして成り立つのかという観点で考えてみても、だ。


 そんな今だからこそ、カリスマ性で皆を引っ張るのではなく、意見を聞きながら緩く纏め上げてきたリーダーのカケルさんの意見を通したい。

 ミサキさんが言いたいのは、そういうことなのだろう。


(俺には何も言えない……)


 正直納得できない部分もあるが、ミサキさんがカケルさんの提案に同意すると言った以上、この場では覆ることはないだろう。

 そもそもどちらの作戦でもある程度のリスクは存在しており、自分の感情を抜きに考えれば、どちらの作戦がより適切かはちょうど判断が難しいところなのだ。


「陽向くんが役不足ということではないはず。カケル、そうでしょ?」

「もちろん。今回はより可能性が高い作戦を選択したい、それだけのことさ。」


 納得いかない表情をしているだろう俺のフォローをしようと、カケルさんに話を振ってくれたミサキさん。

 いまいちフォローにならないカケルさんの返答を聞いて、思わず苦い顔をしている。


「……カケル。勘違いだけはしないで。カケルなら分かるでしょ?」

「……あぁ。」


 釘を刺すように、少し怒気さえ帯びた声音で言ったミサキさん。

 パーティーの未来を考えられているミサキさんだからこそ、ここで失敗するわけにはいかないという強い覚悟を感じられる言葉だった。


「よし、行こうか。」


 一人ひとりを見回した後、カケルさんが扉の方に向き直り、再び取手に手をかけた。


(いよいよか……)


 急な作戦変更になったが、俺としては気を引き締めて目の前の相手に挑むだけ。こういうときにネガティブにならずに気持ちを切り替えられることは、俺の取り柄といえるところなのだ。

 カケルさんの扉を開くギーッという低い音が木霊し、徐々にボス部屋の全容が見えてくる。


「やっぱり初めから、のようだね。」


 扉を開けて取手から手を離したカケルさんが、小さな声で呟いた。

 ここ数分の濃いやり取りで忘れそうになるが、そもそも作戦が変更になった元凶は階層がリセットされていたことなのだ。


「正面を陽向くん、左をミサキ、右をヒカリで頼む。」

「「「了解っ」」」


 キングオーガ1体、ジェネラルオーガ3体の陣容は先ほど聞いた通りのもの。

 カケルさんの言葉を合図にして、ボス部屋の各々の目標に向かって走り始める。

 俺が受け持つのは正面のジェネラルオーガだ。


「頼んだよ、陽向くん!」


 声をかけてきたのは並走していたカケルさん。

 カケルさんは更に奥のキングオーガを担当するため、途中まで一緒に進むことになっている。

 俺がジェネラルオーガの気を引いているうちにキングオーガの下に向かうという算段なのだ。


 すでに数度戦ったことのあるジェネラルオーガの奥に、チラチラと見える巨大なシルエット。

 少し離れたこの場所でも感じる圧は闘気とでもいうのだろうか。

 体長は3メートルほどで第10階層のボスであるキングオークとそこまで変わらないが、般若のような厳つい見た目も相まって、凄まじい迫力を感じ取ることができる。


(いや、とりあえず俺はこっちに集中しないと。)


 少しキングオーガに気を取られているうちに、ジェネラルオーガとの交戦距離まであと少しというところまで近付いてきている。


 すでにジェネラルオーガは立派な大剣を構えて臨戦態勢。

 直前まで戦う予定だったキングオーガも気になるところであるが、目の前のジェネラルオーガも当然油断できる相手ではない。


「行きます!」


 気合いを入れるように声に出して唱え、少し後方で待機するように静止したカケルさんに目線で合図する。

 左手にまだ少し違和感のある新しい剣を持ち、右手を前に出して『全てを守る壁』を展開。


 これで準備万端。

 いざ、第20階層攻略のスタートだ。


−−−−−−


☆作者より☆


 久しぶりの投稿です!

 旧作から加筆修正を行って更新してきた本作ですが、いよいよ本話より完全新規の話となります。


 遅筆でお待たせすることもありますが、執筆のモチベーションになるので、この機会に是非フォローや評価をお願いします!

 引き続きよろしくお願いします!

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