第52話

 カケルさんがボス戦に挑むことを決断した後のダンジョンゲーマーズの動きは、驚くほどに早かった。

 もちろんキングオーガが徘徊している可能性を警戒して、諸々をなるべく早く終わらせる必要があったことは間違いない。

 だが、それにしても何事も即座に行動に移せるというのはダンジョンゲーマーズが優秀であるからだと俺自身は強く確信しているところである。


 まず最初に行われたのは、簡易的な作戦会議であった。


「なるべく時間はかけたくないけど、作戦は慎重に考えよう。遠慮せずにどんどん案を出してくれ。」


 カケルさんの言葉を合図に、俺も含めた5人が次々と意見を出し合っていく。

 ダンジョンゲーマーズの行動方針における最終的な決定権はリーダーであるカケルさんにあるが、決してワンマンパーティーというわけではない。お互いの意見を尊重し最良の選択ができるように議論を重ねるのが、このパーティーの基本方針なのだ。


 これまでは遠慮するところがあった俺だが、今回は全くそうも言ってはいられない状況だ。これまでの遠慮の気持ちをどうにか心の奥底に押し込み、気になったことや気付いたことはすぐに言葉にするようにした。

 ここまでの戦いは他の4人のフォローがあればまず負けないという戦いばかりだったが、今回はこの4人が直近で敗北している戦い。俺のちょっとした遠慮心がパーティーメンバー全員の身の危険を冒しかねないのだ。


 そんな中、いつもより短い10分ほどで行われた会議で決められた作戦は、マスターを含めた5人で戦った前回とは根本的な部分が異なるものになった。


 前回は前にも教えてもらった通り、最序盤にジェネラルオーガ3体のうち1体をヒカリさんが誘きだして、茜ちゃんの魔法で倒しきることができ、そのおかげでボスであるキングオーガに人数を割くことができたという。


 だが今回この作戦は、はなから実行しない。

 いや、正確には実行できないと言った方が正しいだろうか。


「茜はジョーカーとして動かすことにしよう。」


 カケルさんの言葉に茜ちゃんは渋々と、俺を含めた他の3人は大きく頷く。何度も言うようだがマスターが不在かつ俺が新加入したこと以外で、前回と大きく変わったことは茜ちゃんの状態が万全ではないことだ。

 本来の力が発揮できる状態であれば前回のように序盤で魔力消費の多い魔法を使うという作戦も検討するのだろうが、今の茜ちゃんはそうではない。

 基本的にキングオーガの討伐に挑むとしても何かあったときに脱出の助けになり得る茜ちゃんの魔力は、なるべく温存しておきたいというのが全員の意向だ。


「分かったわ。今回茜は完全に後方支援に回らせるのね。」

「そういうことになるかな。」

「となると自動的に……」

「そうだね。陽向くんがキングオーガ、そしてミサキにヒカリ、それに僕がジェネラルオーガを一体ずつ担当するしかない。」


 前回の作戦を用いずに茜ちゃんが後方支援に回るなら、残りの4人は自動的に一人一体ずつ魔物を引き受けることになる。


(ミサキさん……)


 ジェネラルオーガを担当することが決まり、一瞬不安そうな表情を見せたミサキさん。ジェネラルオーガを1人で担当すること自体は元の作戦と変わっていないが、茜ちゃんが単独で全員のサポートをすることになった以上、一人ひとりの負担は間違いなく大きくなっている。

 そもそもミサキさんの飛行魔法は攻撃手段を槍に依存しており、強力な魔物と一対一で対面するには物足りないサポート向きの能力。ミサキさんが不安に思うのも仕方のないことだろう。


「ミサキが心配する必要はありません。すぐに片付けて私が加勢に向かいますから。」

「ありがとう、ヒカリ。」


 そう言って鼓舞するようにミサキさんの左肩に置かれたヒカリさんの手。ミサキさんは戸惑いつつも、自分の右手をそっとミサキさんの手の上に重ねる。

 ここ一週間でかなり印象の変わったヒカリさん。意外にもと言うべきかやはりと言うべきか、このタイミングで真っ先に声をかけたのもヒカリさんだった。

 カケルさんがこの光景を見て頷いているところを見ると、もしかすると今の状況も特段珍しいものではないのかもしれない。


「何か聞いておきたいことはあるかな?」


 カケルさんが皆に問いかけてからしばらく黙り込む。

 今回の作戦は目の前の敵を倒し、倒せたらそのまま他のメンバーのサポートに回るという、これまで以上にシンプルなもの。

 シンプルであるために各自やるべきことがしっかりと定まっており、俺としても自分にサポートが辿り着くまで、ひたすら耐え抜くのみである。


「うん。大丈夫そうなら15分ほど休憩にしよう。各自座るなり補給するなり自由にしてくれ。」


 誰からも質問が出ないのを見て、カケルさんが一度解散を告げる。状況は大きく変わったが、予定していた通りの休憩の時間だ。



「本当に大丈夫なのよね?」


 作戦会議が終わりボス戦に挑むまでの少しの間、扉の脇の壁にもたれかかるようにして黙想して座り込んでいた俺に、ミサキさんが心配そうな声音で話しかけてきた。

 精神統一をしている風で座っていた俺だが、単純に緊張を抑えるために目を瞑ってみただけである。


 俺の内心に気付かれることはないと思うが、なぜか急に恥ずかしくなって、少し動揺した気持ちを抑えながら俺を窺うように見つめているミサキさんにこう返事をする。


「任せてください、ミサキさん。一対一であればいくらでも耐えきる自信はありますから。」

「そうだけど……。」


 自信ありげな俺の返答を受けてもミサキさんの不安そうな顔は晴れず、ミサキさんはそのまま俺の表情を窺うようにして見続ける。

 俺の言葉は本心からのものだが、全く心配事がない訳ではない。もちろんミサキさんが端にいた俺にわざわざ声をかけてきたのも自分の不安を晴らしたいということよりも、その辺を理解してのことだろう。


(あれをどう対策するか……)


 作戦会議でも話題に出たことだが、俺が一番注意すべきなのは前回撤退するきっかけにもなってしまったキングオーガの魔法。それに対応する方法を今になっても思い付いていないというのが一番の心配事なのだ。


(魔法も正面で受けられれば問題ないのだが……)


 そもそも『全てを守る壁』は、正面で攻撃を受け続ける限り打ち破られることはないはずの能力。

 俺としては1対1かつ、壁を相手の動きに合わせて動かすことができるような相手だと、相手の強さは問わないとまで思っているほどである。


 しかし、言い換えれば想定外の攻撃や、同時攻撃、視界外からの攻撃には弱い部分があるということ。

 基本は手に持った武器で戦うキングオーガだが、いつ魔法を使ってくるかは相手次第。前回は途中まで魔法を温存し、優位になったタイミングで切り札的に使ったところから、キングオーガがある程度の知能を持っていることも分かる。

 他の戦っているメンバーにターゲットが移らないようにするためにも、不意打ち、同時攻撃、目をそらした隙など、戦闘中に油断することがないように常に集中しながら戦う必要があるのだ。


「もちろん色々考えてはあります。弱い魔法なら問題なく対処できるでしょうし、強い魔法であるならあるほど発動までの時間や予備動作で考える時間が生まれるはずですから。」

「確かにそれはそうかも……。だけど私が思うに大きい魔法はあまり警戒する必要がないはずよ。もともと魔法を使うと思っていなかった種族だし魔法への親和性はそれほど高くないはずだから。」

「……なるほど。確かにそれなら心配しすぎるのも良くないかもしれませんね。」


 俺はミサキさんの言葉に頷きながら答えた。

 この遺跡型に登場してきたゴブリン、オーク、オーガは、魔法より武器を使っての肉弾戦を得意とする種族。例外として魔法を使えるように進化したタイプや上位種は魔法を使うこともあったが、それも決して強い魔法ではない。


 ダンジョン界隈では、全ての魔法を使える種族は進化するにつれて使う魔法も強くなっていくことが常識である。

 オーガという種族はキングオーガ以外一切の魔法を使ってこなかった脳筋よりの種族であり、知識と照らし合わせるとミサキさんの言ったことは理にかなっている。


 しかしその反面、これこそが考え事が増えている原因でもあった。 キングオーガ以外のオーガが魔法を使わないということは、オーガの使う基本属性というものが存在しないということでもある。

 カケルさんによると怪我を負ったのは風魔法によるものだったようだが、第3階層のボス、ゴブリンジェネラルの持つ武器が異なるように、キングオーガの使う魔法の属性も異なると思っていた方がいいだろう。


「まぁともかく、俺に任せてください。なるべく早く手助けしてもらえると助かりますけど……!」


 これ以上ミサキさんとの会話を続けては心配事を増やしてしまうだけだと思った俺は、真剣な表情を一変させ、おどけるようにして、しかしながら声音は真剣なまま、そう言った。


「……それはもちろん!」


 俺の言葉に一瞬驚いたような顔をしたミサキさんだったが、俺の意図を汲みとってくれたのか、いつも通りの笑顔で明るく答えてくれた。

 そのままミサキさんはなぜか少しだけ照れたような顔をして、思い思いに休憩を取りながら準備を進めている他の3人のもとへ戻って行く。


 茜ちゃんにちょっとだけ赤くなった顔を指摘されたのか、笑いながら怒ったような表情を見せて軽く茜ちゃんの頭をはたくミサキさん。

 はたかれたまま頭の上に置かれ続けたミサキさんの手を嫌がりながらも、払おうとはせずまんざらでもない感じでなでられ続ける茜ちゃん。


 自分の武器を予備も含めて全て取り出し、じっくりと最終確認をしているヒカリさん。


 そしてその光景を横目で眺めて、頷きながら3人に気付かれないように笑うカケルさん。


(ダンジョンゲーマーズはやっぱり『家族』だ。)


「さぁ、そろそろ行こうか。」


 カケルさんが合図をかけ、皆の顔が一気に引き締まる。

 俺にとっては間違いなくこれまで戦ってきた魔物の中で一番強い相手。

 キングオーガ戦が、いよいよ幕を開ける。


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『妹のヒモ』だけど文句ある?〜ダンジョンが現れた世界で『妹のヒモ』と呼ばれた男が覚醒して成り上がる〜 諏維 @indigo-999

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