第51話
攻略拠点を出発してから約2時間後。
俺たちは遺跡型までの道のりと第19階層を予定通り攻略し、目の前の階段を降りれば今日の目的地である第20階層というところまで辿り着いた。
19階に入るときは4人ともさすがに辛そうな表情をしていたが、それ以外のここまでの道のりは順調そのもの。魔力の消費も少ないまま体は程よく温まっており、キングオーガ戦に向けて正に万全の状態であるといえるだろう。
心配していたそれぞれの精神状態についても、いざダンジョンの中を進み始めると全員普段の調子を取り戻すことができている。緊張がなくなったわけではないが、警戒しながら雑談も交わしており、パーティーの空気感はかなり良いものだった。
「さぁ、そろそろだ。そこまで疲れてないと思うけど事前に決めていた通り全員で一度休憩をとるからね。」
他の4人と違い完全に初見である俺は、とりあえず指示に従うことを意識して進んでいる。
警戒を緩めるわけではないが、先頭を務めるミサキさんの索敵はほとんど外れることがないため、ダンジョン内であっても突然のリポップなどの緊急事態以外は想定する必要がないのだ。
「さぁ行こうか。」
カケルさんの合図で、俺たちは1列になって第20階層へと続く階段を降り始める。
コツコツという階段を降りる音が反響して響き渡り、俺はボス戦がすぐそこに迫っているということを少しずつ実感する。
装飾の豪華さに違いはあれど、この遺跡型ダンジョンは基本的な作りがどの階層も同じ。
この階段の先には、茜ちゃんの魔力水晶によってふさがれたボス部屋の扉が見える、……はずだった。
「あれ?」
一番先頭でパーティーを率いるミサキさんが、先ほどまでのトーンとは全く違う低い声で呟き、そのまま立ち止まる。
「どうした、ミサキ?」
これまでに聞いたことのないにミサキさんの声に驚いたのか、すぐに隊列の3番目にいたカケルさんが声をかけた。
慌てるようにしてミサキさんの横に並ぶように他の4人も続いて進むと、想像とは違う光景が俺の視界に飛び込んできた。
(……え?)
溢れ出してきたのは困惑。
ミサキさんの言葉通りのものが俺の心の中を徐々に満たして行く。
「そんな、ありえない……。」
茜ちゃんの口から思わずといった感じで言葉が漏れ出る。
5人の目に映ったのは、閉じられたままの扉。赤を基調として豪華に装飾された扉が、非情にも静かに堂々と視界を埋め尽くしている。
「……どういうことなんだ。」
しばらくシンとしていた階段にカケルさんの震えた声が響き渡る。
何度目を凝らして見ても、事前に聞いていた扉を塞いでいるはずの茜ちゃんの魔力水晶は見る影もない。
「とりあえず進もうか……。」
数秒の間衝撃で固まっていた俺たちだったが、カケルさんの呼び声で我に返り、隊列を若干崩しながらも残りの階段をゆっくりと降りる。
先ほどまで第20階層の攻略に向けて高揚しつつあった雰囲気とは打って変わり、皆がひたすらに無言の空間が続く。
(攻略はどうするんだ?)
ここ数日考えてきた作戦が根本から覆る事態とあって、俺を含めたダンジョンゲーマーズの足取りは自然と重くなっていた。
目に入ってくる固められた土や階段脇の簡単な装飾の施された壁が、いつもよりも無機質なものに思えるのも仕方のないことだろう。
時間がいつもよりもゆっくり進んでいるように感じながらもしばらく歩き、扉の目の前に辿り着く。
第20階層の扉は、色彩豊かで貴金属による装飾も施されており、今まで見たどのボス部屋の扉よりも豪華である。
(とはいえ……)
当然近付いても魔力水晶が消えて扉が閉まっているという事実に変わりなく、どこからともなく誰かのため息が聞こえてくるようだった。
(本当に何があったのか……)
寂しげに感じる豪華な扉の前で少しの間立ちすくんでいた俺たちだったが、自然とカケルさんを中心に輪になるようにして、ボス部屋前の少し広くなったスペースに集まる。
(予定ではここでボス戦に備えて少し休憩するだけだったはずだけど時間がかかりそうだ。)
予想外の展開に先ほどまでは余裕そうに汗すらかかずにいた俺以外の4人は、より茜ちゃんの魔法についての理解が深いこともあってか、一転して冷や汗と思われる汗をじわりと額に流している。
「皆びっくりしているだろうがそれは僕も同じだ。そうだな……。茜、見た感じから理由を解明することは出来そうか?」
「……わからないよ。これまでは一度もこわされたことなんてなかったんだから。」
カケルさんから声をかけられると非を責められたと思ったのか、茜ちゃんは泣きそうな表情になり、一方のカケルさんは慌てた表情を見せた。
すぐ隣にいた俺はフォローするように茜ちゃんの頭を優しくなでる。
(茜ちゃん……)
涙を何とかこらえるように強く目を瞑る茜ちゃん。
もちろんカケルさんにそのつもりはなかったのだろうが、相変わらずの姿で精神も見た目に引っ張られがちな茜ちゃんの精神状態は予想以上に不安定になっているようだった。
言葉選びに少し考え込むような仕草を見せたカケルさんを見かねてか、隣に立つミサキさんが即座にフォローする。
「痕跡が残っていないから理由の解明は難しいわね。ただ想定できるのは2つだけ。中からキングオーガが打ち破ったか、外から能力者が破壊したか。」
ミサキさんの言う通り、この階層自体完全にリセットがかかっており、ここから見る限りは地面にも扉にも一切の痕跡が残っていない。
このタイプのダンジョンにはとても強い復元力があり、壁や地面に傷がついたり抉られたりすると数分のうちに元通りになる。
ボス部屋も同じで、ボスが討伐、もしくは部屋の外に飛び出すと全てリセットされてしまうのだ。
そうなるとやはり想定できるのは人為的なものか、魔物によるものかの二択だが、問題はどちらなのかがここでは判断できないということだろう。
「カケルさん。もしキングオーガが魔力水晶を破壊して外に出ているのならこの周辺も安全とは言えないんじゃないですか?」
「……確かに陽向くんの言う通りだね。強くなったキングオーガが徘徊しているとしたら態勢を整えずに戦うのは危険だ。早く方針を決めないと……。」
そう言ってカケルさんはしばらく考え込んだ後、俺たちの方を見てこう付け加えた。
「正直僕だけでは判断が難しい。皆の意見をくれ。」
恐らく皆が一番恐れているのは、不利な状態でキングオーガと接敵することだった。
数的には1対5と有利だが、魔力水晶を壊せるほどの力を持っているとなれば、進化したか、でなくとも相当に強くなっていることは間違いなく、もし戦うにしても少しでも不安要素を消しておきたいはずだ。
この場所は一方通行でボス部屋に入るしか退路がなく、もし襲われたらかなりまずい状況になることが予想された。
(いくつか選択肢はありそうだけど、どれも茨の道に思えてしまう。)
ソロ経験がある程度あり、常に考えながら攻略を進めてきた俺の頭には色々な可能性と選択肢が浮かんでは消え浮かんでは消え、を繰り返していた。
これから俺たちのとれる選択肢は三つ。
このまま進むか、退くか、あるいは徘徊しているかもしれないキングオーガを探すか、だ。
「難しい選択ね……。最寄りの攻略拠点を担当する能力者という立場からするとダンジョンの安全のためにもキングオーガが徘徊しているかいないかの確認はしないといけないわ。幸い食料もポーションも十分に持ってきているし今からでもできなくはないけど。」
そう言い切ってからミサキさんは渋い顔をする。
ミサキさんもきっと、強化版キングオーガと戦っても必ず勝てるという保証はないことが分かっているのだろう。
「ミサキ、この際立場とかプライドは捨ててしまっていい気がするんだ。それよりも正直に言えば僕はもうメンバーを誰一人として失いたくない。皆の命を預かるリーダーとして一番安全な策を選択したい。だからキングオーガを探すのはなしにしよう。」
カケルさんの言葉は迷いのない真っ直ぐな言葉だった。ミサキさんの提案は能力者の責任を考えてのものだが、実際に提案者のミサキさんもホッとした表情を浮かべている通り感情的には積極的に選びたい選択肢ではない。
「問題はこのまま進んでボスと戦うのか、それとも撤退するのか……。」
直前の語調とは異なり、カケルさんの尻すぼみしていく言葉に対して4人の顔に共通して浮かぶのは躊躇いの表情だ。
(4人の判断に任せたいところだけど……)
今頃4人の脳裏には、攻略に失敗した前回の苦い記憶が蘇っていることだろう。
ボス部屋がリセットされているということは、前回と同じように完全な状態の敵と再戦するということになるのだ。
「カケルも分かっているとは思いますが進むのも退くのも簡単なことではありませんよ。」
話が膠着しつつあるのを見かねてか、ヒカリさんが珍しく発言する。
進むのが難しいというのは分かりきったことだが、退くのが簡単ではないというのはヒカリさんらしい独特な表現だ。
たった今降った階段を戻って再び第19階層を攻略すれば、ポータルを通って入口までひとっ飛びで簡単に退くことができる。
つまりヒカリさんの言う簡単でない理由は、退くという事実が残ることでただでさえ良いイメージのない第20階層の攻略が、より一層遠のいてしまうという感情的な部分についてのものだろう。
(俺も発言するべきなのだろうか……)
話が完全に膠着したところで、ここまで話の成り行きをなるべく発言せずに見守っていた俺は、思った以上に話が進まない現状にどうするべきか悩んでいた。
実際にボスと戦った経験があるわけでもなく、能力者としての経験もほとんどないといっていい俺は、こういった話し合いではこれまでも発言を躊躇してしまうところがあった。
今回についても話が膠着して経験豊富な4人が迷いに迷っているという現状の中で、俺の意見がパーティーの決定を左右するものになるかもしれないという予感すらあり、どうしても発言に尻込みしてしまうのだ。
迷いながらも、ただただ発言せずに見合っている4人をぐるりと見渡すと、左隣のヒカリさんと不意に目が合った。
いや、合ってしまったという方が正しいだろうか。
ヒカリさんの強く、何かを訴えかけるような視線。
よくよく見てみると他の3人の焦ったような表情とは違い、ヒカリさんの表情はいつも通りで、むしろいつもに増して冷静さを感じられるようである。
(どうしようか……)
言葉はなくとも、俺はヒカリさんの鋭い目線が何を訴えかけているのか気付いてしまう。
思えばちょうど一週間前、2人だけ残ったホームでヒカリさんと話したこと。今の状況は正に判断力に鋭さがないという彼女の予感通りの状況だ。
(ダンジョンゲーマーズは自信を失いつつあるんだ。)
こういう難しい状況になって初めてヒカリさんの言っていたことが真に理解できたような気がした。
進むのも退くのも迷ってしまうのは、ハルカさんを失ったこと、そして前回の攻略で失敗してしまったことがきっかけで、何が最善なのかが分からなくなっているのだろう。
(俺にできることは何だろうか。)
依然ヒカリさんからの強い視線を感じつつも、俺はしばらく考え、そしてこう発言する。
「カケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、そして茜ちゃん。ボス部屋に進みましょう。」
「陽向くん……?」
これまでほとんど発言して来なかった俺の言葉に、ミサキさんが戸惑ったような声で俺の名前を呼んだ。俺は呼びかけに反応せず、そのまま言葉を続ける。
「キングオーガなら心配はいりません。俺の能力を、いや、俺を信じてください。」
「よし、分かった。」
更に続けようとした俺を遮って、カケルさんが決意を固めたような声でそう答えた。
ミサキさんと茜ちゃんは簡単にカケルさんが返事をしたことに一瞬唖然とした表情を見せたが、首を何度か素早く横に振った後、今度は首を縦に動かして大きくゆっくりと頷く。
(……やっぱりカケルさんも待っていたのかな。)
改めてカケルさんを見ると、強烈に引き付けられるようないつも通りの強い瞳が戻ってきている。
ヒカリさんが俺に発言を促したのも、それを受けて俺が発言したのも、気付かないうちにこんな展開を予感していたからだろうか。
即答したことや表情から考えると、迷いながらもカケルさんの内心ではすでに決まっていたのかもしれない。そう俺は思い始めていた。
こうしてダンジョンゲーマーズは一悶着ありつつも、予定通り第20階層のボス、キングオーガに挑むことを決めたのである。
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