第49話

【11月第1週日曜ダンジョンゲーマーズホーム前】


 あの激動ともいえる日からちょうど一週間がたった。

 一週間がたったということは、いよいよ今日がダンジョンゲーマーズの本職であるダンジョン攻略、第20階層のボスであるキングオーガに挑む日になったということだ。


 ハルカさんの話を聞いた日の翌日から、つまりは月曜日から金曜日までダンジョンゲーマーズは夕方に集まり、夜から深夜にかけて5人でオーガとひたすら戦い続けて経験を積んだ。

 今日の本番に備えて昨日は久々の休日となったが、体に疲れは一切残っておらず、むしろ絶好調といった感じであった。

 家にいる間もダンジョンに行きたくてうずうずしていたのだが、リーダーであるカケルさんから休むようにとの厳命があったため、家で大人しく一日中まったり過ごしていたのだ。


 そして今の時刻は午前11時。

 集合時間は12時と伝えられているが、集合時間の一時間ほど前に着いておくというのが俺の中の最近のルーティーン。


 ここ一週間で一層冷え込んだためにポケットにしまった手を外に出し、指紋の認証と顔の認証を済ませてから扉をくぐり中に入る。

 集合時間のだいぶ前ということもあり恐らく誰もいないはずだが、一番の後輩として誰も居なくてもとりあえず挨拶をするというのが俺の中での決まり事だ。


「おはようございます!」

 

(あれ?)

 

 ここ数日とは違い、意外にも部屋の電気がついている。

 俺以外に早く来るとすればヒカリさんかなとも思ったが、俺の挨拶に対して返ってきたのは意外な人の声であった。


「陽向くん、おはようございますの時間は過ぎてるんじゃない?……何だか久しぶりに陽向くんと話す気がするわ。」

「セイラさん!確かにちゃんと話すのは久しぶりかもしれないですね。今日はどうされたんですか?」


 そう、奥から顔を見せたのはソロ時代の一番の相談相手ともいえる受付嬢のセイラさん。

 ダンジョンゲーマーズのサポートを務めていると聞いたが、この部屋で姿を見たのはカケルさん達と顔合わせした時以来2回目である。

 何度か軽く言葉を交わすことはあったものの、こうしてちゃんとした場所でというのは、確かに彼女の言う通り久しぶりのことだった。


「この前まであんなに色々話してくれていたのに全然連絡くれないじゃない。お姉さん寂しいわ。」


 言葉とは裏腹に、全然寂しくなさそうな表情のセイラさん。


「い、いや……俺もいろいろバタバタしていて。話したいことはたくさんあったんですけど。」

「フフッ、もちろん冗談よ。単純に私が陽向くんのことが心配で話を聞きたかっただけ。陽向くんなら集合時間より早く、一番乗りで来ると思ったけど予想通りね。」


 珍しくセイラさんは私服でも受付嬢としての制服でもなく、これまでに一度も見たことのないスーツ姿。

 仕事中であったが、どうやら他の人に受付を任せてわざわざ抜け出してきてくれたらしい。


(まるで昔に戻ったみたいだ……。)


 思えばセイラさんとは、人気の少ない時間帯の受付でこうした何気ない会話を何度も交わしたものだった。

 前のようにセイラさんにからかわれつつも、気軽に話すことができることを俺は懐かしく思っていた。


「コーヒーを入れておいたわ。陽向くんはいつも通りブラックでいいかしら?」

「セイラさん、イジワル言わないでくださいよ。ミルクも一緒にお願いします。」

「ここでは陽向くん、ブラックを飲んでるんだって?意外と情報は筒抜けなのよ。」


 笑いながらセイラさんがコーヒーマシンから、あらかじめ用意されていた白いカップにコーヒーを注ぐ。


 一方の俺は渋い顔。

 つい先日、ここでヒカリさんがコーヒーを入れてくれブラックでいいか聞かれた際に、大丈夫ですと答えてしまってから、この部屋でコーヒーを飲む際はブラックを飲み続けていた。


 部屋に漂うコーヒーの香りが次第に強まっていく。

 もちろんセイラさんの注ぐマシンからの香りもあるが、マスターの喫茶店の真横ということもあってこの部屋の中には常にコーヒーの香りが漂い続けているのだ。


 喫茶店が真横にあるとはいえ、さすがに毎度忙しいマスターにコーヒーを持ってきてもらうことは出来ない。

 そのため、せめてものということで部屋の隅には普通の家では見かけないようなお高いコーヒーマシンが設置してあり、いつでもそれを飲むことができるようになっている。


「見栄なんか張らなきゃいいのに。」

「見栄じゃないですよ。反射的に答えてしまっただけで……。」


 セイラさんの言葉は正に図星だったが、認めてしまうのを何だか悔しく感じた俺は、理由をこじつけ反論する。

 セイラさんも分かっているのだろう、特にそれ以上言及することなく、俺のカップにミルクを注いだ後、自分のカップにコーヒーと砂糖を入れ、俺の座る前の席へとやって来た。

 そう言うセイラさんもブラックは苦手で、かなり砂糖を入れる派である。


「緊張してるかと思ったけど良い表情ね。何かいいことでもあったの?」

「そうなんです。実は今日の朝、雪から連絡があって。どうやら短時間ではありますが補給のために一度本部に立ち寄ったようなんです。」

「なるほど雪ちゃんから。それは私も嬉しいわ。」


 雪と親友であるセイラさんが詳細を知りたがったために、俺は内容をかいつまんで話す。

 特に機密になるようなこともない、気軽な内容だ。


「新エリアの攻略はまだまだ先なんだ。かなり時間をかけて慎重に挑むようね。」


 雪の話では、前倒しで攻略を開始した割には攻略のスピードはかなり遅いとのことだった。

 出発から一週間たった現時点でも、新エリアに足を踏み入れることなく、攻略済みのエリアで魔物狩りに勤しんでいるらしい。


「こんなに慎重に攻略するって話は初めて聞きました。能力者が攻略するときにはよくある話なんですか?」

「珍しくはない、かな。特に警戒しているエリアの攻略をするならね。中途半端に準備を進めるのが一番いけないこととされているから。」


 セイラさんがしてくれた話を要約してみる。


 初見で攻略するときの方法は二つ。

 約1日や2日、短期間で限られた範囲の新エリアに挑んで一気に攻略するというものと、2週間以上長期に渡って体を慣らしてからある程度の広さの新エリアを少しずつ攻略していくという方法だ。

 当然前者の短期間での攻略は効率を重視したもの、後者の長期間での攻略は安全を重視したものだ。


「でも雪はまたすぐに新エリア付近に戻るって言ってました。拠点に戻れる距離でもダンジョンにこもることに意味はあるんですか?」

「う~ん、私も聞いた話だけど拠点から離れた深い場所に行けば行くほど周辺の魔力が濃くなるみたい。」

「魔力が濃くなる、ですか?」


 魔力の濃さ。

 迷路型やボスラッシュ型では下層に進むにつれて魔力が濃くなるということを聞いたことがあったが、フィールド型で魔力が濃くなるというのは完全に初耳だ。


「そうよ。能力者が魔力の濃さに体が慣れるまでに時間がかかるらしいことは陽向くんも聞いたことあるでしょ?」

「はい。最初のうちは違和感を感じなくてもしばらくすると違和感を感じて全力が出せなくなる、でしたよね?」

「その通り。ある程度攻略時間に見通しが立つ他の2つと違って、道なき道を探索しながら進むフィールド型はどうしても長期間の攻略になりやすい。長期間の攻略を想定するならその前に魔力に体を慣らす必要があるということね。」

「なるほど、そんなことが……。」


 あくまでも聞いた話だけどね、とセイラさんが続ける。


 俺自身も、ここ数日ダンジョン内でのほとんどの時間を過ごす遺跡型ダンジョンで、下層に進むにつれ何とも言えないこれまでに感じたことのない不快感を感じるようになっていた。 

 てっきり原因は自分にあると思っていたが、今の話を聞く限り、その不快感は魔力が能力者となった体に適応できていないことから生じているものなのだろう。


(とりあえず雪は心配なさそうかな……?)


 セイラさんの話が事実であるとすれば、フィールド型において能力者として全力を出すためには、体を魔力に完全に慣らす必要があるということだ。

 長期間ダンジョンにこもればその分お金や忍耐力が必要になるが、その間魔物と戦うことで経験を積むことができ、そのまま戦闘勘が十分なうちにボスに挑めるというメリットもある。


 予定が前倒しになったことを心配していた俺としては、雪のパーティーが効率を求めて急ぐのではなく長期間での攻略を選択したということで、ひとまずホッとしたというのが素直な気持ちである、


「陽向くんの調子はどう?報告書をたまに読んでいるから何となくの様子は知っているけど。」

「俺の方は割と順調です。今日のボス戦も緊張していないと言ったらうそになりますが、楽しみの方が大きいですから。」


 セイラさんに言った言葉は一つも嘘偽りないものだ。

 今となってはソロのころの閉塞感や加入したての頃の不安はほとんど感じず、毎日の大変な攻略を自分でも驚くほど楽しめている。


「それは良かったわ。まぁ最初に陽向くんの明るい声を聞いた時点で分かってたけどさ。」


 セイラさんの言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべた。冗談のように言ったセイラさんだが、声を聞くだけ俺のことが分かるというのも強ち嘘ではないことが俺には分かってしまったからだ。

 何と言ってもセイラさんは俺がソロで通っている間、毎日のように時間を取って愚痴を聞いてくれた恩人ともいえる人である。数としては嫌な思い出の方が多いかもしれないこの場所を、今でも一番好きでいられるのは間違いなくセイラさんのおかげなのだ。


「セイラさん、いつもありがとうございます。」

「唐突に何なのよ。でも、陽向くんは本当に立派になったと思うわ。」


 まるで親のような言葉を言うセイラさんに軽口を叩こうとした俺だが、いつもとは違うセイラさんの真剣な表情を見て思いとどまる。


「頑張って。いや……、無事に帰ってくれば私はそれでいいから。」


 正面に座るセイラさんとじーっと見つめ合う。

 これ以上言葉はなくともセイラさんが俺の心配をする気持ちは痛いほどに感じることができた。

 あのゴブリンジェネラルとの一件で入院した時にとりわけ俺のことを心配してくれたのは、他でもないセイラさんだったのだ。


 俺はセイラさんを少しでも安心させようと無言で強く頷く。


 今日俺はこれから、メンバーを一人失った第19階層を通り、前回カケルさんの怪我で撤退した第20階層へと挑むのだ。



 その約1時間後。

 部屋の中には、時間通りに集まったダンジョンゲーマーズのメンバー達。珍しく、今回は攻略に参加しないマスターの姿もある。


 しばらく話をした後、他のメンバーの到着を待つことなく受付の業務へと戻ってしまったため、この場にセイラさんの姿はない。

 行ってしまった後に気付いたのだが、時間から考えてきっとお昼休憩の時間を割いてまで話をしに来てくれたのだろう。俺の知るセイラさんはそう動いてくれる人物だし、それによって俺が勇気付けられたことも疑いようのない事実だ。


「さぁ、まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬ。しっかりと栄養を取ってから向かってくれ。」


 マスターが皆を鼓舞するように大きな声を出し、例の特製ソースが掛かったサンドイッチを全員に渡していく。

 事前にお昼は抜いておくようにと言われ少し期待しているところもあったが、期待通り配られたのは昼としては最適のマスターお手製のサンドイッチ。当然俺を含めた5人のテンションは自然と高まっていく。


「やっぱりミツハルさんのサンドイッチは最高だよ!」


 口いっぱいのサンドイッチを頬張りながら満面の笑みで言うカケルさんを、ミサキさんが厳しい声で注意して笑いが起こる。


(食べ終わったらついに出発するのか。)


 準備期間は短いものだったが、濃い数日を過ごしたこともあっていよいよという気持ちが強い。


(……『全てを守る壁』か。)


 今野さんに名付けられた俺の能力の名前。

 あまりにも壮大すぎる名付けに苦しむことも悩むこともあったが、今は違う思いも生まれている。


(俺が全員を守ってみせる。)


 笑顔で笑い合うこの瞬間を愛おしく、そして守りたいと思う自分がいるのだ。


 間もなくボス戦に向けた攻略がスタートする。


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