第48話
【10月第4週日曜22時前ダンジョンゲーマーズホーム】
「あれはミサキなりの気遣いだと私は思いますよ。」
頭を空っぽにしてテレビを眺めていると、唯一1人だけ帰らずにいたヒカリさんが唐突に話しかけてきた。
すでにハルカさんや第20階層についての話を終えた後しばらくして、この場は解散となっている。
ただ俺が先に帰るのは何か違うような気がして、帰り支度を進めていた他のメンバーを横目に普段は見ることのないニュース番組をぼんやりと聞き流すように眺めていたのだ。
カケルさんが一番最初に、その後に眠気眼の茜ちゃんをミサキさんが引っ張るようにして連れ帰ったのだが、最後の一人であるヒカリさんは何をするでもなく俺の隣のソファーでくつろいでいた。
「あれ、とは何でしょう?」
「うーん、そうですね。言葉にするのは難しいですがミサキがカケルの代わりに話をしたこと。そしてなるべく場の雰囲気を悪くしないために会話を続けていたことです。」
なるほど、と思った俺は首を縦に振って頷く。
確かにハルカさんの話をカケルさんがしてくれた後、話の主導権は基本的にミサキさんにあった。
最初はカケルさんがそのまま話をしようとしたのを若干遮るようにして、そしてその後は自ら積極的に、ミサキさんが話を続けていったのだ。
ミサキさんはダンジョンゲーマーズのムードメーカー的存在でありつつも、時には真面目に、時には気遣うこともできる人だ。
「あのときは……。カケルはもちろんですけどカケルと同じくらいミサキも辛そうでした。」
「それは、」
そう言いながら痛ましい表情をしているヒカリさんを見て、続けようとしていた「俺にも分かります」という言葉を、俺は思わず引っ込めた。
話を聞いてしかいない俺が簡単に分かりますなどと口にしていい問題ではなく、お前に何が分かるという言葉がこれ以上に適切な場面はないと考えついたからだ。
カケルさんが最終的に判断したとはいえ、その判断基準はミサキさんの言葉によるものが大きかったはず。
それを思えばミサキさんの性格を考えると、かなり辛い思いをしたに違いなく、今日の様子を見ても完全に乗り越えられているとは思えなかった。
それでもミサキさんが今日のように無理やりでも明るく振る舞うことができたのは、普通なら関係が複雑になってもおかしくない出来事があった後でも、お互いを信頼し合える関係性が築かれているからなのだろう。
「ハルカさんはどんな人だったんですか?」
「……ハルカ、ですか。なんというか、本当に優しくて良い人で、でも時々恥ずかしがり屋で。パーティーの中で一番年下ということもあって私たち全員がハルカのことを妹のように思っていました。陽向さんの一つ上でしょうか。……きっと仲良くなれたと思いますよ。」
ヒカリさんが目を瞑りながら微笑みを浮かべるように少し口角を上げて話す。
ハルカさんを失わなければ俺がこのダンジョンゲーマーズに加入することはなかったはずで、ヒカリさんの言葉は俺の心を少し複雑にするものだった。
メンバー皆に愛されていただろうハルカさんと話す機会は俺にも訪れることがないのだ。
「私が帰らずに残ったのは実は陽向さんと話をしたかったからなんです。」
「俺と、ですか?」
「はい。今回のボス戦、一筋縄ではいかない予感がしているんです。……ミサキの勘、ではないですけど。」
ヒカリさんの強い瞳が言葉とともに何かを俺に訴えかけてくる。
黒髪のすっきりした美人といった見た目のミサキさんだが、普段の落ち着いた印象とは違う迫力のある雰囲気があった。
「頑張って俺にできる仕事を全うします。まだ慣れない部分もあるのでミスはしてしまうかもしれませんけど。」
「いいえ、そこは私たちに任せてほしいです。私たちは陽向さんのことも十分信頼していますから。むしろ私の心配は私を含めた陽向さん以外のメンバーのこと。4人全員が胸の内につっかえ棒のような何かを抱えて……。カケルやミサキほどではないですがもちろん私にだって。」
ヒカリさんには珍しく早口で捲し立てるような口調だった。
俺は4人がハルカさんのことを個人差はあれ引きずっていることに気付いているが、ヒカリさんがこの話を通して伝えたいのはパーティーの抱える問題がそれだけではないということだろう。
カケルさんとミサキさん以外にも茜ちゃんはまだ体が戻らず本調子でなく、ヒカリさんだって能力を使い慣れない俺や決して安定した状態とは言えない3人をフォローしているのだから負担が以前よりも明らかに増えているわ、
「俺もなるべく自分のことだけではなく全体を見渡せるようにしておきます。」
「……ありがとうございます。正直私たちの判断力は以前ほどの鋭さがないかもしれません。メンバーが変わったことで行けるタイミングや行けないタイミングが変化していていて……。陽向さんも間違いなくメンバーの一人なんですからどんどん意見を言ってください。今の私たちには異なる視点も必要だと思いますから。」
ヒカリさんの言いたいことは何となく理解できる。
俺自身には本格的な攻略をした経験はなく、基本的には事前に情報を調べて十分に対策したうえで魔物に挑んできた。
だが俺にも自分なりの感覚や勘は存在しているし、それを信頼した上でここまで来ることができている。
一方でカケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、茜ちゃんの4人はどうだろうか。
直近の攻略で撤退の選択という失敗を経験しており、俺が加わったことで変化したパーティーとしてのバランスをまだ十分に見極め切れていない。
もし何かが起こった時、もしくはパーティーが不利な状況になった時、ヒカリさんの言うように少し違った角度から見ることのできる俺の視点が重要になる場面に出会う可能性もなくはないだろう。
「さぁ、夜も更けてますしそろそろ帰りましょうか。」
ヒカリさんが今度は表情を柔らかくして自分の荷物を肩にかけ、俺にも帰るように促す。
どうやら先に帰るつもりはなく、俺の帰り支度が整うのを待っているようであった。
全員が帰った後に準備をするつもりで荷物を整えていなかった俺は、慌てて自分の荷物をまとめ始める。
もともと口数の多い方でないヒカリさんということもあってしばらく無言の時間が続くが、沈黙による気まずさは一切感じていなかった。
(ヒカリさんの印象はだいぶ変わったなぁ。)
もちろん悪い意味ではなく良い意味で、である。
茜ちゃんの面倒を主にミサキさんが見ていることやヒカリさんが複数人でいるときは積極的に自分から会話をしないのもあって、ミサキさんがパーティーのお姉さん的存在だと思っていた。
しかし普段の細かな行動や今のように他のメンバーのためにわざわざ残ってまで俺に話をしたことを考えると、ヒカリさんの印象こそが頼れるお姉さんといった感じだ。
「お待たせしました。」
「大丈夫ですよ。とはいっても陽向さんは徒歩で帰るんですよね?私は地下鉄で帰るので最寄りの駅まで、ということになりますが。」
俺も荷物を肩にかけ、二人そろって部屋を出る。
ヒカリさんがダンジョンビルの近くに住まないのはダンジョンビルはどうしても仕事場という意識が強く、休日にここ以外の攻略拠点からダンジョン攻略を楽しむために、付近に攻略拠点の多い別のエリアに住んでいるとのことだった。
「いずれ俺もそんなことを思う日が来るんでしょうか。」
ヒカリさんの話を聞く限り、俺と同じようにヒカリさんもダンジョン攻略を趣味とするほど好きであり、攻略も楽しみながら進められている感じであった。
俺に至ってはそもそもここが一番のお気に入りのダンジョンで、そこを攻略する組織に加入することも喜びの一つであるのだが……。
「もちろん性格の問題もあると思いますよ。私は仕事とプライベートをはっきりさせたかったのかもしれません。どちらにしてもダンジョン攻略が多いのが現状ですけどね。」
小さく笑いながらヒカリさんがそう言った。
ヒカリさんの言うことも十分に理解できた俺は今後のことを考えた。
良い仲間にも恵まれ、大学卒業後の進路は決まったようなものだ。
もともとダンジョン攻略が趣味だったし、天職とも呼べるものだろう。
「あれは?」
そんなことを考えながらヒカリさんの後をついて表の通りまででると、道を隔てて反対側のダンジョンビルの入り口付近でぽっかりと人が避けて歩く空間があった。
よく見てみるとその空間の中心には、見慣れたプラカードを抱え、勧誘のためのパンフレットを持った数人が小学校低学年くらいの女の子に声をかけている。
「あれは……、ダンジョン真理教ですよね?」
「そのようですね。なぜこんな時間に女の子が1人なのかも不思議ですが、あの状況は見逃せません。ダンジョンビルの前で困っている人がいたら助けるというのも私たちの役目です。ダンジョン真理教関係ときたらなおさら。陽向さん、行きましょう。」
俺たちはちょうど信号が青になったばかりの横断歩道を渡って、急ぎ現場へと向かう。
良い噂ばかりではないダンジョン真理教に関わりたくないのか、ダンジョンから出てきた通りすがりの人も完全に見て見ぬふりである。
早足で一歩先を行ったヒカリさんが少し離れた場所からいつもより大き目の声で彼らに話しかける。
「こんな時間にこんな場所で何をしているんですか?」
「うん?あなたたちには関係ないでしょう?……おっと、能力者ですか。」
女の子を囲むようにして立っていたのは男1人、女2人の計3人。
全員歳は若く、30に満たないくらいだろうか。
最初は威圧的だった真ん中に立った男の声は、声をかけてきたのが能力者だと気付いた瞬間にトーンダウンした。
能力者を信奉することもあるダンジョン真理教のメンバーならダンジョンゲーマーズに所属するヒカリさんの顔はしっかりと覚えているのだろう。
俺は3人の動きに注意しながら、改めて状況を確認する。
3人に囲まれた女の子は遠くから見た通り、まだ10歳に満たないような見た目である。
最初はとても怯えた表情をしていたが、ヒカリさんを見て少し安心した表情を見せていたことが唯一の救いだろうか。
「仕方がない、ここは引き下がりましょう。お嬢さん、君の潜在的な力は素晴らしいものだ。気になったら是非声をかけてきなさい。」
真ん中の男が女の子にそう声をかけると、再びこちらを振り返ることなくダンジョンビルへと向かい、そのまま建物へと吸い込まれていく。
あまりにもあっさりと引き下がった3人に俺は驚くが、ヒカリさんの様子を見ると、これも別に珍しいことではないのだろう。
「大丈夫?」
ヒカリさんが女の子と目線を同じにするようにかがみ、優しい声音で語りかける。
「うん、お姉さんありがとう。」
涙を溜めながら、震えた声で女の子が答える。
遅い時間に一人ぼっちで3人に囲まれ、かなり怖い思いをしたことだろう。
ヒカリさんがゆっくりと事情を聞くと、両親とも急に帰りが遅くなるとの連絡をもらい、それを知らずにダンジョン攻略に出掛けた高校生のお姉さんを待ちきれず、家から飛び出して一人ここまで来たとのことだった。
「ごめんなさい……。」
話を一通り聞いた後にヒカリさんが諭すように注意すると、しょんぼりとして顔を下に向けながら謝る女の子。
ヒカリさんは俯く女の子の頭を数度優しくなで、今度はにこっと笑う。
「お姉さんとお兄さんは能力者なの?」
「そうだよ。俺もこのお姉さんもここの攻略をしているんだ。」
「いいなぁ。早く大きくなってわたしもダンジョンに行きたい。お姉ちゃんもいつも楽しそうだから。」
ヒカリさんの笑顔に安心したのか今度は表情をころっと変えて、嬉しそうに聞いてきた女の子に俺はそう答えた。
「そうだ!あたしがダンジョンに行けるようになったら一緒にダンジョンに行こう!」
「あぁ、そうしよう。きっと、ね。」
この子がダンジョンに行けるようになるのは5年以上先のこと。
きっとその時には今話したことは忘れているだろうが、それでも女の子の言ってくれたことは何となく嬉しいものだった。
「ヒカリさん、この後どうしますか?」
「私に任せてください。私が責任を持ってダンジョン外の事務所に連れて行きます。このようなことも初めてではないですから。」
「なるほど……。よろしくお願いします!」
俺は一人で大丈夫ですからというヒカリさんに後の対応を任せ、二人がダンジョンの建物に入っていくのを見届けてから、今度こそ帰路に就くことにした。
(長い一日だったなぁ。)
しみじみとそう思った。
(ダンジョン真理教、か。)
これからもきっと関わりがある、そんな嫌な予感がゾッと背中を駆け巡るのを、ネオンで照らされた街を歩きながら感じたのだった。
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作者よりお知らせ
いつも本作品をお読み頂き、ありがとうございます。以前に比べ執筆のモチベが復活したことに伴い、新作の投稿を開始しました。
VR世界で始める
しばらくは新作の更新をメインに、こちらの投稿も同時進行で進めて参ります。どちらの作品も応援して頂けると嬉しいです。
どうか今後ともよろしくお願い致します!
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