第45話
「それは、なんというか……」
「無理して何かを言う必要はないよ、陽向くん。」
俺が何とか言葉を絞り出そうとしたところで、カケルさんが優しい声でフォローしてくれる。
メンバーを失ったとカケルさんは表現したが、カケルさんの表情やメンバーの雰囲気から、失ったという言葉の意味を俺は自然に察していた。
ダンジョンゲーマーズのバランスが悪いという最初に抱いた疑問がこういう形で解消されるというのは、本当にまさかという感じだった。
(そういうことだったのか……)
以前言ったように今はタイプや属性を偏らせる特化型が一番の流行だが、パーティーメンバー全員が攻撃に特化しているとパーティーが安定するのは難しい。
攻撃特化型に限って言えば、少なくとも一人はタンクかヒール、もしくはバフやデバフをかけられる補助系統の能力者が必須、というのが今の一般的な考え方だ。
今ここに居る4人は国内有数の人気を誇る攻略拠点で攻略を担っていることもあって、個々の能力は能力者の中でもかなり高いはずである。
だが、その人気な攻略拠点を担当しているダンジョンゲーマーズだからこそ、なおのことピースが足りていないと感じてしまっていたのだ。
能力者にとって魅力的で人気が高い攻略パーティーであることはもちろん、母体であるゲーム会社もダンジョンビジネスで成功しており、能力者を新たなメンバーとしてスカウトする予算を作ろうと思えば作れたはず。
そんな事情を考えると、いくら能力者不足であるとはいえ、俺が加入するまでの半年の間に一人も見つからないというのはおかしな話である。
脱退したというメンバーがいるとは聞いていたため半年も空いたのは何かしらの事情があったのだろうと勝手に納得していたが、今日マスターとの会話でそのメンバーの話を聞いて、より不思議に感じていたところだった。
それが実はメンバーがもう一人いて、更にカケルさんの妹だったとは……。
「ありがとう、陽向くん。優しい陽向くんのことだから僕にかける言葉を一所懸命探そうとしてくれているのは分かる。だけど慰めの言葉は必要ないよ。……いい大人が皆の前でいつまでもくよくよしているわけにはいかないからね。」
カケルさんは笑顔を浮かべながらそう言ったが、その笑顔は誰が見ても無理をしているのが分かるような不器用な笑顔だった。
男だからこそ分かるというのはおかしな話だが、それでもカケルさんの要望通り慰めの言葉はかけまい、と俺は思っていた。
「ここまでの話だけで何となく想像はつくだろうけど、妹のハルカは回復系統の能力者。それも他のパーティーがうらやむほど優秀で基本的な回復魔法は全て使うことができたんだ。だからこそ半年前に一人メンバーが脱退した後も残ったメンバーで問題なく攻略を進められていたというわけだ。だけど2カ月前、第20階層を攻略していたときに妹に不幸があった。」
「ごめんね、カケル!ハルカのことはやっぱり私のせい。私があんなことを言ってなければって。」
ここまで黙って話を聞いていたミサキさんが突然、声を震わしながらそう言った。
「それ以上は言うな、ミサキ。僕がリーダーなんだから全ては僕の責任だ。」
先ほどまでとは違って優しく諭すようなカケルさんの声。
ミサキさんのことをただのメンバー以上に大切に思っているパーティーリーダーのカケルさんらしい声だった。
「この際だからすべて話しておこう。あの日第20階層の初攻略だった僕たちはダンジョンにこもって数日が経っていて疲労困憊だった。だから一度しっかり休みたいと第19階層のボスを倒した後、そこにテントを設営して交互に休むことにしたんだ。」
俺はほとんど経験していないが、ダンジョン内で寝ることは本気で攻略を行う際によく行われることだと聞く。
野営設備を持ち歩き、本格的に疲れてきた際にはテントを組み立て、寝袋を使って睡眠をとる。
何があるか分からない初見のダンジョン攻略はかなり神経を尖らせる必要があるため、数日がかりとなると言葉通り疲労困憊だったはずである。
「もちろん不測の自体に備えていつも通り見張りをたてることにした。普段は2人見張りをたてるんだがミサキが今日は魔物の心配はなさそうだと助言してくれて、僕の判断で1人で見張ることにに決めた。僕を含めたパーティーの全員がミサキの勘を信じているし何よりもメンバーを少しでも長く休ませたかったんだ。」
素人考えかもしれないが、俺はカケルさんの判断を妥当なものだと感じた。
ミサキさんの勘を抜きにしても、ボスラッシュ型のダンジョンではボスを倒した後であれば部屋の安全をある程度確保できる、というのが常識だ。
「そこで最初の見張りとして白羽の矢が立ったのが妹のハルカ。実際に魔物と直接戦っていた他の5人と違って、後方支援でかつ魔力の消耗も少なかったハルカは他のメンバーに比べると比較的元気が残っていたんだ。」
「遺跡型について色々調べていたけどリポップの可能性はほとんどないはずだったの。それにゴブリンやオークと違って、もしリポップしても同時に現れるオーガは多くて2体くらい。私の勘も大丈夫と言っていたし、2体くらいなら襲撃されても皆が駆け付けるまでの時間を稼ぐくらいの実力は全員持っていたから。」
カケルさんは淡々と話し、ミサキさんがいつもよりトーンの低い声音で補足する。
リポップについては俺も聞いたことがあった。
迷路型やボスラッシュ型、遺跡型ダンジョンのボス部屋では、ボスが倒された状態で部屋に留まっていると、稀に魔物がリポップすることがあるという。
ほとんど報告のない現象で、そもそも警戒しないパーティーも多いということだったが。
(なるほどな……)
二人の話を聞いて、俺も少しずつ話の流れが読めつつあった。
ミサキさんのほとんど外さないという魔物に対する勘と、少しでも時間が稼げれば劣勢でも一気に形勢逆転できるというメンバーの突破力。
それを考えれば2人でローテーションすることよりも、1人で見張りをして少しでも長い時間寝られる時間を作ろうというカケルさんの判断はやはり的確だ。
そもそもリポップを警戒して見張りを残している時点で十分過ぎる警戒だといえるはずなのだが。
「だけど2人目に交代する時間になったときのことだった。2人目を担当することになっていたミサキの叫び声が聞こえて。」
カケルさんが再び話し始めると、ミサキさんは思わずといった感じで俯いた。
カケルさんの話を聞きつつ、そちらに目を向けると、ミサキさんの隣に座っていた茜ちゃんが心配そうな表情で寄り添うのが分かった。
「慌ててミサキのところに駆け付けたらハルカが地面に横たわっていた。最初は寝てるのかと思ったよ。顔色は少し悪かったけど体のどこにも傷はなかった。変だと思ったのはミサキが泣きながらハルカの上に乗っかって心臓の辺りを押し続けていたこと。受け入れたくなかった現実を受け入れて僕はすぐに駆け寄った。……だけどハルカは冷たくなっていて。」
「……それ以上はやめよう、カケル。」
今の気持ちを言葉で表現するのは難しいが、話をしたカケルさんも、それを聞いていたメンバーも、俺も、皆が一気にボロボロになったようだった。
想像以上に辛く悲しい話で、カケルさんにこんな話をさせて申し訳ないという気持ちと、カケルさんが話してくれたこと自体に俺にとっての大きな意味があるのではないかと思う気持ち。
カケルさんが一番の当事者であるのは間違いないが、それ以外の3人も家族のように過ごしてきたであろう大切なメンバーを失って苦しい思いをしたことだろう。
涙をこらえるようにぎゅっと両手を握りしめているカケルさんに代わってミサキさんが話を続ける。
「その後急いでダンジョンを出て病院に運んだけどすでに手遅れだった。悲しかったけどダンジョン攻略を進める能力者としてある程度の覚悟はできていたの。それでも私でさえ受け入れられるまでには時間がかかったけど。」
仲間を失う覚悟に自分の命を失う覚悟。
果たして俺にはできているのだろうかと思わず自問自答してしまう。
「その運んだ病院ではハルカは窒息死だと言われたわ。もちろん私たちもおかしいと気付いた。もしオーガと戦ったのなら無傷では済まないし周辺の階層でオーガ以外は一度も出現していなかった。メンバー間の関係も良かったしテントを出れば誰かしらが気付く。原因を探るために私たちは第19階層をくまなく探索したけどそれでも……。」
確かにミサキさんの言う通り、窒息死というのは疑問が残る診断だ。
ダンジョン内で人が亡くなる主な原因は二つ。
魔物によるものか人によるものである。
ハルカさんの場合は第19階層という他の攻略者が辿り着けない階層での出来事であるため、他の人による犯行だとは考えづらい。
もしオーガによるものでないとすれば、ボス部屋での魔物のリポップよりも更に報告の少ない現象ではあるが、徘徊の魔物によるものであることが考えられる。
徘徊の魔物というのは通常の進化を遂げていなかったり、突然変異的に現れたり、下層から力をためて上層へと移動してきた魔物の総称で、発生の可能性自体はものすごく低いものの、国内でも数件の報告があるという。
当然ダンジョンゲーマーズとしてもその可能性は考えたはずで、それでも痕跡は見つけられなかったということなのだろうが……。
「ミサキの言う通り僕たちは何も見つけることができなかった。精神的に参っていた僕たちは休養する許可をもらって、その後に攻略を再開することにしたんだ。攻略拠点を安全に保つためには我々の力も必要だから1カ月という期限を設けてね。」
原因が分からなかったのであれば、なおさらカケルさんたちも辛い思いをしたことだろう。
そもそもダンジョン内では自己責任という考え方が世間では一般的。
それもあってよほどの証拠や確たる目撃証言がない限りは、ダンジョン内で警察組織も務めるダンジョン協会による介入が行われることはない。
つまりは何も見つけることができなかったら、言葉通り諦めるしか選択肢がなくなってしまうということである。
「ここまで聞いて何か気になることはあるかい?」
カケルさんの問いかけに俺は首を振って答える。
聞きたいことがないわけではなかったが、話を遮ってまで言葉を発する勇気は俺には残っていなかった。
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