第46話

「話が長くなったね。いや、むしろここからが本題かな。」


 少し時間をおいて、普段のキリッとした表情に戻ったカケルさんが話を再開する。

 雰囲気がいつものように戻ったわけではないが、カケルさんを含めたメンバー達はこの少しの休憩の間に気持ちを切り替えたようで、ピリピリした雰囲気はなくなっている。

 一番のシリアスな話題が終わったことに気付いた俺は、誰にも気づかれないようにそっと軽く息を吐いた。


「予定通り1カ月の休養後、僕たち4人にミツハルさんを加えたパーティーで第20階層に向けた攻略を再開することにした。そんな中まずはメンバーの総意として新しく能力者を迎え入れずに、自分たちだけでやれるところまでやってみようということを決めたんだ。」

「意外なことにそれを最初に言い出したのはヒカリだったの。もちろんカケルが言ったようにその時点ではメンバーの総意だったんだけどね。」


 なるほど。

 思っていた通り、能力者の都合や会社の都合ではなく、メンバーの総意として新しい能力者を迎え入れない選択をしたということだった。

 1ヶ月しか経たないうちに気持ちの整理をするのも難しかっただろうし、それほどハルカさんの存在はダンジョンゲーマーズにとって大きかったということなのだろう。


「だけど他の4人はある程度立ち直ったように見えたのに対して僕はまだまだ妹のことを引きずってしまっていることに自分でも気が付いていた。」

「……それは仕方ないことよ、カケル。」


 俺はミサキさんのフォローに同意だった。

 目の前で突然妹を失ってしまったのだから、心の整理に時間がかかるのは当たり前のこと。

 休養中も最初の数日は休むことができなかっただろうし、カケルさんならダンジョン協会にも働きかけるなどして動き続けていたはずだ。


「皆も気を遣ってくれて再開後は以前よりゆっくりと攻略を進めた。なるべく急な接敵をしないように念入りに索敵して連携を再確立するためにも色々なパターンを試し、1週間以上かけて目的の第20階層のボス部屋まで辿り着いた。」

 

 何てことないいつも通りの準備段階に思えたが、カケルさんの話の節々からは様々な苦労が伺われる。

 これまで俺が経験したダンジョンゲーマーズの攻略スタイルから考えると、急な接敵を避けてゆっくりと攻略する、というのは余程のこと。

 パーティーの回復役を務めていたハルカさんの穴を埋めるために色々模索した結果なのだろうが、ボスに挑む前にカケルさんの気持ちを少しでも戻すことも目的だったのだろう。


 ともかくパーティーとしての戦闘スタイル自体も大きく変えざるを得なかっただろうし、それぞれも自身で回復用のポーションを使わないといけなくなって大きく苦戦したに違いない。

 俺も一度ヒールに特化したスキル構成の攻略者とパーティーを組んだことがあるが、自分の回復のことを気にせず戦えるというのは、戦闘時の余裕の持ち様にかなりの違いがある。

 一度パーティーを組んだだけで次の攻略の際にしんどく感じたのだから、居るのが当然だった回復役がいなくなったダンジョンゲーマーズの苦労は計り知れない。


「そのときは一度戻って準備が整い次第すぐに第20階層のボスを攻略することにした。ポーションを補充して、装備を少し更新して、僕も普段通り振る舞えるように努力していた。だけど実際のところ心の中ではようやくボスに挑める、というよりも何事もなくボス部屋まで辿り着いてしまった、という気持ちの方が大きかった。何と説明すればいいのかは分からないけど、戦闘の時の自分自身に明らかな違和感を感じていたんだ。」

「そう。カケルの言う通り、もちろん私たちもカケルの様子がおかしいことに気付いていたわ。動きは一見以前と同じように見えたけど時々オーガの攻撃に一瞬遅れて反応することがあったから。」

「でも私たちは茜やミサキ、ミツハルさんとも相談してカケルから言い出さない限りは気付かないふりをすることに決めました。これは私たちでカバーできる範囲だ、と。」


 そして予定通り第20階層のボス部屋に挑むことになったのだという。

 もちろん初見ということもあってポーション類も十分すぎるほど携帯し、慎重に慎重を重ねて色々なパターンを想定した作戦を練って、万が一の時に撤退する方法まで話し合ったらしい。

 結果的にはこの話し合いが功を奏した。


「第20階層のボス部屋の構成はキングオーガとオーガの上位種が数体。敵の陣容はあらかじめ想定していた通りだったから途中までは作戦通り順調に進めることができていた。」

「当然上位種だけだったから1体1体はとても強かったけど私たちにとってはむしろ好材料だったの。回復役がいないパーティーは不意打ちに弱いけど敵の数が少なければ正面から正々堂々戦える。まず最初にヒカリが上手くジェネラルオーガ1体をおびき出して茜の魔法を至近距離から打ち込むことで序盤に1体減らすことに成功したわ。」


 以前、雪やマスターと攻略したときに第4階層で見たボスは恐らくハイオーガだろう。

 雪はあっという間に氷魔法で倒していたが、感じた威圧感は遠く離れていたところでも半端ないものだった。

 

 それよりも更に上位の存在となるキングオーガ。

 雪の魔法とハイオーガの強さを比較した時に雪の魔法の方が優れていたのは明らかだった。

 ハイオーガ、ひいてはキングオーガ相手でも壁が通用することに自信を持ってはいるが、それでも今までの戦いよりは時間がかかりそうであるため、スタミナの問題が発生してくるのではないかという危惧もある。


 一方で防御手段に欠けていたその時のダンジョンゲーマーズは、キングオーガやジェネラルオーガのの攻撃をなるべく避け続け、隙を見つけては残った敵の体力を少しずつ削っていくという作戦を取ったようだ。

 要するに戦力を分散させ、部屋にいる全魔物と同時に戦うことを選択したということである。


 これは初見や強敵のボスと戦う際の一番オーソドックスな作戦であり、俺としては無難な戦法の選択をしたなという印象である。


 だがこれまでのボス戦と違ったのは、攻撃が一度かすっただけでも能力者であれ致命的な一撃になり得ること。


 痛覚が通常よりも鈍くなっているダンジョン内なら、例え攻撃をくらっても回復さえ間に合えば全てリセットできる。

 しかし最悪の場合、例えば腕に怪我を負って回復ポーションが取り出せないとき、一気に状況は悪化することになってしまうのだ。


 そして、実際にそれは起きてしまった。


「僕はジェネラルオーガを一人で担当していた。キングオーガではなくジェネラルオーガだ。もしかするとそこに油断があったのかもしれない。キングオーガは初見だったがジェネラルオーガはその前の階層で戦っていたからね。」


 情けなさそうな表情を浮かべてカケルさんが話す。


「ジェネラルオーガへの傷が目に見えて増えてきたとき、呆気なく何気ない一撃を避け損ねた。それもかなり深い一撃を右腕に。痛みで僕もパニックになってしまっていたのかもしれない。本来なら少し距離を取ってから落ち着いて左手でポーションを取り出して回復すればいい。だけどそこでその距離を取る判断が遅れてしまったんだ。その一瞬の判断ができなかったことで回復をし損ねた僕は一気に窮地に陥った。右腕の怪我を抱えたまま何とかジェネラルオーガの攻撃を避け続けたけどあまり長くは持ちそうになかったよ。」

「カケルのそんな様子に一番最初に気付いたのは茜。後方で支援していた茜は魔法でジェネラルオーガを攻撃してなんとか隙を稼ごうとしたけど、危険すぎて間合いを見つけることができなかったらしいの。」

「ジェネラルオーガとの間でカケルお兄ちゃんが動きまわってて。それだけに当てられる自信がなくて……。」


 茜ちゃんが申し訳ない表情で付け加える。

 確かにカケルさんの判断の遅れはあったかもしれないが、カケルさんだって茜ちゃんだって誰かが悪いわけではない。

 それまで回復をメンバーに任せていたのなら咄嗟の時に行動できないということは考えられることだし、必死になって避けようとするカケルさんの動きを読んで遠くから魔法で支援するというのも到底無理な話だ。


 つまりそれは不幸な出来事だった。

 そしてその不幸はさらに連鎖したのだ。


「茜の声でまずい状況に気付いた私たちは事前に決めていた通り、もう1体のジェネラルオーガを担当していた私が上空から支援して助け出すことにしたわ。何とかギリギリのところでカケルのもとに間に合って後方まで下げることができたけど、そこで想定外のことが起きてしまったの。部屋の主であるキングオーガがここまで全く見せてこなかった魔法攻撃を私とカケルのところに放ってくるという形でね。」

「僕は深い傷を負ったまま動き回ったことでかなりの血を失っていて、回復ポーションで傷はふさがっても万全な動きはできなくなっていた。キングオーガも馬鹿じゃないから、そこを狙われたんだ。」


 キングオーガの魔法。

 確かにオーガの話でも上位種の話でも魔法の話題はここまで一切出てきていなかった。

 類似種であるオークが魔法を使っていなかったこともあって、カケルさんたちはオーガも同様に魔法は使わないと思っていたに違いない。


 更に言えばキングオーガのタイミングも見事だった。

 もし何も起こらずキングオークの咆哮のようなタイミングで魔法を使ってきたならば、カケルさんたちも対応できたはず。


「ヒカリと一緒にキングオーガの相手をしていたミツハルさんが私が担当していたジェネラルオーガの抑えに回ったことで、キングオーガと戦っていたのは実質ヒカリだけになった。状況は悪くなるばかりでカケルが戦闘に復帰するまでにヒカリもミツハルさんも持ちそうになかったの。」

「それで撤退を選択したんですね。」


 ポーションによって傷を治すことのできるダンジョン内で一番優先すべきものは、一にも二にも命である。

 もし戦闘を継続したとして、5人の力量を思えばひっくり返すことができても不思議ではないが、一人でも失ってしまう可能性が出てきたのであれば撤退の選択は必然のものだ。


「そうだ。でも誰かが負傷したときの撤退についてもシミュレートしていたから撤退自体はスムーズだった。ただそのお陰で茜は今の姿になってしまったんだけどね。」


(なるほど……。そこに繋がるわけか。)


 茜ちゃんと初めて会った時に、ミサキさんから最近ある魔法を使って若返ってしまったと聞いていたが、撤退時にやむなく代償の大きいその魔法を使ったということなのだろう。

 ダンジョンゲーマーズについて不思議に思っていたことが次々と明かされていき、俺は知ることが正しかったのか、正直何とも言えない気分になっていた。


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