第44話
「申し訳ないです、キングオークのターゲットをもらい続けるという役割を果たせませんでした。」
真っ先に俺の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。
俺の心中は、能力覚醒前なら絶対にかなわなかったキングオークを倒せた嬉しさ半分、一度キングオークに逃げられてしまった悔しさ半分といったところだ。
俺は荒れた息をどうにか整えようと、深く深呼吸を繰り返す。
「確かに油断はあったかもしれない。だけど陽向くんはよくやっていたと心から思うよ。」
「そう。私がフォローする役割として待機していたので問題ないです。」
迷惑をかけたカケルさんとヒカリさんの二人からフォローの言葉をもらって幾分か気持ちが楽になるが、一方で自分が情けなくも感じる。
キングオークがカケルさんの方に向かった時も苦戦して余裕がなかったという訳ではないため、俺がキングオークの狙いを読み取れなかったのは、カケルさんの言う通り油断があったからなのだ。
そう思った俺の表情を読み取ったのかは分からないが、カケルさんがさらにこう続けた。
「陽向くんにとっては初見の相手だ。キングオーク相手に互角以上に戦い合えることが分かっただけでも今回の収穫は十分にある。反省するべきところもあったかもしれないけど、悪いところばかり見ていては駄目だ。それになぜいつもヒカリをフォローに回しているか考えたことがあるかい?」
「どこかで予定外のことが起こった時にすぐに対応するため、ですよね。」
「そうだ。陽向くんも分かっているじゃないか。たまたま今回は陽向くんが相手をしていたキングオークが予想外の行動をしてきただけの話だ。キングオークが戦闘中にターゲットを変えるのは僕も初めて見たし、それこそ僕を含めた他のメンバーもヒカリのフォローによって助けられたことがある。」
俺は今まさにカケルさんからパーティーの一員としての心構えを教わっているような気分だった。
攻略者としては異例のソロ生活に没頭していた俺は自分で全てをこなすことが当たり前になっている。
一時期パーティーで攻略していた時にも、メンバー間の力量差の関係で強い魔物に挑戦するという経験をしてこなかったため、最近の攻略は初めて経験することばかりだ。
どんなパーティーにも、メンバーそれぞれに役割がある。
皆が完璧に役割をこなせるならば最初からフォローの役割を用意する必要はないが、能力者も人間だから失敗や見落としをするのは当たり前。
それをあらかじめ考えて実践できるのが成功するパーティー、これがダンジョンゲーマーズのリーダーであるカケルさんの考えだった。
(慢心はいけないけど、カケルさんの言うことももっともだ。)
油断はあったかもしれないが、結果的に上手くいったことから連携に問題はなかったと捉えることもできる。
俺に必要なことはもっと仲間を信頼すること、そして状況を正しく見極められることなのかもしれない。
「ところで陽向お兄ちゃん、剣は大丈夫……?」
「あぁ、剣。そうだったね。」
ここまで会話に入ってこなかった茜ちゃんが一旦話が終わったのを見てか、俺の袖の辺りを掴んで心配そうに聞いてきた。
俺自身忘れかけていたが、キングオークとの戦闘の序盤に剣が折れてしまったのだ。
俺は一度しまっていた剣を取り出し、改めて状態を確認する。
「真っ二つ、だね。」
そうカケルさんが言う通り、剣はきれいに真っ二つに折れており修復は不可能に見える。
(折れた瞬間ほどショックは感じないけど残念、ではあるかな。)
そもそもダンジョン外に武器は持ち出せないため、もし壊れてしまったら修復は考えずに買い替えるのが一般的だ。
よほど大事にしているものだったり貴重なものであれば、わざわざ修繕系のスキルを取得した変わり者に依頼することになるのだが、この剣にそこまでの愛着があるわけではない。
「これはもう使えそうにないですね。戻ったらすぐにでも新しいのを買おうと思います。」
先日まではお金に苦労していた俺だったが、ダンジョンゲーマーズに加入した際の契約金として、それなりの額が口座に振り込まれていたのを確認済だ。
今の俺なら、この剣どころか先日ゴブリンジェネラルとの戦闘の際に失った愛剣よりも性能の良いものを買えるだけのお金は十分に持っている。
「それはいい。一応確認のために言っておくけど装備を買った際は領収書をもらうのを忘れないようにね。メンバーの装備は会社の経費で落とすことができることになっているから。頻繁に更新するとお偉いさんから小言を言われるかもしれないけどね。」
「経費……。そうなんですね。それはありがたいです。」
完全に自費で出すつもりだった俺は少し安堵する。
良い装備を買うにはお金がかかるし、いくら契約金を受け取ったとはいえ懐に滅茶苦茶な余裕があるわけではないからだ。
「だけど陽向くん、本当に剣で大丈夫なの?この前左手に何を持つか迷ってるって言ってた気がするけど。」
カケルさんにそう言われハッとする。
(そう言えばそうだった。)
今日は初見の敵に挑むということで当然のように剣を選択したが、そもそも雪との間でも色々案を出して思案している真っ最中だ。
予備の予備である性能が微妙な剣しか所持していない今を思えば、左手に持つ物を変える絶好の機会に思える。
「時々不慣れなんだなぁって感じさせるような動きをしてるもんね~。」
「あかねは陽向お兄ちゃんが剣を使ってるのかっこいいと思うけどなぁ。」
からかうようにして言ったミサキさんを、すぐさま茜ちゃんが否定するように続けた。
笑いながらもミサキさんが茜ちゃんを睨みつけるが、茜ちゃんはチラッと見ただけで相手にしない。
もしかすると茜ちゃんも分かってやっているのかもしれない、と俺は思い始めている。
(ミサキさんの言うことももっともだけど……。)
「ひとまず新しい剣を買うのは決まりです。一番慣れている武器ですし、キングオーク相手でも仕掛け自体は悪くなかったと思います。ただ……、他の武器も色々試してみたい気持ちはあります。」
「確かに。これまでの戦いを見ていても戦いを経るごとに動きが良くなっていたのが分かるよ。悩んだ時にはまた相談してほしいかな。」
カケルさんはそう言ってくれたが、俺の中ではある程度腹積もりが決まりつつある。
(剣で行けるところまで行ってみよう。)
試せる機会があれば他の武器も試したい気持ちはあるが、どちらにせよ第20階層の攻略が間近に迫った今、突然得物を変えるというのは賢いとは思えない。
それに何よりも剣を使うこと自体に思い入れがあり、剣士に憧れたきっかけである桐生さんと直近で手合わせしたことも剣を使いたい理由の一つになっている。
そもそもカケルさんが大剣を使っているのもロマンに近いものがあるはずだ。
一般的に大剣は使いこなすのが難しい武器で、例え能力者であっても実用的ではないとされる色物である。
それでもカケルさんが大剣を使い続けているのは、何かしらの思い入れやこだわりがあるからに違いなかった。
自分で決められる、メンバーに迷惑の掛からない範囲ならばやりたいようにやる。
ダンジョン攻略が仕事となった今、趣味でもあった攻略を嫌いにならないためにも、譲れない部分は譲らないことも大切なことであると思ったのだ。
「さぁ、そろそろ戻ろうか。皆まだ体力は残っていそうだけど出発前に言ったように話さなければいけないこともあるしね。」
ひとまず簡単な反省会を終えた俺たちは、カケルさんの合図でドロップ品を回収し、次の階層に進むことなく遺跡型ダンジョンの入口への帰路についた。
少し離れた先頭をカケルさんが歩き、それに続くこの後の話の内容を知っているであろう他のメンバーが、急にしんみりとした空気を醸し出している。
急にしんとしてしまった空気に耐えられなくなった俺は、隣を歩くヒカリさんに先程の戦いで気になったことを聞いてみることにした。
「そういえばヒカリさんの攻撃はなぜキングオークに通ったんでしょう?俺が剣で攻撃した時は全く手応えがなかったですし単なる武器の性能差や力の差だけとは思えないんです。」
「私もそう思いますよ。確かに私の短剣は良いものではありますが、陽向さんの剣があんな風に簡単に折れてしまうというのはおかしな話ですから。」
戦闘中であったあの時はそんなものかと簡単に受け入れてしまったが、今改めて考えてみるとどこか不思議に感じる部分がある。
俺の攻撃は左手で、かつ性能もそこまで高い剣ではなかったが、それでもヒカリさんの剣には傷がつかなかったどころかキングオークにダメージまで入れることができたのだ。
「簡潔に言うと狙いを正しく定めることです。」
「狙い、ですか?」
「そう、狙いです。人の体にも硬い部分と柔らかい部分がありますよね。例えば私たち人間はお腹に力を入れると腹筋が収縮して硬くなります。魔物もそれは同じです。魔物の硬い柔らかいを理解し、さらに力の入れ具合で攻撃の通るポイントがどこなのかを判断する。難しいことですが意識していれば少しずつ分かってきますよ。」
ヒカリさんの話は、とても参考になる内容だった。
これまでも何となくの感覚で弱点を狙うことはあったが、それ以上のことを意識して魔物を相手にしたことはない。
さらに今回に限って言うと、弱点を狙うどころか装備の隙間を狙っただけであったため、剣が耐えられないような硬い部分に当たってしまっていたとしても、それは不思議な話ではなかった。
「陽向くん、ヒカリのそれは私の勘みたいなものよ。私もその話を聞いてから意識するようになったけど、ヒカリほどのことは一生かかっても無理だと思うわ。」
少し前を先行していたミサキさんが会話に加わってきてそう言った。
(なるほど。これはヒカリさんの得意分野というわけか。)
ここまで話を聞いて何となくわかってきた。
ミサキさんの魔物の特性を把握する勘にヒカリさんの体の流れを理解する判断力、そして妹である雪の新しい魔法を開発する天才的な発想。
単なる能力だけではなく、能力者が付随する何かを持っているのことを偶然の一言で片付けられるだろうか。
こんな風に色々なことを話しながら歩いていると、あっという間にダンジョンを抜けてマスターの喫茶店横のホームへと到着する。
いや、他のメンバーの雰囲気的には着いてしまった、という表現が正しいだろうか。
順番にシャワーを浴びて簡単にダンジョンで汚れた体を整えると、談話スペースではなく初めて来た時以来の会議スペースに一人ずつ腰かけていく。
議長席に座ったカケルさんの表情は、いつもと違って緊張したような感じで、他のメンバーにもそれが伝わってヒリヒリした雰囲気だ。
「全員そろったか。まず何から話せばいいか。なぜ攻略を急いでいるのかを話すためには、まずあれを話さないといけないし。いや、最初にこの話から。えっと……」
「カケル、落ち着いて。まずは私が攻略を急いでいる理由を話してみようか?」
珍しく慌てるカケルさんを見かねて、心配そうな声音でミサキさんがフォローを入れる。
こんなカケルさんの姿を見たのは勿論初めてのことで、俺は内心びっくりしていた。
「いや、僕が話さないと。……よし、覚悟を決めたよ。ミサキ、ありがとう。」
数秒の沈黙の後にカケルさんが言うと、祈るように顔の前で両手を組んでから大きく深呼吸をして、今度こそ落ち着いた口調でこう切り出した。
「陽向くんは、このパーティーのバランスが悪いと思ったことはないかな?もちろん陽向くんが加わる前の僕たちの話、だけどね。」
「……そう思ったことはあります。」
カケルさんの言葉は絶妙な切り出しだった。
メンバー全員の能力を聞いたとき一番最初に思ったことが、全体的に攻撃に偏っているというものだったからだ。
「そうか。そう思うのも当然だと思うよ。実際に陽向くんが加入前のパーティーバランスは悪かったからね。」
カケルさんの言葉自体は柔らかいものだが、この部屋全体には何ともいえない緊張感が漂い続けている。
カケルさんは一呼吸置いてから、更にこう続けた。
「実は陽向くんに隠していたことがある。いや、正しくは気持ちの整理がついてなくて言い出せなかった。だけど陽向くんや他の皆が前に進んで行く姿を見て僕も前に進まなきゃと気付いたんだ。陽向くん、実はね、2カ月前にダンジョンゲーマーズはメンバーを一人失ったんだ。そして、そのメンバーは、僕の、僕の妹だった。」
(え……?)
言葉が出ないというのはこういうことか、と思った。
なぜメンバーの雰囲気が重苦しかったのか、当然今なら理解することができた。
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