第43話

 目の前に対峙しているのはキングオーク。

 自分の体長と同じくらいの長さの金色のこん棒を肩に担ぎ、余裕そうな笑みを浮かべている。


 改めて近くで見てみるとその大きさはもちろんだが、醜くも凶悪さを感じるブタ系統の顔は、何の知識もないダンジョン発生前に突発的に出会っていたら腰を抜かしていたに違いないと思えるほど恐ろしい。


(……やっぱり来ないか。)


 基本的には相手に攻撃をさせて壁にダメージを溜めたい俺と、様子をうかがうキングオークとの間でお見合い状態が続く。

 やっぱりと思ったのは、陣形を守りに徹する形にしていたキングオークだけに、きっと慎重な性格なのだろうと考えていたからだ。


 だが、今回の戦いではお見合い状態であっても時間を稼ぐということに非常に大きな意味がある。

 一番警戒すべきなのはキングオークが命の危機を感じた際に放つという咆哮だが、時間が経てばたつほど咆哮に呼応するフロア内のオークは他の4人によって狩られて行くのだ。


 それを理解してかは分からないが、俺に先制攻撃の意思がないことを感じ取ったのだろう、ついにキングオークが自ら動き始めた。


 縦だけではなく横にも大きいキングオークが歩くたびに、ドスンドスンと小さくない振動を地面伝いで感じる。


(来いっ!)


 親衛隊のハイオークに溜めていたダメージを解き放ってしまったため、今の壁に溜められているダメージはほとんどないと言っていい。

 攻撃を一切せず防衛だけに徹するつもりの俺は、1メートル四方の壁の後ろになるべく体全体を隠すようにして、キングオークの攻撃に備える。


 近付いてきたキングオークも俺が避けずに受け止めるつもりだと分かったのだろうか、一切の防御を捨てて金ぴかのこん棒を大きく振りかぶり、そのまま勢いよく俺に向かって振り下ろした。


(お、重いっ?いや、これまでと同じだ!)


 一瞬衝撃を受けたような気がして焦るが、そんなことはない。

 今までと同様、衝撃は全て壁によって吸収され、俺の感覚としては壁に何かが当たった気配が残っているだけ。

 当然俺自身には何のダメージもなく、むしろ全力の攻撃による反発ダメージでキングオークの方がダメージを負ったようである。


ウガァァァア


 一歩後退したキングオークが雄たけびを上げる。

 警戒していた咆哮かと一瞬驚くが、単純に吠えただけのようだ。


(……怒らせたかな?)


 盾職の少ないダンジョン攻略者の世界で、一切のダメージを負うことなくキングオークの全力の攻撃を受け止めたのは俺が初めてではないだろうか。

 能力検査の時に雪の氷魔法を受け止められた経験があったためきっと大丈夫だとは思っていたが、さすがにノーダメージというのは想像以上だ。


 しびれ効果から軽い骨折まで治すことのできるダンジョン産の回復ポーションを念の為ポケットに忍ばせていたが、どうやら壁で受け止める限りは必要なさそうである。


(行けるっ!)


 キングオークは次から次に攻撃を繰り出すが、それを何度も受け止めるうちに次第に余裕が生まれてくる。

 キングオークに素早さがない訳ではないが、何にしろ図体が大きいため少しの動きで狙いが読み取れてしまう。

 キングオークもこん棒による攻撃だけでなく意表をつく狙いで蹴りやフェイントも織り交ぜてくるが、俺は冷静に壁を前面に出して受け止めることができていた。


 そんな風に十数回攻撃を受け止めたとき、怒りで攻撃が雑になっているキングオークについに隙が生まれる。


(よしっ、今だっ!)


 咆哮のことを考えると中途半端な攻撃は厳禁だ。

 キングオークが怒った状態であっても、体力自体はかなり残っているはずなので、今の壁にたまったダメージで一気に危機に陥れるほどまで削りきれるとは思えない。


 しかし念には念を入れて、俺が選択したのは左手の剣による攻撃。

 俺は一気に前に飛び出し、隙ができた胴体に渾身の一撃を振りかざす。


(えっ?)


 鎧の隙間から見える肌を狙い、確かに剣はそこを捉えた。

 捉えたはずなのに一切の手応えはない。

 それもそのはず、左手に握っていた剣が直接キングオークの肌に当たったところからぽっきりと折れたのだ。


 愛剣は事件の時にゴブリンジェネラルとの戦いで折れてしまったため、今使っていたのは予備の剣、愛剣を手に入れる前に使っていた剣だ。

 確かに使い込んでいたし、値段は安めで耐久値も高いとはいえないだろう。

 しかし数日間何の問題もなかったことを考えると、剣の問題というよりは単純にキングオークが硬いのだろう。


(……まさか剣が折れるとは。)


 これによって調子を出したのはキングオーク。

 剣をしまい、右手の前に出された壁だけで待ち構える俺は一見攻撃手段を持たない。


 さっきまでの雑な攻撃が嘘かのように、一転苛烈な攻撃を加えてくる。


 しかし、俺は意外にも全く焦りを感じていなかった。

 愛着があった剣であったため折れたことに多少のショックはあるが、もともと剣でキングオークを倒そうと思っていたわけではない。

 そもそも桐生さんとの模擬戦において壁だけで戦うことも経験しており、初めてのシチュエーションでないことも俺が落ち着きを保てている要因の一つだった。


 折れた剣よりも良い性能の予備の剣は持っていないため、カウンターでの剣による攻撃は諦めて今度こそ壁による防御だけに徹することにする。

 キングオークの攻撃は一撃一撃が鋭いものではあるが、最初から攻撃の意思を持たずに守るだけでいいというのであれば受け止めることは難しくない。


 ある程度の余裕を持ちながら戦えている俺は、キングオークが離れたタイミングで周りを見渡す。

 他のメンバーによってオークは順調に数を減らしており、カケルさんとミサキさんが戦っているジェネラルオークも傷がかなり目立ち始め、倒されるのも時間の問題であるように思えた。


 俺は安心して、再びキングオークの方に視線を戻す。

 先程と同じ様に壁に全身を隠すように構えると、また攻撃を仕掛けてくるという予想に反して、キングオークが意外な行動を見せていた。


(まずいっ!)


 一切ダメージを負わない俺にしびれを切らしてターゲットを切り替えたのだろうか、俺から見て左手の方向に向かい走り出している。

 慌てて俺はキングオークの後を追うが、そもそも歩幅が違うため、なかなか距離を詰めることができない。


「カケルさん!キングオークがそっちに行っています!」


 動き出した方向から考えてキングオークの狙いはカケルさんだろう。

 カケルさんが担当している左側は序盤に多くの魔物を引き付けたために、右側よりも残っているオークの数が多い。

 現在カケルさんが相手をしているジェネラルオークも傷だらけとはいえまだ戦える状態。

 蓄積された反発ダメージがありつつも動きはまだ万全なキングオークが戦闘に加わってしまうと、さすがのカケルさんも劣勢になってしまうかもしれなかった。


(間に合え!)


 俺も全速力で追ってはいるが、どう考えてもキングオークがカケルさんのもとに辿り着くのが早そうだ。


 だが俺の心配は杞憂だった。

 ソロで戦い慣れていたためか自分がどうにかしないといけない気持ちになっていたが、今は一人で戦っているのではなく、他にも仲間がいる。

 俺が出した声で状況に気付いたのだろう、茜ちゃんの綺麗な水色の魔力水晶による攻撃がすぐさまキングオークのもとに飛来し、それを避けさせることでキングオークの勢いを殺す。

 そしてその隙にキングオークへと追いついたヒカリさんが、気配遮断を解除し、短剣を構えてキングオークの前に立ちはだかった。


「そちらは駄目です、キングオークさん。」


 いきなり現れたヒカリさんに驚いたキングオークがのけぞった瞬間、ヒカリさんが目にもとまらぬ速さで突撃し、露出された足元の辺りを短剣で切りつける。

 一瞬剣が折れた先ほどの光景が思い浮かんだが、俺のように剣が折れることはない。

 むしろキングオークは初めて目に見える傷を負って、自分のターゲットを変更する作戦が失敗したことを悟ったようだった。


 だがキングオークの立て直しも早い。

 すぐに我に返ったキングオークは勢いそのまま、離脱したヒカリさんに標的を変え、素早くこん棒を振り下ろす。


 ヒカリさんは直前まで避ける動作を見せることなくフッと笑うと、気配遮断を発動して姿をくらました。

 親衛隊の時に姿をくらますのを見ていたであろうキングオークも慌てることなく、こん棒を振り回しヒカリさんを探すが、振り回されたこん棒がヒカリさんを捉えた様子はない。


「ヒカリさん、助かりました!」


 その間にようやくキングオークに追いついた俺が振り回されたこん棒を壁で受け止め、再びターゲットをもらうことができた。


「気にしないで。ここからは私も助太刀します。」


 後ろからそうヒカリさんの声が聞こえた。


 そこからはほとんど一方的な戦いとなった。

 俺が壁でキングオークの攻撃を受け止めた後、死角からヒカリさんが現れダメージを与え過ぎないように短剣で切りつけて小さな傷を増やす。

 そういった波状攻撃が繰り返されることで、キングオークが疲労していくのが手に取るように分かった。


 そんな攻撃を繰り返しているうちに右側のジェネラルオークを倒したミサキさんが合流し、程なくして近くで戦っていたカケルさんも合流する。


「陽向くん、残るはキングオークだけ。攻撃解禁だ。」

「分かりました。スイッチします!」


 反発ダメージを受けてキングオークがノックバックした瞬間、俺は横に大きく勢いをつけて飛び、後ろに控えていたカケルさんとスイッチする。


『火炎斬』


 カケルさんがそう唱えると大剣に赤と橙の大きな炎が纏わり、そのまま鎧を無視してキングオークを正面から切りつける。


アガァァァア


 見るからに高火力な攻撃であったが、キングオークは満身創痍で立ち上がり、部屋が震えるほどの大声で叫ぶ。


「陽向くん、咆哮だ!止めを刺せ!」


 キングオークから見て左方向に退避していた俺は、カケルさんの声に反応してガラ空きになった横っ腹へと壁を押し当てた。


アガッッ、アッ


 壁に吸収されたダメージを体で受け、先ほどとは異なる情けない小さな声を上げながらキングオークが地面に倒れていく。

 今までの攻撃と違って俺の手には確かな手応えが残っている。


 少しすると予想通りキングオークの体は粒子となって消え、地面には宝箱と王冠、そしてこん棒が残される。


「よくやったよ、陽向くん。」


 すでにフロア内のオークは全て討ち取られており、最後に残ったキングオークも今仕留められた。

 右肩に置かれたごつごつした頼もしいカケルさんの手が、キングオークの軍勢との戦いの終わりを告げた。


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