第42話

 カケルさんの合図で俺とミサキさんは第10階層、ボス部屋の重い扉をゆっくりと押し開ける。


 事前の打ち合わせでは俺がボスであるキングオークを引き受け、ミサキさんとカケルさんで2体出現するジェネラルオークとその周辺の敵を担当することになっている。

 その他、茜ちゃんは後方からボス部屋内のオークを遠距離攻撃で減らし、ヒカリさんは敵の多いところのフォローに入るという役割を担う予定だ。

 ヒカリさんと茜ちゃんは優先的に俺に近付いてくる魔物を狙ってくれるようだが、それでも俺がキングオークだけに集中するというのは難しいだろうし危険でもある。


(なるほど……、これなら軍勢と呼ばれるのも納得できる。)


 扉を完全に開くと、キングオーク率いるオークの軍勢の全容を見ることができた。

 オークたちはバラバラに散らばるのではなく、キングオークを守るように整然と並んでおり、初めて見る俺にとってはとても異様でとても不気味な光景だ。

 これまでの経験からオーク1体1体は問題なく倒せることが分かっているが、さすが軍勢というだけあって、その数は100を優に超えているだろう。


(奥に見えるのが俺が相手をするキングオーク……。)


 一番奥の中心で待ち構えている、ひと際大きなシルエットをしたのがキングオークに違いない。

 周りのオークと比較した感じ、体長は3メートルほどあるだろうか。

 少し離れたこの場所からではその表情を捉えることはできないが、全身は鎧で纏われており、王冠とこん棒はどちらも金ぴかに光っているため、どちらかというと悪趣味な見た目である。


「さぁ陽向くん、行くよ!」


 ミサキさんに呼びかけられてはっと我に返り、一番先にボス部屋へと入ったミサキさんをすぐに追いかける。

 恐怖や不安は感じていないが、整った魔物の軍勢というものに少し圧倒されていたのだ。


 ミサキさんは俺を待たずに先行し、飛行魔法でこん棒の届かない距離まで上がってからオークの軍勢全体を見渡している。

 上から俯瞰して戦闘中の指示を行うことの多いミサキさんは、まずは陣形のどこかに綻びがないかを探しているのだろう。

 ミサキさんが上空から近付いてもオーク達は動きを見せることなく静けさを保ったままで、俺たちが先に攻撃を仕掛けるのを待ち構えている状態だ。


(こんなボス戦は初めてだ。)


 この状況を一言で説明するなら、睨み合いという言葉が正しいだろう。

 これまで戦ってきた魔物はほとんどが直情的であり、そうでないとしても好戦的な姿勢を崩すことは滅多になかった。


 俺自身はミサキさんの合図があり次第突撃できる心構えを作っていたが、相変わらずオークの軍勢は動きを見せず、こちらはこちらで茜ちゃんやカケルさんが魔法で仕掛けるということもない。

 しばらく入口付近でミサキさんの指示を待っていると、なんと飛行魔法で再びこちらへと戻ってきている。


(あれ?ミサキさんが戻ってきたぞ?)


 このまま戦いが始まるのだろうと身構えていた俺は、ミサキさんの行動に拍子抜けしてしまう。

 状況から考えるに、ミサキさんが先行したのは単なる偵察が目的だったということなのだろう。


 降りて再び地面へと戻ったミサキさんを囲むようにして、俺を含めた4人が再び集まる。


「驚いたでしょ!」


 ミサキさんがニヤニヤしながら俺に向かって言った。

 再び軍勢の方に目を向けると、この間も変わらぬ態勢で待ち構えるのみだ。

 ミサキさんの言う通り俺は驚いていたが、すぐにあることを思い出して納得する。


(キングの名がつく魔物が率いる軍勢は統率力が半端ないんだっけ。)


 以前読んだダンジョンの情報誌に、そんなことが書かれていた記憶がある。

 通常の魔物は上位種によってある程度統率されるとはいえ、それなりの自由行動を伴うものである。

 しかしキングが率いる軍勢だけは例外であり、キングのもとで陣形を組んで守りに徹することがあるのだと書かれていたはずだ。


「キングオークが率いるというのはこういうことだったんですね。」

「そう。僕たちも初見の時は普通のオークでさえ動きを見せないことに驚いたものだよ。それでミサキ、どうだ?」

「今回も陣形に乱れはないね。だけど強いて言うなら陣形の右側のオークの方が弱いかな。装備も若干貧弱に見える気がするし。」


 ミサキさんが真面目な口調で答える。

 ダンジョン内の魔物は倒されても記憶や経験が引き継がれることがない、というのが常識だ。

 だが同じ魔物でも個体差があり、力が強いものや賢いものといった風に強さが異なっている。


「ミサキさんは見るだけで強いか弱いかが分かるんですか?」

「装備については見れば分かるよ。鎧を身に付けているオークが左側に多いのが上から見て分かったんだ。あとは……、勘かな?」

「ミサキの勘は本当に勘なのか疑ってしまうくらい当たりますけどね。」


 ミサキさんが冗談ぽっく言った言葉に、すかさずヒカリさんがフォローした。

 ヒカリさんによると、ミサキさんの魔物に対する勘は外れることがないらしく、索敵系の能力を持つマスターが不在の時でも安全に攻略が進められるのは、彼女の勘によるところが大きいらしい。

 ダンジョン出現前からナンパを避けるのが上手かったというのはミサキさん談だ。


「ではこうしよう。左側を僕、右側をミサキが担当する。陽向くんはミサキと一緒に右側から攻めて、斜めにキングオークの方へと切り込んで行こう。僕はなるべく左側のオークを引き付けておくけどヘイトを買いすぎるのはまずい。茜とヒカリは僕の援護も頼んだよ。」


(そうか。わざわざ正面から突っ込む必要はないのか。)


 カケルさんの立てた作戦に俺は感心する。

 俺はキングオークに辿り着く最短ルートである正面から、というようにそれぞれが分かれて攻め立て、各自が担当の魔物を各個撃破していくイメージをしていたが、それだとパーティーの良さを全く生かせない。

 とはいえ全員が同じ場所から攻めるという極端な作戦は、敵戦力の集結を招いて乱戦になってしまう可能性がある。

 カケルさんの作戦はうまく敵戦力を分散させつつ、なるべく早く俺がキングオークのもとに辿り着けるようにする最善策のように思えたのだ。


「では行こう。皆、くれぐれも油断だけはしないように。」


 カケルさんの合図で前線を張る2人が飛び出し、今度こそ俺はミサキさんに続いて陣形右側の方に向かって進撃した。

 ミサキさんは飛行魔法で上昇して先行し、早くも先頭のオークに攻撃を仕掛けている。


(さぁ、行くぞ!)


 俺も気合を入れ直し、壁を右手の前に展開してから左手に剣を持つ。

 オークはキングの影響なのか普段より冷静に対応しようとしているように見えるが、ミサキさんはオークを次々と切り伏せており、そのオークの群れに俺も突っ込んでいく。


(まずは一体目。)


 ミサキさんの攻撃によって傷だらけだったオークに剣で攻撃を加えて仕留める。

 ヘイトがミサキさんに向かっているため周りのオークは隙だらけだ。


「陽向くん、周りのオークに気を取られ過ぎないでね!」


 隙だらけのオークに気を取られて次の敵を欲していた俺にミサキさんが冗談っぽく忠告する。

 あまりにも図星だったため俺は思わず苦笑するが、ミサキさんの言うことは100%正しかった。


(俺の相手はあくまでキングオークだ。)


 俺とミサキさんの攻撃に加えて、後方にいる茜ちゃんの精密な魔力水晶による援護射撃によって、右側の陣形は少しずつ崩れつつある。

 この調子で進んで行けば、容易にキングオークのもとに辿り着けそうだ。



 そんなことを思って戦い始めること10分。


(来たかっ……!)


 進路上に立ち塞がったハイオークに止めを刺した俺に、ある魔物が目を付けた。

 このボス部屋の中ボス的存在であるジェネラルオークだ。


 俺が気付いたときにはすでに動き出しており、交戦は避けられないと思った俺は壁を突き出して、降りかかるこん棒に備える。


 その時だった。

 振り下ろされたこん棒を受け止めたのは俺の壁ではない何か。


(……ミサキさん!?)


 俺の目の前に現れたのは、つい先程まで上空からオークの群れに攻撃を加えていたミサキさん。

 ミサキさんはジェネラルオークの目線くらいの高さで浮かび続けながら、自身の剣で銀色に光るジェネラルオークのこん棒を受け止め、そのまま難なく弾き返す。


「君の相手は私だよ?」


 ミサキさんは不敵な笑みを浮かべ、再び上昇し間合いを取る。

 どうやら上手くターゲットが切り替わってくれたようで、ジェネラルオークの視線はミサキさんに向かう。


「陽向くん今のうちに。頑張ってね!」

「はい。ミサキさんもご武運を!」


(こんな風に頼もしい人になりたい。)


 ダメージや衝撃を完全に吸収する壁で攻撃を受け止める俺に対し、防御系の能力を持たないミサキさんは生身で衝撃を受けることになる。

 いくら基礎能力が上昇しているとはいえ、さすがにさっきのジェネラルオークの攻撃は多少なりとも腕にダメージがあるはずだった。

 しかし、ミサキさんはそれを一切表情に出すことはなく、むしろ笑顔で俺を送り出してくれた。

 もしかすると本当にダメージを受けていないのかもしれないが、どちらにしてもすごいことに違いはない。


 ミサキさんの視線を受けながら、俺はジェネラルオークの脇を抜けて、一直線にキングオークのもとへと向かう。

 すでに陣形は伸びきっているが、未だキングオークの周辺には親衛隊のようにハイオークが10体ほど固められているのが見えた。


「陽向くん、援護します。」


 今度はすぐ後ろの方から、再び頼もしい声が聞こえた。

 気配を遮断しているため姿は見えないが、全体のフォローを担当しているヒカリさんの声だ。

 なるべく1対多を作りたくない能力を持つ俺は、どのようにしてハイオークの群れを切り崩すかを考えていたが、ヒカリさんの援護があるのならば話は変わってくる。


 この間も左側の敵を引き付けてくれているであろうカケルさんのことを思い、俺はすぐに真っ直ぐ正面から突破することを決め、そのまま駆け出す。


(自信を失っていた昨日までなら、ここで一旦立ち止まっていたかもしれない。)


 この状況で瞬時に判断ができたのは、昨日までの俺にない”成長“だ。


 予想通りヒカリさんの援護は適切で、俺はここまでに溜めていた壁のダメージを1体目のハイオークにぶつけて即殺すると、その後ろに控えていたハイオークをすぐさま次のターゲットに定める。

 周りのハイオークは姿の見えないヒカリさんの攻撃に翻弄されて、がむしゃらに正体を探しているようで俺に見向きもしていない。


 俺はものの数分でキングオークの前に立ちはだかる最後のハイオークを倒し、いよいよ本来のターゲット、キングオークと対面する。


 キングオークはすでに臨戦態勢で、戦闘の始まりを今か今かと待ち構えているようである。

 全身を鎧でまとってはいるが、どちらかというと武人というよりは蛮族といった方が自然な見た目だ。

 3メートルというこれまで戦う魔物の中で一番の大きさのため存在感は感じるが、これまで初見の魔物と戦った時のような威圧感はない。


(さぁキングオーク、楽しもう!)


 ダンジョン攻略はもともと俺の趣味で、かつ日々の楽しみだった。

 強敵を目の前にして体内の血がたぎるという久々の感覚を感じる。


 興奮する心を落ち着かせるように一度大きく深呼吸をしてから、俺は左手の剣を強く握りなおした。


 いよいよ戦いの始まりだ。


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