第41話
目の前にはハイオーク一体。
もう一体はミサキさんがひきつけて部屋の隅まで誘導してくれたため、完全に一対一の構図だ。
ハイオークが戦闘の開始を告げるように叫び声を一つ上げる。
それを受けてもやはり、ハイオークからこの前のような威圧感は一切感じられず、直接対峙している今も心にはかなりの余裕があった。
(さっさと片付けてしまおう。)
いくら重い攻撃であっても壁に当てさえすれば吸収が可能であり、かつ一切の衝撃を受けることはない。
今の俺にとってハイオークの一番注意すべき点は、高い跳躍力をもって動き回られ、壁の防御が間に合わない死角を狙われることである。
この前戦ったときと決定的に違うのは場所の広さ。
ある程度開けた場所であった集落と違い、今回は限られた広さのボス部屋であるために、ハイオークも派手な動きはできそうにない。
(なかなか仕掛けてこないな……。)
さすがオークの上位種であるハイオーク。
俺が1人になったことに油断して飛び掛かってくるのではなく、自分たちを倒しにきた攻略者が1対4で別れるという状況の不自然さに警戒心を最大限高めている様子だ。
一対一とはいっても、俺の近くにはヒカリさんが気配を隠しながら万が一に備えて待機しており、実際には一人ではないのだが。
(そっちが仕掛けてこないなら俺から行くぞ!)
銀色の金属でできたこん棒を構えたままハイオークが動きを見せないのを見て、俺の方から仕掛けることにする。
まだ壁にはダメージが蓄積されておらず、完全に見せかけの攻撃に過ぎないのだが、それでも動きを見せるだけで一定の効果はあるだろう。
俺は体の前面に壁を押し出し、そのまま地面を強く蹴ってハイオークの方へと飛び込む。
すぐに動ける態勢を作っていたハイオークは、慌てることなく俺の動きに合わせるようにこん棒を振り下ろす。
「遅いっ!」
戦闘中にも関わらず心の声が漏れ出してしまうほど、ハイオークの動きは遅く思えた。
俺は楽々とこん棒に壁を押し当て、そして強く押し込む。
壁の反発ダメージに加えて俺が壁を押し込んだことにより、いとも簡単にハイオークが大きく体勢を崩した。
「ウガァァア!」
次の瞬間、ボス部屋にハイオークの苦し気な声が響き渡る。
ハイオークが体勢を崩し大きな隙を作った瞬間に、意識することなく自然な流れで左手に持った剣での攻撃を決めることができたのだ。
同じようなことを何回か続けて俺はハイオークをボス部屋の奥の方へとどんどん追いやっていく。
慣れない左手の剣での攻撃はハイオークにとって致命的なダメージにはなっていないが、それでも繰り返し同じような場所を狙い続けたことでハイオークの動きが鈍りだしている。
(こんなものだったっけ……?)
前回戦った時もそこまで苦戦した記憶はないが、さすがにここまで一方的ではなかったはずだ。
戦闘を開始してから大した時間も経っていないが、目の前のハイオークはすでに満身創痍で闘志も失いつつあるように見えた。
右手の壁と左手の剣で牽制し、部屋の壁際へと追いやるように誘導すると、再びハイオークの方へと地面を強く蹴って、一定量のダメージが蓄積した壁をハイオークの腹のあたりに押し当てる。
直前に俺の意図に気付いたハイオークが急いでこん棒を振り下ろそうとするが、俺の動きの方が圧倒的に速い。
それがトドメの一撃となったハイオークは体力が尽き、こん棒を振り下ろす姿のまま粒子となり消えて行く。
(……もう終わったのか。)
まるで呆気ない戦いだった。
前回ハイオークと戦った時とは全く違う感覚で、まるで能力者になる前でも楽に戦うことのできたゴブリンとでも戦ったような手応えのなさである。
「陽向さん、この数日でかなり力をつけたようですね。ハイオークは完全に陽向さんにとって格下なようです。」
「いや、俺にもなにが何だか。確かに拍子抜けするほど楽に戦うことができましたけど……。」
俺の予想通り近くで待機していたヒカリさんが姿を現して、そう言った。
俺の内心と同じように、彼女の表情からは驚きが感じられる。
しばらくヒカリさんと戦いを振り返っていると、少し離れたところでの戦闘を終えた他の3人も、俺たち二人の方に駆け寄り会話に加わる。
ヒカリさんと話しながら彼らが倒す様子を横目で見ていたが、終始安定した戦いで危ないと思うシーンは一回も見当たらなかった。
準備運動がてらいつもより大きく動き回り、決定的なダメージを与えないように戦っているようだったが、そうでなければハイオーク程度は誰が戦っても瞬殺できる相手なのだろう。
「陽向くん、気になってちらちら様子を見ていたけど短期間でかなり腕を上げたようだね。」
「能力覚醒後は特に一回の戦闘経験だけでも大きく成長することがあるからね。もしかして、お姉さんに秘密の特訓でもしたのかな?」
カケルさんの言葉に続けて、ミサキさんがからかい半分で冗談を言う。
だがミサキさんの言葉には一つだけ心当たりがある。
俺の思う心当たりとは、昨日の桐生さんとの模擬戦と剣での打ち合い。
決して長い時間ではなかったが、戦い方や立ち回りで吸収できることはたくさんあったし、自分でも驚くほどの集中力を発揮し、想像していたよりも戦い合うことができた。
本当の命がかかっておらず、胸を借りるという気持ちがあったために半分捨て身で挑めたこともあるだろうが、能力者になって自分が持つすべてを出し切った感覚になれたのは、あれが初めてのことだった。
俺は正直にそのことを伝える。
「桐生さんって、あの桐生さんだよね?そうなら間違いなく昨日の経験が生きているんだろう。僕にとっても憧れの存在だから色々考える前に羨ましいという感情が出てきてしまうけどね。」
カケルさんは俺が桐生さんと手合わせしたという話を聞いて少年のように驚き、更なる詳細を知りたがった。
ミサキさんや茜ちゃんはそのカケルさんを暑苦しい男でも見るような目で一瞥していたが、意外にもヒカリさんも俺の話に興味を持ったようで続きを促す。
主を失ったボス部屋で、俺は2人からの圧に負けて昨日の話をかいつまんで話していく。
「桐生さんの攻撃を15分も受け続けることができたと。」
「結局隙を狙おうとしたときに一気に詰められて簡単に負けてしまいましたけどね。」
「それは当たり前です。桐生さんは世界最強の存在ですからね。陽向さんの能力は私たちが想像していた以上に素晴らしいものかもしれません。」
いつもより声が大きく、早口で話すヒカリさん。
どうやらヒカリさんは熱烈な桐生さんファンであるようだった。
しかし俺は俺で、桐生さんとの戦闘中はあまりにも必死で気付くことができなかった事実を子どものように興奮する二人との会話によって思い出し、今更ながら憧れの人と手合わせしたという大きな実感がわいてきた。
カケルさんやヒカリさんに言わせれば、桐生さんの動きと比べてハイオークの動きを遅く感じるのは当たり前。
いくら模擬戦とはいえ、桐生さんの猛攻撃を一応はさばき切ることができたのだから、ハイオークの速さが全くの脅威に感じなかったのも当然のことなのだろう。
それにこれまでと違い、慣れない左手の剣で攻撃を繰り出せるようになったのも、隙を見つけようとする意識が高まったことや、上がった動体視力に慣れ始めたことでハイオークのスピードに対応できるようになったことが関係しているのかもしれない。
「まぁまぁ、カケルもヒカリも落ち着きなよ。まだ一回戦っただけだし次は連携も意識しながら戦ってみよう。」
まだまだ話を続けたそうな二人に呆れて、ミサキさんが会話に割って入る。
「確かにそうだ。つい興奮してしまったね。とにかくこの前に比べて陽向くんの戦いに対する安心感は大幅に上がっているんだ。油断してはいけないけど、自信を持って戦っていこう。」
「分かりました。俺自身戸惑いがあるので気付いたことがあれば教えてください。」
ミサキさんの言葉で各々が必要な素材を回収し始め、今度こそ次の階層に向けて出発するようだ。
全員最低一戦は交えているが、本来の目的である第10階層での戦闘を考えるとまだまだ調子を上げる必要があるだろう。
そして2時間後。
第9階層までは様々な動きを試しながらじっくりと攻略し、やっと第10階層の禍々しく重厚な扉の前まで来ることができた。
スタミナに課題があるため少し疲れを感じてはいるが、ここまでの戦闘では連携含めて順調そのものだった。
そもそもハイオークは苦戦する相手ではなかったが、第9階層に現れた更なる上位種であるジェネラルオークも苦戦せず倒せたことで、成長の実感とこれまでなかった自信が生まれていることを感じる。
「持ち物は確認できたかな?準備ができたようなら早速挑もう。陽向くん、キングオークの相手は任せたよ。」
俺は改めて回復薬などの必要物資が揃っているのを確認し、カケルさんの期待の言葉に対して強く頷く。
緊張はしているが不安はなく、むしろ高揚するような感覚を覚えている。
(キングオークとの戦いを楽しみに感じているんだ。)
ダンジョンでこの高揚感を感じるのは久しぶりのこと。
昨日桐生さんと戦い、話をしたことによる精神の安定は、様々な面で良い影響を及ぼしてくれているようだった。
(……任せてください。)
まだ恥ずかしくて言葉には出せないが、心の中でカケルさんの言葉に対してそう唱えた。
俺はふと気になって4人の顔を見る。
カケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、茜ちゃん。
以前は苦労させられたというキングオークとの戦い直前であるのに、誰一人として不安そうな表情をしたメンバーはいない。
これまでの俺には周りを気にする余裕はなく、ひたすら自分がどう行動すればいいかということばかりが気になっていた。
しかし今は落ち着くことができ、そして自分も他の4人と同じような表情ができているはずである。
今日が俺のダンジョンゲーマーズの一員としての本当のスタートかもしれない、そう感じる瞬間だった。
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