第40話
日曜だというのにダンジョンビルの裏口は、例のごとくほとんど人気がない。
新たな集合時間が近付いて俺たち3人が向かっているのは、カケルさんとミサキさんがいるという攻略本編集部にある会議室。
先日マスター、雪と攻略した際にも訪れた、関係者以外立入禁止のエリアである。
ホームを出た瞬間から、俺の右手は半強制的に茜ちゃんと繋がれており、すれ違う人が少ないとはいえ大学生の俺としてはかなり気恥ずかしい思いをしている。
(人に見られない場所を通れるのは助かるけど……。)
少しでもこの恥ずかしさを紛らわせようと、俺はヒカリさんに何となく気になっていたことを尋ねる。
「そういえばヒカリさん、活動日に決まりはないんでしょうか?今日は日曜ですけど普通に攻略を進める日のようですし。」
「そうですね、活動日についての決まりごとは特にありません。普段は洞窟から魔物が溢れ出さないように設けられた攻略拠点付近の討伐ノルマさえクリアしていれば問題ないですから。」
ダンジョンゲーマーズの盛り上げ役であり、会話の中心となることが多いミサキさんが今はいないため、俺の問いかけに応えてくれるのは専らヒカリさんである。
気配遮断の能力を活用して気配を隠し驚かせることの多い、イタズラ好きなヒカリさん。
本人から話すことが得意ではないと聞いていたが、俺自身の感覚としては、得意ではないものの話すことは好きといった感じである。
「えっ?攻略にもノルマなんてものがあるんですね。」
「……ヒカリお姉ちゃん、そんなの誰も気にしてないよぉ。」
「そうですね。一応雇い主から設定はされていますが、茜の言う通りこの攻略拠点は人が多いですから私たちが間引かずとも魔物が力を蓄えるまで成長することはまずないでしょうね。」
確かにヒカリさんの言う通り、立地や構成含めてこの攻略拠点は日本屈指の優れた拠点との評判で、単純に訪れる攻略者の数が多くなっている。
当然その中には上位の攻略者や能力者も含まれており、ダンジョンゲーマーズとしては攻略や訓練がてら拠点から少し離れた人気のないエリアの魔物を倒すだけで、意識せずとも自ずとノルマが達成されるのだろう。
「さぁ、そろそろ目的地ですよ。2人はその先の部屋にいるとのことなので私たちも向かいましょう。」
ヒカリさんの後をついて到着したのは、見覚えのある例の攻略本編集部。
この前と同じように、土日だというのに空席よりも忙しく働いている人の方が目立つ印象を受けるのは、攻略拠点が24時間営業だからなのだろうか。
(おっ!)
事務所をそのまま通過しようとすると、セイラさんの親友だというこの前顔見知りになった攻略本編集部副部長の渡辺さんが、俺を見つけて小さく手を振る。
二人に気付かれないように俺も小さく振り返した、つもりだったが、茜ちゃんの手を握る強さが手を振った瞬間から明らかに強くなり、どうやら気付かれてしまったようだった。
(いやいや手が割れるって!どこからそんな力出してるんだ、茜ちゃん!)
俺が茜ちゃんの握力の強さに悲鳴を上げそうになっている間にも、ヒカリさんはスタスタと進み、目的地と思われる部屋に一足先に入って行く。
目的の部屋は、遺跡型の転移魔法陣のトラップを報告した後に雪だけが案内された部屋のようだった。
茜ちゃんから感じる妙な目線を気にしないようにしながら会議室に入ると、カケルさんとミサキさんが先に部屋に入ったヒカリさんと、椅子にも座らずに入り口付近で立ち話をしているのが見えた。
どうやら会議はすでに終わっており、俺たちの到着を待っていたようだ。
「おっ、来たね。3人とも、今日は突然の時間変更申し訳ない。ヒカリから聞いたと思うけど、さっき正式に第20階層の再攻略に挑む日が決まったよ。今日からちょうど1週間後。来週の日曜日に第20階層のボス、キングオーガに挑む。陽向くんからすると早いと思うかもしれないけど僕たちにも急がないといけない理由があってね。今日の攻略が終わった後にその辺のこともきちんと伝えることにしよう。」
加入してからまだ数日しか経っていないため、確かに今日から1週間後というのは早いように思える。
だが加入時に近々第20階層に挑むと聞かされていたため、それほど驚きはなく、心構え自体に問題はないだろう。
(キングオーガ……。一体どんな強さなんだろうか。)
心配なのは日程のことよりも、足手纏いにならないようにどこまで自分を高められるか、ということだ。
オーガは転移魔法陣で飛ばされたときに見かけた魔物だが、あの時点では到底かなう気のしない格上の存在だった。
雪は何ともないようになぎ倒していたが、その上位種であるキングオーガは経験豊富な能力者であっても、簡単に倒せる相手ではないはずだ。
「……カケル、あのことも話すの?というかその前にカケルは話せるの?」
「もう大丈夫だ。この前のことがあって僕も気持ちの整理がついたから。」
「なら……、いいけど。」
ミサキさんが言っているのは、マスターも言っていた複雑な事情とやらのことだろう。
カケルさんは特に表情や雰囲気が変わった感じはないが、他の3人についてはカケルさんを窺うように恐るおそる、という様子だ。
「さ、話は一度置いといてさっさと攻略に行こうか!会議で体が固まったから早く運動したい気持ちなんだよね。」
「そうだな。陽向くんもこんな言い方をしたら気になってしまうと思うけどひとまず攻略に集中していこう。僕らに残された時間は決して多くはないからね。」
ミサキさんの呼びかけで急に重苦しくなった場の雰囲気はガラッと変わり、皆がほっとしたような表情になった。
久々の本格的なダンジョン攻略ということもあって俺を含めた5人ともが、うずうずとした表情だ。
カケルさんもそれを感じ取ったのか、早速会議室を出て、歩きながら今日の目的と作戦を話し始める。
「ということで今日はこれから第10階層に挑む。体も慣らしたいからそこまでは積極的に接敵するようにしよう。陽向くんは初めての第10階層だからボスの説明をしておこうか。第10階層は一般の攻略者が未到達の階層だからね。」
そう。
一般の攻略者が攻略を終えているのは第9階層までであり、攻略本にもそこまでの記載しかない。
つまり俺としては第10階層は完全初見というわけであり、それに気付いた俺は少しずつ手に汗をかき始める。
「私から説明するよ!第10階層のボスはキングオーク。その名の通りオークを統べる王、だね。王冠のようなものを付けているからすぐにキングオークだとわかると思うよ。ハイオークほどの跳躍力とか俊敏さはないけど力は桁違いに強いし、それにかなり賢い。私たちが攻撃を入れられないようにクレバーな戦いを仕掛けてくるから注意が必要ね。」
詳しい情報はなかったが、噂程度になら能力者になる前に第10階層のボスであるキングオークの話を聞いたことがある。
オークの上位種やその他普通のオークをまるで手足のように操り、盤上のように自由自在に戦場を支配する。
一般の攻略者が第10階層を突破できていないのは、このキングオークの壁があまりにも高すぎるからだとの話だった。
「今回も陽向くんには一番の強敵であるキングオークの相手をしてもらいたい。これは僕たちにとっても苦い思い出なんだけど、キングオークは自分の命がピンチの時に咆哮するんだ。それによる膠着効果も注意すべきなんだけど、一番気を付けないといけないのは他のオークたちに強力なバフ効果が与えられること。オークはハイオーク並みに、上位種も一個上の上位種並の強さになってしまう。初めて挑んだ時はそれを知らなくて、あれはかなりのピンチだったね。」
「そう、あのときは大変だったよ陽向お兄ちゃん……。」
依然俺の右手を握ったままの茜ちゃんもしみじみと言う。
4人の表情から見るにキングオークはあまり印象の良い相手ではないようだ。
「ということは俺は他の皆がキングオーク以外を倒しきるまでターゲットをもらい続ければいいということですね。」
「うん。そういうことになるかな。」
カケルさんの話で自分の役割は理解することができた。
賢いというキングオークなら、先に他のオークを倒してしまおうという俺たちの作戦に早々と気付いてしまうかもしれないが、そこは俺がどうにかしてターゲットをもらい続けろ、ということなのだろう。
(駆け引きとタイミングが重要になりそうだな。)
俺が気を付けないといけないことはターゲットをもらい続けるということもそうだが、間違ってもキングオークに自分のピンチを感じさせるような中途半端な攻撃をしてはいけない、ということだ。
自分の攻撃を過信した結果一撃で倒すことができなければ、一気に形勢が逆転し皆を危険に晒してしまうことになる。
ただし壁は俺の意思によって攻撃か防御を切り替えることができるようなので、その点俺が焦らなければ特に問題はないはずだ。
このように作戦を確認しながら進み、洞窟を抜けて攻略拠点に着くと、早速拠点を飛び出して、遺跡型ダンジョンへと向かう。
道中接敵した魔物は瞬きする間もなくカケルさんが火属性魔法で瞬殺し、そのまま止まることなく遺跡型の入口へと到着した。
第4階層までは道中と同じようにカケルさんが単独で相手をし、個人的に心配していた第3階層のゴブリンジェネラルもカケルさんの大剣によって一瞬で倒される。
そして第5階層。
ここから第9階層までは連携を確認がてら、各自第10階層に向けて戦いながら調子を整えて行くようである。
俺が第5階層を訪れるのは初めてのこと。
作り自体はこれまでの階層とそんなに変わっていないが、出現する魔物は一般の攻略者の命を一撃で脅かす恐ろしい魔物だ。
「お、攻略本通りにハイオークが2体だね。肩慣らしに1体は陽向くんが相手をしてもらえるかな?」
「はい、俺がやります。」
カケルさんの指を差した方向を見ると、確かにそこには敵を今か今かと待ちわびるハイオークの姿が二つ見えた。
ハイオークはオークの上位種だ。
以前オークの集落で対面した時は威圧感を感じたものだが、今は全くそれがない。
俺はハイオークを見つめながら冷静に右手の前に壁を出現させて、左手に剣を持つ。
昨日までと違い、自分の心の中に迷いはほとんどない。
ただ目の前の敵に冷静に対処して、自分にできることをやるだけ、そういう思いが強かった。
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