第39話

「ダンジョン攻略会か……。陽向君もまた厄介な連中に目を付けられたものだね。」

「マスターは知ってるんですね。俺は午前中に聞いたのが初めてでしたしダンジョン協会の入澤さんからは公にされていない組織だと聞きましたけど。」


 俺の話を一通り聞き終えてから、一言目にそう反応したマスターに俺は驚いた。

 情報収集を仕事としていることは聞いていたが、入澤さんの話ではダンジョン攻略会と関わったことのある人しか知らないとのことであったため、言葉通りだとするとマスターは関わったことがあるということになる。


「ダンジョン攻略会の名で知っている者は少ないだろうが、表の顔の方は陽向君も聞いたことがあるはずだ。ダンジョン攻略会、またの名をダンジョン真理教。陽向君もこっちなら聞いたことがあるだろう?」


 ダンジョン真理教。

 マスターの言う通り、そちらなら俺にも聞き覚えがあった。

 ダンジョンの前でパンフレットを配っている姿を頻繁に見かける、ダンジョン攻略者なら誰でも一度は聞いたことのある団体だ。


 ダンジョン真理教と名乗ってはいるが、活動自体は普通のダンジョン攻略がメイン。

 ただし加入した攻略者は、能力者でなくとも不思議と強くなれるという噂のある、謎の多い組織だ。

 ダンジョン攻略に魅せられて加入する者が全国で増えつつあるが、怪しさもあって忌避する人も少なくなく、俺もその忌避しているうちの一人だった。


「ダンジョン真理教なら俺も知ってます。なるほど……、そういうことだったんですね。」

「あぁ。裏の顔のダンジョン攻略会を知っている連中は確かに少ない。入澤も嘘をついたわけじゃないんだろう。あいつも偉くなったし今は難しい立場にいるようだからな。」


 話しぶりからも分かるように、マスターは入澤さんのことをよく知っているようだった。

 少し掘り下げてみると、二人は5年前、マスターが能力者として協会に登録した時に意気投合して、今でもたまに飲みに行く関係性らしい。

 二人ともタイプは違うように思えるが、見た目からは少し想像しにくい優しさは共通のもので、俺は二人の仲が良いことに妙に納得がいった。


「だがあいつの言うことだからこそ信用できるともいう。俺からするとダンジョン協会には正直胡散臭い連中も多いからな。……ともかくダンジョン攻略会について入澤が言ったことに間違いはない。奴らは犯罪行為を躊躇なく行う組織だし危険性も低いとは言い難いはずだ。」


 マスターが言うには、入澤さんから聞いたダンジョン資源の密輸だけでなく、能力者への強引な勧誘、メンバーの海外ダンジョンへの派遣、貴重なスキル本の裏取引など、ダンジョンに関するあらゆる禁止行為を行っているらしい。

 マスターの話を聞く限り、ダンジョン真理教に加入した攻略者がなぜか急に強くなるのは、貴重で強力なスキル本を複数使用できるからに違いない。


「入澤さんが言っていた通り、また標的になる心配はないんでしょうか?」

「あぁ、それについては大丈夫だろう。ただ今後は襲撃ではなく勧誘という形で接触してくる可能性は残っている。あちらもダンジョン攻略会としての名前は出してこないはずだ。怪しい話を持ちかけてくる奴は警戒しておいた方がいい。」

「確かにそうですね。マスター、ありがとうございます。」


 入澤さんの言うことを信用していなかったわけではないが、信頼しているマスターからもそう言われて今度こそ安心することができたような気がしている。

 しかし一度落ち着いてみると、俺はマスターの顔が依然晴れていないことに気が付いた。


「マスター、何か気になることでもありますか?」

「よく分かったね、陽向君。どうやら陽向君にこれ以上隠し事は出来そうにない。」


 能力者であることを長い間隠されていた俺はマスターの言葉を聞いて複雑な気持ちになるが、そこには触れず相槌を打って話を続けるように促した。


「俺が気になるのは人払いの魔道具を設置した”傍観者”という能力者だ。入澤は確かに透明化の能力を持っている人物だと言っていたんだね?」

「はい、確かにそう聞きました。身の回りにそのような能力を持った知り合いがいないかまで聞かれましたから。」

「……そうだな。陽向君もダンジョンゲーマーズの一員だし、いずれ知ることになるだろうから言っておこう。実は……、一人だけ透明化の能力を持ったやつに心当たりがある。」


(……なるほど、そう来たか。)


 もしその”傍観者"がダンジョンゲーマーズの関係者だとしたら、ダンジョンゲーマーズと同じ攻略拠点を拠点としているかつてのサークルメンバーにダンジョン真理教として接触し、かつ俺の妹の情報を手に入れ、その後俺を標的にしたことも説明できる。

 その中でも特にリーダー格だった宇田は俺を嫉妬していたし、強さに憧れてもいたため、ダンジョン真理教の甘い誘惑にのっても全く不思議ないのだ。


「半年前にメンバーが一人ダンジョンゲーマーズから脱退したことは聞いただろう。確かにそいつが透明化の能力を持っていた。結成初期にリーダーのカケルの知り合いということで加入したが一つだけ問題があってな。メンバーとの関係は悪いこともなかったが、あいつはダンジョンの魔物を倒すのを楽しんでいたんだ。それも狂人的にな。」


 マスターの話は俺の想像の斜め上を行く話だった。

 カケルさんと初めて会いダンジョンゲーマーズの説明を受けたときに、確かに半年前一人脱退したことは聞いていたような覚えがある。

 正直そのときはそんなこともあったのかくらいで、完全に聞き流していたのだが。


 マスターによると、ある日メンバーの一人が、彼が夜に見張り番を務めているときにメンバーから見えないところで、魔物を捕まえ痛めつけているところを目撃したらしい。

 その時は何事もなく切り抜けたらしいが、その後同じような光景を複数のメンバーが目撃し問い詰めた結果、少しずつ関係が悪くなり、最終的には自主的に脱退したというのだ。


「怪しいとは思うが確実ではない。ダンジョン攻略では彼に助けられたこともあるがダンジョン攻略会に所属して協会に目を付けられるほど優秀な人物だったわけではない。だからあくまで可能性の一つとして考えておいてほしい。」

「分かりました。でも彼がその”傍観者”ならダンジョンゲーマーズが狙われる可能性はありますよね。俺から他のメンバーにも伝えておきましょうか?」

「いや、俺からカケルに伝えておこう。これにも複雑な事情が……。心の整理がついたらカケルから話があるだろう。今は触れないでやってくれ。」


 親切心で言ったつもりだったが、予想外の否定の言葉に俺は言葉を詰まらせる。


 コンコンッ


「おっと、そろそろ俺は戻らないと。陽向君、俺に話してくれて感謝する。これは俺の事情だが今俺が調べていることも多少進展しそうな予感がするんだ。」

「いやマスター、こちらこそありがとうございます。話をして気持ちが軽くなりました。」

「それは良かった。では俺は戻るよ。陽向君はこれから攻略だろ?無理せず、自分のできる範囲で精一杯頑張れ。」


 そう言い残してマスターは俺の肩をポンと叩き、裏の扉から喫茶店の方に戻って行った。

 先ほどの喫茶店側の扉のノック音は、マスターのヘルプを求める従業員からのものだろう。


 モニターを見るとすでに16時30分をまわっており、喫茶店もまた少しずつ人が増えてくる時間のように思える。


(マスターに話をして良かったな。)


 さっき伝えた通り話をして気持ちが軽くなったというのもあるが、何よりダンジョン攻略会について、そして”傍観者”についても新しく情報が得られたのが大きい。


(もしかすると俺がマスターに話をするのは入澤さんの織り込み済みだったのかもしれないな。)


 マスターと入澤さんの関係を聞いた今では自然とそう思えた。

 協会勤めの入澤さんからは協会専属でない俺に立場上話せることと話せないことがあるのだろう。


 マスターが最後に言った複雑な事情というのも気になるところではあるが、言われた通りカケルさんが話してくれるのを待つしかない。



「陽向お兄ちゃん?そろそろ時間だよ?」


 この声は茜ちゃんだろうか。

 どうやら俺は考え事をしているうちに眠ってしまったようだった。


「茜ちゃん!?」

「お、おきた!陽向お兄ちゃん、おはよう。そろそろ行く時間だよ。」


 ゆっくりと目を開けてみると、すぐ目の前に茜ちゃんの顔があってびっくりする。

 どうやら茜ちゃんがなかなか起きない俺の顔を覗き込んでいたらしい。


 時間を見ると17時30分過ぎ。

 集合時間の17時を30分も過ぎていることに衝撃を受け、俺は一気に現実に戻る。


「あ、あれ!?時間……。俺、寝坊ですか?」

「大丈夫ですよ。その様子だと連絡があったのを見てなさそうですね。他の2人はゲーム会社のお偉いさんに呼ばれて集合時間が変わったんです。」


 ヌッと茜ちゃんの後ろから現れたヒカリさんが、そう説明してくれる。


(よ、よかった……。)


 加入したてで寝坊なんてしたら今後信用を築き上げるのが難しくなってしまうだろう。

 俺は安堵し、両頬をパンッと叩いてからすぐに出発の準備をする。


「多分第20階層に挑む日が正式に決まったんだと思います。」

「なるほど。いよいよ、なんですね。」

「陽向お兄ちゃん、準備できた?さぁ、レッツゴーだよ!」


 準備を終え荷物を手に持った俺を引っ張って扉へと向かう茜ちゃん。

 今はこの茜ちゃんの明るさが、俺にとってはありがたいものだった。


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